2日目 初出勤 そして

朝、カーテンの隙間から陽の光が溢れる。いつも通りの朝。だが

「んー」という呻き声と隣の温もりだけがいつもと違う。

「……ああ、おはよう。」眠そうな声だ。

「おはよう。よく眠れた?」

「……少し緊張したせいかあまり眠れなかったよ。まあ元々朝は弱いしね。」

「そうだったな。」こいつの朝の弱さは有名で機嫌が悪い事もしょっちゅうだ。しかも手は出さないものの精神を徹底的に攻撃してくるため、泣かされるやつも多い。俺も前は泣かされたが最近は慣れてきた。どうやら今日は機嫌がかなり良いようだ。

「ところで……なんで服を着ていないんだ?」昨夜と変わらぬ姿で寝てた。

「深い理由は無いよ。基本的に寝る時は裸体でね。」

「前は服を着てたと思うんだが……」

「流石に付き合ってもない男性と寝る時に裸で寝るほど無神経では無いよ。そうだ。トーストを2枚ほど焼いといて貰えるかい?朝食にベーコンエッグトーストを作るから。その間に服を着替えてくるよ。」

「了解。そうだ、飲み物は何にする?といっても水と紅茶ぐらいしかないけど。」

「では紅茶を。出来ればダージリンのセカンドフラッシュで。」謎の呪文みたいなのを着替えを取りに部屋を出ていった。


「なるほど、ブレンドティーだったか。」

「ブレックファストってあるから朝に良いかなと思って。」

「イングリッシュブレックファストティーはその名の通り朝に飲む用に作られたブレンドティーだよ。もっとも、ミルクティーにして飲むのが定番で今日みたいにストレートで飲むのは珍しいがね。さて、トーストも出来たし食べようか。」

「そうだな。では、いただきます。」

「いただきます。」

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久しぶりに朝食をちゃんと取った後、2人で出勤する。ちなみに職場は同じなのだが

「職場結婚って大丈夫なのか?」

「まあどうにかなるだろう。」

「そうだな。」


職場は築200年の洋館だ。入口には警備員が居る。それ自体は普通なのだがここの警備員は常に小銃を持っている。まあ別に銃口を向けられることは無いのだが中に入る度に緊張する。内部は当然といえば当然だが洋風で中央に巨大な階段がある。エレベーターもあるにはあるのだが何しろ手動式なので滅多に使われない。階段で2階に上がった奥の部屋が職場だ。扉を開け、俺達の上司にいつもの如く挨拶をする。

「おはようございます。」普段なら挨拶が返って来るのだが返って来たのは

「別に結婚するのは構わないんだがせめて事前に言って貰えると助かるんだがな。お陰で官房長から小言を二時間ぐらい言われたよ。全く。」俺達の上司……華宮頼政国家代表は珈琲を淹れながら恨みがましく言ってきた。ちなみに俺と花織はここで私設秘書の仕事をしている。

「なんで結婚した事を知ってるんですか。」それは疑問だった

「そりゃ官房長の方の戸籍を抜けた訳だろ。そうなると危機管理とかの問題で連絡が行くんだよ。それで結婚相手が俺の私設秘書だったからどういう事だと詰め寄って来たんだよ。まあでも俺に文句言ってるクセに嬉しそうだったから反対はされんだろう。だから早いうちに挨拶だけでもしとけよ。お、ちょうど抽出が終わるな。」

「やはり父には連絡ぐらい入れとくべきだったな……」

「本当だよ。次からは気を付けてくれ……那須、今日の予定を。」

「本日は上院の予算委員会が10時よりあり、午後は憲法調査委員会が15時よりあります。」先輩である那須和彦公設第1秘書が淡々と述べたが、さっきから視線が俺達に向いていた。

