三日目 捜査1

「ちょっと頼みたい事があるんだが良いか?」突然代表に頼まれた。なんでも、街で奇妙な出来事が立て続けに起こってるとかでその原因を突き止めて欲しいらしい。

「この件は汚職なんだがどうにも不思議な事件でな。その手口が科学的なら警察に対処させるし、超常現象ならそれ相応の所に対応させるから逮捕とかしなくて良いぞ。お前らに逮捕権はないんだからあくまで原因究明だけだ。頼んだぞ。」そんなこんなで調査をする羽目になった




「今のところ警察庁は3人を怪しんでるみたいだね。」一緒に調査に来た花織は資料を見ながら呟いた

「そうなのか。」

「ああ、しかもかなり奇妙だ。先月警察庁首都本庁の刑事部捜査二課が汚職現場に乗り込んだのだけど、証拠を一切掴めなかったそうだよ。」

「証拠の確保に失敗したって事か?」

「いや、そうではないそうだ。書類や現金のやり取りを確認してから乗り込んだそうだよ。」

「え?って事は証拠が確かにあったって事か?」俺はかなり奇妙だなと思った。

「そして不思議な点はもう1つあるんだよ。それは乗り込んだ時刻と捜査開始の時刻のズレなんだよ。乗り込んだ時刻は午後10時27分なのに対して捜査開始は42分。明らかにおかしいだろ?」

「ああ。確かに15分もあるのはおかしいな。でも、抵抗とかがあったら有り得るんじゃないか?」そう聞くと

「確かにトラブルが起きれば十分有り得る。だけど、捜査資料には無抵抗で捜査に協力的だったと書いてある。奇妙だろ?」花織はなぜか興奮しながら聞いてきた

「確かに……でもそうなるとどうして15分も空きがあるんだ?」

「それは残念だが私にも分からない……だから今から聞きに行こうかと思ってるんだが、どうかい?」

「もちろん、着いてくよ。」


俺達は警察庁の捜査官に15分の謎に関して話を聞きに行った。

「二課長の国木田です。例の汚職事件に関して話が聞きたいと聞いているんですが、具体的にはどのような所でしょうか?」若干困惑した表情だった。

「こちらの捜査資料の乗り込んだ時刻と捜査開始のズレに関してなんですが、経緯をお話願えますか?」外向けの口調で花織は訪ねた

「その件ですか……実は時計のズレによるトラブルでして……」気まずそうに弁明する課長だったが

「本当ですか?でしたら書類にそのように書くべきでは無いですか?」花織は納得していなかった

「……これから口外する事はオフレコでお願いできますか?」さっきまでの戸惑いの表情とは打って変わって何か覚悟を決めたような顔だった。

「……ええ、構いませんよ。北畠くんも良いわね?」聞き慣れない外向けの口調はまるで他人のように思われて、だからかつい悪戯したくなってしまい

「分かりました。それと、今は北畠でなく楠木ですよ。」と、さり気なく言ってみたところ

「……!」一瞬だけ花織が顔を赤らめた気がした。




「実は……」言いにくそうにしながら課長は話し始めた。

「私達があの現場に乗り込んだ時、捜査員全員が奇妙な感覚に陥りまして……なんと言いますか……浮遊感がありまして。」

「浮遊感?」花織は思わず聞き返していた。

「ええ。それと……これは一部の捜査員が勝手に噂してるだけなんですけど……もしかしたら彼らは我々の時間を一時的に止めたのでは無いかって……根拠の無い憶測ですけど。」

