Day 22

彩恵ちゃんの誕生日会の企画は、私と茉莉ちゃんが病院に来るたびに、彩恵ちゃんにバレないようにこっそり行われ続けた。

「なんだ・・・、木原さん」

談話室でこっそり作戦会議をしていたら、突然木原さんが現れて、私も茉莉ちゃんも、一華さんも心臓が止まりそうな思いを何度かした。

その度に木原さんは私たちよりも楽しそうな表情で

「なんだか一華先生、楽しそうねぇ」

嬉しそうに一華さんの顔を覗き込みながらよく言う。

「え?」

「なんでもない!じゃ、私は仕事に戻ろうっと!」

こんな一華さんと木原さんのやり取りがなんだか微笑ましくて、私も茉莉ちゃんも、2人でこっそり笑っていた。


そして、彩恵ちゃんの誕生日まであと約1か月に迫った1月。私は新年のあいさつも兼ねて桜が丘病院を訪れていた。

すっかり顔見知りになった看護師さんたちと、笑顔で新年を喜び合う。小児病棟の廊下も、看護師さんたちお手製の飾りつけですっかり新年ムードになっていた。

けれども、目的の彩恵ちゃんの病室に行こうとした時、私は衝撃の事実を知ることになる。

教えてくれたのは和彦さん。和彦さんは彩恵ちゃんの病室に入る手前で私を引き留めて、こう言った。

「今ね、一華と彩恵ちゃん、色々あってね」

「えっ、ケンカ・・・?」

「・・・ともいえる」

誕生日まであと1か月、準備も佳境に差し掛かるところでまさかのケンカ!

「いや!ケンカじゃないな」

唖然とする私を前に和彦さんは慌てて訂正した。何があったのかは気になるところだけど、私から色々と聞くのも良くない。私は気を取り直して、いつも通りに彩恵ちゃんの病室を開けた。

お正月仕様になった病室には小さな鏡餅が置かれてある。たとえ新年であろうと変わらず同じ病室で過ごし続ける彩恵ちゃんのためか、色々なお正月飾りや、可愛い獅子舞の置き物がたくさんあった。それでも、味気のない病室は相変わらず白い。そんな白い部屋にいた彩恵ちゃんは私を見ると嬉しそうに体を起こして

「彩恵ちゃん、新年あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます!」

ご丁寧に正座までして、新年のあいさつをしてくれた。

「あ、ねえねえ見て!和彦さんがお年玉代わりに可愛いヘアゴムくれたんだ」

「可愛い!さすが和彦さん、センスあるね」

「でね、これは木原さんからもらったの」

病院の人からお年玉代わりにもらったプレゼントを引き出しから取り出して披露していく彩恵ちゃんの口から、「一華先生」という言葉が出てこない。いつもなら嬉しそうに「一華先生がね」と話してくれるのに。

そうは思ったけれど、ここで「一華さんからは?」と聞くようなことはしない。何も触れず、見守ってみよう。

そう思いながら彩恵ちゃんの話に相づちを打っていた矢先、木原さんが血圧計を持ってやって来た。慌てて病室を出ようとした私を、木原さんは笑顔で「すぐ終わるから大丈夫よ」と止める。

「あらっ、彩恵ちゃん沢山プレゼント貰えていいわね~」

「えへへ」

「今日の午後、検査だからね」

そのひと言で彩恵ちゃんの大きな瞳が曇った。

私も思わず気まずくなって、木原さんをチラリと見やる。木原さんは静寂にも動じずにテキパキと血圧を測り、彩恵ちゃんの身の回りの片づけをすると

「診察室までひとりで行ける?」

ベットの上の彩恵ちゃんと、屈んで視線を合わせながら問う。

「うん」

「一華先生と、ちゃんとお話ししてね?」

「・・・」

「わかった?」

こくっと頷いた彩恵ちゃんの頬を、木原さんは笑顔で両手で包み込んで、病室を後にした。私はと言うと想像以上に一華さんと彩恵ちゃんが・・・、正確には、彩恵ちゃんが一華さんから距離を置いていることが分かり、思わず黙ってしまう。

黙り込んだ私に、彩恵ちゃんが唐突に頼み込んできた。

「日菜ちゃん、お願い!」

「えっ?」

「どうしても、どうしてもお願いしたいことがあるの・・・!」

色々な予想をする私を前に、目の前の彩恵ちゃんはくりくりした目で私に訴える。

「一華先生に・・・」

「い、一華先生に?」

「・・・私の手術、しないでって・・・」

これまでの勢いとは打って変わって、最後は消え入りそうな声だった。私は彩恵ちゃんの手術が決まっていたことへの衝撃と、それを拒む彩恵ちゃん、そして、あまりにも大きすぎるお願いごとに、本気で混乱していた。

いやいや、どう考えてもここは彩恵ちゃんのお願い事でも、「手術をやめてください」なんてことは、一華さんには頼めない。

冷静になった私は、目の前で俯く彩恵ちゃんにそっと言った。

「彩恵ちゃん、ごめん。そのお願い事は聞けないな・・・」

「・・・ごめんなさい・・・」

「手術・・・、嫌だよね・・・」

「ううん、嫌じゃないの。だって手術したら、治るかもしれないでしょ? 

・・・怖いけど・・・」

そこまで言った彩恵ちゃんは、一華さんが買った本でいっぱいになった小さな本棚を見ながら言った。

「私、知ってるの。一華先生が私の手術するために、私のお父さんに会おうとしてるの。でも私、一華先生に私のお父さんに会ってほしくない。だから嫌なの」

だって私のお父さん、きっと一華先生に酷いこと言うもん。

お父さんだってきっと、一華先生に会いたくないよ。

お父さんはきっと、この病院の先生たち嫌いなの。

この病院の先生たちは私のことを助けたから。

さりげなくつぶやかれた言葉だけど、きっとこれが彩恵ちゃんの隠してきた本心なんだ。お父さんとの一件から、少し経ったとはいえ彩恵ちゃんの傷がいえることはまずない。彩恵ちゃんの治らない傷をしっかりと見た私はたまらず

「私はこの病院の先生たち大好きだよ・・・!」

力強く言った。

迷うはずもなく私は続けて言う。

「彩恵ちゃんのこと、助けてくれたから」

私の言葉にちょっとだけ笑った彩恵ちゃんは、すっかり白くなってしまった手で、可愛いイラストが描かれた年賀状を渡してくれた。

「はい。日菜ちゃん来たら渡そうと思ってたの。日菜ちゃんありがとう。日菜ちゃんはいっつも優しい」

いつもの笑顔に戻った彩恵ちゃんはこう尋ねてきた。

「ねえ日菜ちゃん」

「うん?」

「・・・もしも、私がお父さんに会って、手術の話をするって言ったら・・・一華先生怒るかな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る