「那須さんはどうして私達のことをさっきから見てるんですか?」花織が訊ねた。

「いや、なに。お前え達がいつから付き合ってたのかが気になってな。」

「確かにそれは俺も気になってたんだよ。二人の距離感が変わった訳でも無さそうだし。」二人がが不思議そうに聞いてきたが、

「別に付き合っていた訳ではないんですよ。ただ、どうしても結婚しなければならないなら気のあった相手と結婚したかったので。」

「なるほどわからん」と代表は首を傾げた。

「そりゃ代表はロマンチストですからね。君に届けや耳をすませばを愛読書にしてれば分からないですよ。」

「じゃあお前さんには分かるのか?」

「はい。一時の感情に身を任せて結婚するより深い友情があって上手くやってける相手との方が良いと考えてるんでしょう。最近多いですからね。」

「なるほどね……」

「代表、そんなことよりまもなく予算委員会が始まるので御準備を」

「もうそんな時間か。準備しねぇとな。」

こんな感じで慌ただしく一日が始まった。


秘書の仕事は大変だ。特に国家代表の秘書ともなると各省庁の官僚とはもとより、諸外国と予定の打ち合わせなどもしなくてはならない。まあ代表の方が大変なのだが。そして秘書として何よりも大切なものの一つに講義がある。秘書はあらゆるノウハウを講義を通じて学ぶ。特に花織は官房長の娘であり、代表の所に修行に来ていると言った方がぐらいだ。基本的には政策や選挙活動、果ては不正献金(頼政代表はやってないけど)といったあらゆる講義が時間の空いた時に行われる。のだが

「いやー、お前さん達がね。」今日は俺達の話題にしか触れてこない。

「まあ予想してたがな。」

「予想してたんですか?」

「そりゃだってお前らここに来る前から一緒だったんだろ。むしろ付き合ってなかった方が驚きだよ。」

「まあ、代表みたいに仲良い男女=付き合ってるみたいな風潮はどうかとは思いますけどね。」

「那須……なんかあったのか?」

「……ええ、色々と。」

「……そうか。次から気を付けるよ。」気まずい空気が流れる。

「……代表、そろそろ憲法調査委員会が始まりますので御準備を。」

「もうそんな時間か。」委員会のおかげでなんとかこの気まずい雰囲気が終わり、代わりに慌ただしくなった。


その後、委員会も終わり、終業の時間となったのだが

「北畠と楠、ちょっと良いか?」

「どうかしましたか?」

「この前オーケストラのチケットを貰ったんだが行けそうになくてな。プレミアシートな上にロイヤル・コンセルトヘボウのチケットだから捨てるのは勿体ないから代わりにどうだ?ちょうど二人分だし。」

「良いんですか?」

「ああ、明後日の夜9時の開演だから明後日は早めに上がって良いぞ。ま、俺からの結婚祝いってことだ。」

「ありがとうございます。」このコンサートがきっかけで二人の関係、そして花織の気持ちが大きく変わり始めることなど、この時は知る由もなかった。


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帰り道、花織の携帯に突然電話がかかってきた。

「もしもし。」

「ああ、俺だ。」

「……」無言で電話を切った。

「どうやらオレオレ詐欺のようだったよ。」

「最近多いよね。」なんて言ってると再び電話がかかってきた。

「……」何故かなにも発しない

「いきなり電話切るなよ。」

「……どちら様ですか?」淡々と受け答えていた。

「お前の父親だよ!」

「なんだ、父さんか。」どうやら電話相手は[[rb:義父> おとうさん]]のようだ。

「で、何か用?」

「用もなにも結婚したんだったら連絡ぐらい寄越せよ!」

「あーその事か.........純粋に忘れてた。」

「普通は忘れないだろ!まあいい。今度の休み会いに来いよ。」

「分かった。じゃあね。」

「お、おい、話はまだ」ブチッと電話を切った。

「父からの催促の電話だよ。今度会いに来いって。」

「そうか……まだ挨拶してないもんね。」

「まあ深く考えずに気楽にしたまえ。反対もしないだろうし。」

「それもそうだね。」


空は都会だというのに星が多く輝いていた。

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