ダンジョン探索者
「――よし、準備は万端」
僕は今、ジャージの上に皮の鎧を身につけて肩には自身の身長を優に超える槍を担ぎ、塔の――ダンジョンの前にいた。
試験が終了して一週間が経った頃、僕の家に合格通知と共に探索者である資格を示すライセンスが配布された。諸々の手続きから更に一週間。ようやく僕はダンジョンへ入ることができる。前二回、あれだけ大変な思いをしたにも関わらず、僕の中の好奇心と高揚感は昂ぶるばかり。
ダンジョン前で目を光らせる警備員さんにライセンスを提示し僕はダンジョンへの一歩を踏み入れた。
ダンジョン内部はやはり変わりなく、石畳みの地面と、わずかに発光する壁。光が充満して、視界は良好。
久しぶりのダンジョン探索に心臓が強く脈打つ。けれど大丈夫。あの後、僕は道場で更なる鍛錬を積んだ。前よりももっと強くなったと実感できるくらいにはその技量は上がっている。
「大丈夫、大丈夫だ。僕は強い。僕は一人でも戦える」
一人、暗示をかけるようにブツブツと独白する。人の気配が一切感じられない塔のなか。今信じられるのは己のみ。
自己暗示をかけ、足を進めること数分。早速魔物の足音。そしてこの足音には聴き覚えがある。そう、これは――
「ゴブリン!!」
数メートル先の曲がり角から四匹のゴブリンが現れた。まるであの日、最初にダンジョンに入った時の再現のような状況。あの時は逃げる以外の選択肢は取れなかった。だが、今は違う。
真っ向から戦う、戦力がある。
ゴブリンたちは僕を視界に入れるや否やニヤリと口角を上げた。まるで獲物を狙う猟師のように。その黄ばんだ瞳が僕へと向く。
だが、それがどうした。狩る側にいるのはお前たちじゃない、僕だ。お前たちは狩られる側であると教えてやる。叩き込んでやる。お前たちの……死をもって。
ゴブリンが迫る。一体は長剣を一体は短剣を一体は槍を一体は片手剣に盾を携えて。彼の武器は僕の安物の槍にも劣る、錆びで茶色く変色し、切れ味なんてあったもんじゃないようなものばかり。
そんなものでは僕に傷はつけられない。だから、恐れることはない。
僕は焦ることなく、迫り来るゴブリンたちに槍を構え、そしてとある力をこの身に宿す。
【魔魂簒奪】で手に入れた新たな僕の力。
肌が僅かに黒く染まり、額から一本の角が生える。
ここまで言えばもうわかるだろう。あの、黒肌のゴブリンの力だ。
あのゴブリンの魔石を取り込んだことで手に入れた力は二つ。
まずは一つ、身体能力の一時的な超上昇。黒鬼化。
「オラァァァ!!」
槍の間合いに入った三体のゴブリンたちを薙ぎ払う。通常の僕であればそう何体ものゴブリンを一気に薙ぎ払うなんて芸当は不可能。でも、今の状態になった僕はいつもの五倍近い身体能力を有する。故にこの程度であれば造作もない。
そして残った一体のゴブリンは吹き飛ばされて黒い靄となって消えていく仲間たちを一瞥し、僕へと憎悪の目を向ける。
「僕が憎いか? 仲間を殺した僕が、憎いか? でも、先に襲ってきたのはそっちだ。僕には、お前たちを殺す権利がある」
僕はもう一つの能力を発現させる。それを証明するかのように僕の瞳が紅に色づく。
深紅の瞳がゴブリンへと向けられる。するとどうしたことだろう、途端にゴブリンは体をガタガタと震わせて僕への視線の色が憎悪から恐怖へと変化した。体の力がどんどんなくなり、遂には膝から崩れ落ちた。
これが、これこそが黒ゴブリンの二つ目の能力。恐慌の紅瞳。
この目で睨まれた者はおぞましいまでの恐怖を感じて動きが封じられる。
僕も先の戦いでこの力を体験した。幸いにも僕は“適応”の能力でなんとかしたが、普通であればこれを克服するのは至難の業。
そしてこの能力の副次効果として、視力の大幅上昇というのがある。まあ、こっちは地味に助かる力だ。
そんでもって恐怖で地面に転がるしか出来なくなった哀れなゴブリンはどうしてやろうかという話だが……
情けをかけてやる義理もなし。サクッと首元に槍を突き込み、殺してやる。ドバッと血が溢れ出し、出血が致死量に達するとその体は黒い靄となって消えていった。
その後にあるのは一つの魔石のみ。僕は散らばった四つの魔石を手にとる。
「初戦は魔石以外のドロップはなしか……」
そう呟いた時、体の異変に気がついた。
「……体が熱い。もしかしてレベルが上がったか?」
僕は【鑑定板】を発動させ、この手に発現させる。
――ステータス
名前:柊木 奏
年齢:18
Lv.9
《スキル》
【鑑定板】
【魔魂簒奪】Lv.2
【】
【】
【】
【】
SP:14
――
【鑑定板】でステータスを閲覧。結果は予想通り、レベルが一つ上昇していた。
前回ダンジョンで大量のゴブリンを倒したことでレベルは8まで上昇していた。そこからあの四体のゴブリンの討伐。それによってレベルが上がったのだろう。
僕は幸先のいいスタートに少しばかり浮かれつつ、また探索を再開する。
次なる獲物を求めて。
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