Day 23
「怒らないと思うよ」
「ほんとう?」
「うん。彩恵ちゃんが本気で思っているなら、一華さんもちゃんと聞いてくれるよ」
そう返してから数時間後、さすがに他人の私が彩恵ちゃんの診察に同行することは出来ないので、彩恵ちゃんを診察室まで送り届けた後、私も家に戻った。
花たちを店内に閉まって、閉店を告げる看板をお店のドアに掛ける。そして冬休みなのをいいことに、温かいリビングにあるソファーに寝転んで足を投げ出し、スマホを見ていた。
「こら。少しは家事を手伝ってよ」
不満気に言う茉莉ちゃんを見上げた時、下の方からノック音が響く。和彦さんだった。
「どうぞ」
私がすっかり慣れた手つきでコーヒーを振る舞うと、和彦さんは代わりに紙袋を茉莉ちゃんに手渡す。
「これ、正月休みに旅行に行ったお土産ね」
「え!旅行行ったんですか!」
「うん、一華が丸1日お休み取れたから日帰りで温泉」
「「いいなあ〰〰〰!!!!」」
思わず茉莉ちゃんと手を取り合って目を輝かせる私たちに、和彦さんは明るい笑い声を響かせる。そこから始まった茉莉ちゃんの質問攻めを聞きながら、私は頂いたお土産を大事に冷蔵庫にしまった。
その時、和彦さんが言った。
「日菜ちゃん、そういえば一華が「彩恵に付き添ってくれてありがとう」って言ってたよ。彩恵ちゃんも、ちゃんとお話しできたみたい」
「え?なんのこと?」
首をかしげる茉莉ちゃんに私が事情を説明すると、茉莉ちゃんはそれまでの明るい表情を変えて顔を曇らせた。
「そんなことがあったか・・・。そっか・・・。そりゃあ、彩恵ちゃん嫌だよね」
「あの・・・、その、一華さんは・・・なんて・・・?」
「ん?感動してたよ」
え?
予想外の反応に固まる私とは反対に、和彦さんはゆっくりとコーヒーを飲みながら
「「彩恵が自分でお父さんと話したいだなんて、成長したな。引っ込み思案の彩恵の言葉とは思えない」って。まあ、色々心配しているみたいだけどね。だから一華同伴で、話し合うんだって」
和彦さん自身も感慨深げな表情で教えてくれた。
一華さんの言葉を聞いて、私は何も関係のない人間のはずなのに心が温かくなっていくのを感じた。彩恵ちゃんの成長を見守ってきた2人の優しさが、まるで私にも向けられているかのような温かさ。
「病院とは関係なく、いろんな人と関わる機会を持てたから、彩恵もここまで成長出来たんだと思う。日菜ちゃんも茉莉ちゃんも、ゆき音ちゃんも、ありがとう。って、一華が言ってたよ。茉莉ちゃん」
和彦さんが「一華」にアクセントを置くと、茉莉ちゃんは案の定「きゃー!」と嬉しそうに声を上げながら2階に続くらせん階段を駆け上がっていった。
「桜が丘来るの久しぶりー!」
1週間後。
嬉しそうに伸びをする茉莉ちゃんの姿を、通りすがりの看護師さんたちが微笑ましそうに見ていた。
「みんな茉莉ちゃんに会いたがってたよ」
「ほんとですか!いやあ、モテるって辛い」
そのひと言で小児科のナースステーション前に笑いが生まれた。私はそんな中、鞄に彩恵ちゃんに宛てて書いた手紙が入っていることを確認してから、1人の看護師さんに尋ねた。
「あの、新島彩恵ちゃんのお見舞いに来たのですが、今は面会可能ですか?」
「新島彩恵ちゃんですね。 ・・・あ、彩恵ちゃん、今別の面会の方がいらっしゃっているみたいなの。お知り合いの方かしら?」
ゆき音は今日、バイトで来られないと言っていたからゆき音じゃない。
「和彦さんじゃない?」
「ああ、そっか」
茉莉ちゃんの言葉に納得した私は、いつも通り彩恵ちゃんの病室に向かおうとする。