「時間を……止めた?」流石の花織も理解出来ずにいた。




その後、課長は会議があるとの事だったので俺達は何か手掛かりを掴むため現場に向かった。

「ここが現場か……」そこは都内を流れる大きな川のほとりにある料亭だった。

「どうやらランチ営業をしているみたいだ。せっかくだ。調査を兼ねて昼はここで摂らないかい?」花織が提案してきた。

「美味しそうだし、そうするか。」俺も同意した。


料亭は比較的こじんまりとしていて、個室も多くあった。そして何より

「……ランチだよな。」俺が驚いていると

「……ああ、ランチだ。」

「まさかランチですら5000円以上のメニューしかないとは……」流石は料亭だと俺が驚き半ば感心していると

「ご注文はお決まりでしょうか?」と店員?女将?さんが聞きに来たのだが

「……この1万円の特上懐石ランチを二人分、お願いできますか?」と恐ろしい事を宣った上に

「はい、特上懐石ランチですね。かしこまりました。」と注文を承って女将さんは去って行った。

「えーっと……花織さん?」

「どうかした?」何故か花織は怒っていた

「その……何か怒らせるような事をしちゃったかな?」

「さぁ……ねぇ?」適当にはぐらかしてきたのだが

「もしかして……さっきの悪戯を怒ってるの?」恐る恐る聞くと

「……怒られないと思ってるの?」どうやらかなり御立腹なようだ。

「ごめんなさい。どうしてもあの時の口調が他人のように思えて……それで……」

「はぁ……まあ確かに私も他人行儀だったからこの件は奢ってくれるなら許すよ。」

「……分かった。奢るよ。」給料日前で苦しいが奢ることにしたのだが

「……もしかして給料日前だから厳しい?だったら……」

「いや、大丈夫だよ。」

「そう……さっきから暗そうな顔をしてたからもしかしてって思ってさ。」どうやら顔に出ていたらしい

「別に暗そうにしてないよ。」誤魔化そうと無理に笑顔を作ってみたのだが

「……無理してないかい?」バレバレのようだ

「……うん。無理してる。」大人しく白状した。

「……すまないね。お詫びと言ってはなんだが」そういうとテーブルから身を乗り出して


唇を重ねてきた。いつも以上に深く、熱く。






最近、心が時々乱れるのが自分で分かる。だが、何故心が乱れるのかが分からない。今もそうだ。彼と唇を重ねただけなのに胸が締め付けられたように苦しくなる……何故私はそんなことをしたんだ?彼は怒られて当然の事をしたのだから、詫びる必要なんて無いのに……それ以前に何故彼の悪戯に動揺したんだろうか。確かに彼の姓が変わっていたのは失念していたが別に動揺する程の事でも無いのに……それだけじゃない。彼と唇を重ねた事を何故か嬉しく思っている。

分からない……動揺する理由も胸を締め付けられる理由も。ましてこの嬉しい気持ちなんて尚更分からない。




気が付くと私は自分で気付かないうちに涙が頬を伝っていた。






花織と唇を重ねた後、何故か気まずい空気が流れ、話ずらくなってしまい、料理が出てくるまで無言で待っていたのだが、ふと花織の顔を見ると




花織は思い詰めた表情をして涙を流していた。






涙が流れる理由は分からない。だが、私はどうしてか不安に押し潰されている。自分の心がまるで分からなくなったことが堪らなく怖い。怖くてどうしようも無い。だけれども、彼にこんな姿を見せたくなくて

「気にしないでくれ。少し情緒が不安定になっているだけだ。」

そう言おうとしたのに、それよりも早く私の事をそっと抱き締めてきた。






それは無意識だった。泣いている花織を見ていて、気が付いたら抱き締めていた。

こういう時は何か安心させる言葉の一つでもかけてあげるべきなのかもしれないが、何を言えば良いのか分からなかったが、抱き締めている花織の顔を見た時、理由は分からないけど何かに怯えるように震えていたので

「大丈夫だよ、安心して。俺は何処にも行かないから。」

そう、声をかけてあげた。

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彼には泣いている姿を見せたくなくて、抱き締められてもこれ以上泣かないようにしようとしたのに

「大丈夫だよ、安心して。俺は何処にも行かないから。」

そう言われた瞬間、私の中で全てが音をたてて崩れた。涙が溢れて、嗚咽も止まらず、咽び泣いた。彼の事を強く抱き締めながら。




落ち着いたのは、しばらく経ってからだった。私にはこの一連の感情の原因が未だに分からない。その事を考える度に震えが止まらない。けれど、そんな不安を彼は取り除いてくれる。甘えていると不思議と心が和らいだ。だから今は彼に甘えていたい。今だけは"仮面"を捨てて、彼に甘えていたかった。






今思うと、この時には既に私の彼に対する思いは少しずつ変わろうとしてたのだろう……当時の私には知る由もないが。

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花織が泣き止んでまもなく、料理が出てきた。花織は目こそ赤く腫れていたものの、いつもの表情を平常心と共に取り戻していた。

「私達はこのような者なのですが、少し伺いたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」花織が名刺を差し出し訪ねた。