「もしかして・・・彩恵ちゃんのお父さん・・・?」
「えっ」
けれどもその言葉で急ブレーキをかけた。
「いや、ワンチャンお父さん」
「和彦さん今日来るって言ってた!?」
「知らない知らない」
病院の廊下でああでもないこうでもないと言い合いをしていたら、いつの間にか周りを、純粋な瞳で私たちを見つめる子供たちが囲っていたことに気が付く。
「お花のお姉さんたちだ!」
「ねえねえ遊んでー!」
私たちはそのまま子供たちの波に流されるようにプレイルームに連れて行かれ、家族ごっこや恐竜ごっこに追われることになった。入院しているとはいえ、子供たちのパワーはすごい。子供たちが夕飯で病室に戻っていった途端、私と茉莉ちゃんはそのまま少し硬いソファーの上に倒れ込んだ。
「あれ、日菜ちゃんと茉莉ちゃん」
「和彦さん!」
和彦さんを見た瞬間、彩恵ちゃんの病室に行こうとしていた時のことを思い出し、私は思わずいつも手紙や花を持って行っていた病室のドアを見つめた。
和彦さんが今着た。
ということは、彩恵ちゃんの病室に来ているのは彩恵ちゃんのお父さんだ。
「俺も彩恵ちゃんに本を渡しに行こうかと思ったんだけど・・・。お話し合いみたいだね」
私たち3人は同じ思いで白い扉を見つめる。
「・・・話し合い、上手くいってるといいな」
その時だった。
「彩恵・・・・!!!!!」
一華さんの聞いたこともないような切羽詰まった声に、えっ、と声を上げる前に血の気が引いた。恐怖からなのか、目の前の映像が全てスローモーションに見える。
彩恵ちゃんと出逢ってから今まで、絶対に見たくないと思っていた光景が目の前にある。
「彩恵ちゃんのご家族の方ですか?」
「いえ、違います」
「すみません、今日はもうお引き取りください」
口もきけずに動けなくなった私と茉莉ちゃんの代わりに、和彦さんが駆けつけてきた看護師さんに応える。
「日菜ちゃん、茉莉ちゃん、行こう」
「木原さん、阿部先生に連絡してください。点滴投与の準備お願いします」
「彩恵ちゃんー、大丈夫よー」
「谷口先生と阿部先生今向かってます」
ドラマでしか見たことがないような頑丈なストレッチャーに乗せられた小さな体に寄り添うようにして、一華さんが指示を出しながら目の前を通り過ぎていった。
「2人とも!」
和彦さんに肩を掴まれた私と茉莉ちゃんは、ようやく現実の世界に戻ってくることが出来た。
「2人とも、今日は帰りな。気を付けて帰ってね」
「え、でも・・・・!!」
「今俺たちは彩恵ちゃんには会えないよ。一華から何か聞いたら、ちゃんと伝えるから」
パニックになる茉莉ちゃんを落ち着かせるように和彦さんが言った時、さっきまでの騒がしさとは真逆に、静かに扉が開いて男の人が出てきた。
スーツ姿の男性は痩せていて、言ってしまえば気が弱そうな、頼りなさそうな容姿だ。男性は私たちの存在に驚きながらも、まさかと言うような声色で
「彩恵の、友達ですか」
と、尋ねてきた。
この人が・・・。
「そうです」
和彦さんの答えを聞いた男性は何も言わずに私たちに背を向ける。
男性の頼りない背中に向かって、茉莉ちゃんが怒りで震えた声で叫んだ。
「彩恵ちゃんの・・・、彩恵ちゃんのそばに行ってあげないんですか・・・!?」
「・・・私には関係ないので」
その答えを聞いた瞬間、運ばれていく彩恵ちゃんの姿がもう一度脳裏に浮かんで、自然と涙が落ちてきた。
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