「先月こちらに警察の方が調査に来られたと思うのですが、その時の様子を詳しくお聞かせ願えませんか?」すると店員の顔が急に曇った

「……お客様の個人情報以外で良ければ。」何とか話が聞けそうだった。

「あの日は警察から事前に電話が掛かってきて、捜査に協力して欲しいってきたんです。ですが女将がお客様を売るなんてことは出来ないって言って、話されたんです。ですが、私達は何も悪い事はしてない。そう言ってお食事を続けられたんです。で、実際証拠が見つからなくて警察の方が悔しそうに帰っていきましたよ。」

「そうですか……その日、警察が乗り込んだ時、何か違和感とかは無かったですか?」花織が訪ねると

「そうですね……確か調理人の源さんがお吸物を沸かし過ぎてダメにしてしまったんですよ。何十年ものベテランでミスなんて初めてだったので皆驚いてましたね。」

「お吸物を……ふむ。」花織は何かに気づいたようだった。




その後は調査と関係なく料理を堪能したのだが、何故か御品書きよりデザートが1品多かった。






「大体事件のあらましは分かってきたよ。」一旦報告も兼ねて官邸に戻る途中の車内で花織はそう言った。

「恐らく犯人達は時を止めたのだろう。証言からして間違いはない。ただ、それを立証する事は容易には不可能だがね。何しろ非科学的すぎる。」淡々と花織は言った

「でもまあ、頼まれていたのは何があったかだし、一応終わったって事か。」俺がそう言うと

「確かにそうなんだが……」納得のいってない様子だった。






「なるほど……やはり超常的なものだったか。にしても面倒になってきたな。」報告を終えると代表はそう呟いた。

「まあ何はともあれご苦労さん。後は明日行われる最終調査に同行してもらえるか?」

「最終調査ですか。何処とのですか?」花織が訪ねた。

「警察庁神祇局だ。」

「神祇局ってなんです?」初めて聞く名前だった。

「確か陰陽道や特殊事件に関する部署で警察庁の中ではかなり異端だって話は少し聞いた事があるけれど……」どうやら花織もそこまで詳しくは知らないようだ。

「神祇局ってのは元々貴族院……旧王国の戦闘部隊の外局に端を発するんだが、軍隊だと自由に動きにくいってことで警察庁に移管したんだ。だから、今でも貴族院への影響力はかなりあるよ。まあ別に立ち会ってもらうだけだから気楽にやってもらって構わんよ。それと、今日は仕事も残ってないし、疲れてるだろうから早く帰って良いぞ。それにお前さんら、これからデートだろ。」労いの言葉と共に茶々を入れてきたのだが

「ええ、これからデートです。なので少し早く帰らせていただきます。」そう言いながら俺の腕に絡まってきた。






その後俺は花織と共に少し早く帰らせてもらい、コンサート前に早めの夕食を摂る事にしたのだが、その前に花織にどうしても渡したい物があった。

「前日の予約で取れたのは運が良かったと言うべきかな。ここは来たかったんだよ。」花織は嬉しそうだった。

「ん?どうしてそんなに真剣な眼差しをしているんだい?確かに高い店ではあるけれどそこまで硬くならなくても……」

「花織に渡したい物があるんだ。」そういって、ポケットから小さな箱を取り出して、開けた。

「もう既に婚姻届は出してるけど、改めて伝えるね。

好きです。花織の事が。ずっとずっと前から。誰よりも、何よりも。」

指輪と共に想いを伝えた。




「……今の気持ちを正直に伝えて良いかな。」暫く間があった後、そう言って来た。

「もちろん。」

「……正直な所、混乱してる。今の今まで君の事は唯一無二の親友。そう思っていたから、好きだと言われても頭が追いついていかない。だけど、君に好きだと言われて嬉しくも思っている。それがなんでかは分からないんだがね。だから、今すぐに君の好意へ返事をする事は出来ない。少し待ってはくれないかい?」

「うん、分かった。」そう返事はしたけど少しだけ、不安な気持ちになった。






その後、料理を食べてコンサートを聴いたのだが、どうにも集中出来なかった。もしかしたら断られるんじゃないか。今の関係が終わるのではないか。どうしても悪い方向に考えてしまった。

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七日間の親友 @hayatetukihime

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