Day 13
そんなことを1人でのんびりと考えていた私も、翌日の放課後は、お店の手伝いを休んで文化祭の準備に回った。
今はどこの高校も文化祭シーズンだ。
私のクラスはアイスクリーム屋さん。
1年生のころとは違って、文化祭準備の要領も把握し、1年生が入ってきたことで少し自由が利くようになった2年生の文化祭は、みんな去年とは違った「ワクワク感」で溢れている。私は外装のために、ひたすら段ボールを切っては、クレヨンや絵の具で茶色に染めてレンガに仕立て上げる作業をしていた。
「そういえば、ゆき音って今日部活だっけ?」
作業を進めていたら、不意に隣にいた友人・リナに声をかけられた。
「あ、いや・・・、進路のことで相談があって、先生達のところだと思う」
「そっかあ。進路かー・・・」
私がリナに話した通り、ゆき音は夏休み明けから進路のことで忙しくし始めている。ボランティアにも最近は行けていないみたいだ。彩恵ちゃんも寂しがっていたけれど、さすがは彩恵ちゃん。理由を話したら
「そっか。だいがくのことなら仕方ないよね・・・」
と、真剣な顔で頷いていた。
「日菜は進路どうする?」
「え。うーん・・・、英語が好きだから英語系に行けたら・・・としか。でもまだ全然考えられてなくて・・・」
「そっかぁ。私も全然だよー!どうしよう・・・」
ゆき音のことを「忙しそうだな」なんて言っている場合じゃない。進路について考えださなきゃいけないのは私も同じ。
考えなきゃいけないのは分かるんだけど、もう何から考え出したらいいか分からない。まずはやりたいことを見つけるところからだよね・・・。茉莉ちゃんはどうやって学校とか決めたのかな。そうだ、忙しいだろうけど・・・、一華さんとか、進路相談に乗ってくれたら心強いな。
私はそう考えなおして憂鬱な気持ちを1度振り払うと、もう一度作業に戻った。
「いらっしゃー・・・、なんだ、日菜か」
「何だって何」
「おかえり」
茉莉ちゃんに代わってそう言ってくれたのは、和彦さん。季節が変わるのとほぼ同時に、和彦さんの手元には温かいブラックコーヒーが置かれるようになった。そして和彦さん自身も、お洒落なベージュのトレンチコートでキメている。
そんな和彦さんの隣に、見覚えのない女子高生が座っていた。
いや・・・、制服だけは見覚えがある。
・・・私が降参してしまった、あのカップルの彼女と同じ制服!
1人で推理を繰り広げて納得していた私を、その女の子は振り向いて見る。
ハーフアップの黒髪に、細淵のメガネがいかにも「学級委員長」。大人しそうなその子は、どうやら勉強している様子。
「え、お客さん・・・、あ、店員さん・・・?」
あ、困惑させちゃってる。
そう思った私は、慌てて
「ここで働いてて・・・、ここに住んでる、店員です。いらっしゃいませ」
と、言っておじぎをした。
「あ、そうなんですね!勉強に使わせてもらっています・・・。あ、もしかして・・・、あなたが「コーヒーのスペシャリスト」さん?」
茉莉ちゃんがふざけて呼び始めた私の名前が、いつの間にかいろんな人に浸透していたらしい。正直そこまで呼ばれるとプレッシャーというものがある。けれども、その何倍も嬉しいのも事実。
「そうですよ!せっかくだから、日菜」
「もちろん」
茉莉ちゃんに手招きされて、私は荷物をらせん階段にいったん置くと、エプロンをつけて手を洗ってからすっかり慣れてしまった作業を始めた。私がコーヒー豆を挽く様子を、目の前に座る女の子は目を輝かせて見つめる。
「わ、すごい。コーヒーのいい香り」
「でしょ?」
女の子の隣にいた和彦さんが、自慢げに返してくれた。
うん、今日も我ながら上出来。いい香りだ。
そう思いながら出来上がったコーヒーを、ブラックのまま飲んだ女の子は、頬をピンク色にさせて「美味しい」と小さくつぶやく。
知的な雰囲気とは反対に、なんだかふわふわしていて可愛らしい人だなぁ、と思いながら、私はキッチンに立っていた。
「倉橋高校の方ですか?」
「あ、はい・・・」
「やっぱり。私の中学校時代の友人が同じ制服だったので」
コーヒーの入ったマグカップを置いた女の子が、不意に私の高校の名前を言ってくれた。私は笑顔で問い返す。
「どちらの高校の方ですか?」
「星蘭です」
「そうなんですね。先日、同じ制服のお客様が来られたので」
ふふ、と笑う女の子。控えめな、でも可愛らしい雰囲気。心が和むとはこういうことを言うんだろうか。なんだか私までほんわかした気持ちになる。
「コーヒーのスペシャリスト、だなんてカッコイイ。私もコーヒーとか・・・、あと紅茶も好きなので、自分で豆を挽いて淹れられる方って尊敬します」
「そんなそんな。私も淹れ始めたのは半年前くらいで。茉莉ちゃん・・・この人の方が」
そんな会話をしている私の視界に飛び込んできたのは、私がこの世で最も嫌う存在である、数学の問題集。
私は思わず「あ」と小さく声を上げて、動きを停止させてしまった。
「え?」
「・・・あ、すみません。数学がほんっとうにダメで・・・」
私の答えを聞いたお客さんは、笑いながら「そうなんですね」と言う。その隣で和彦さんも
「日菜ちゃんは文系だって、言われなくてもわかってたよ」
と、いたずらっぽく笑った。
前回の定期テストで数学のテストが何点だったのか、もう自分でも思い出したくないくらい本当に数学だけは無理だ。そんな私とは反対に、お客さんはスラスラと難しそうな数式を解いている。
「私も今、その単元やってます」
「じゃあ、同学年の方なんですね!」
意外にも数学が教えてくれたお客さんとの共通点に、私達の間でまた新しい話題が生まれる。
ここの花屋さん兼カフェの良いところは、お客さんたちや私と茉莉ちゃんも含めて本当にアットホームなところ。
いい意味で、他人感がない。
和彦さんなんて、今度料理を持ち寄ってここでパーティーしようか、なんて企画を考え出してくれてるくらいだ。
「いいですね、ここのカフェ。ものすごくアットホーム」
「ぜひ、またいらしてください」
お客さんが荷物をまとめ始めた時、「結婚記念日を忘れてしまったお詫びに」と、奥さんに花束を買いに来たお客さんがドアを開けた。私は茉莉ちゃんに代わってそのお客さんの対応をして、バラの花束を手渡してからお店の奥にある「新商品」を手に取ると、教科書や参考書でいっぱいになったカバンを背負うお客さんに駆け寄る。
「これ、よかったら。まだ試作品なんですけど・・・」
茉莉ちゃんお手製のポプリだ。
私がいま手渡したポプリは茉莉ちゃんが私をイメージして香りを選んで作ってくれた。私もお気に入りの香り。
「いいですか?嬉しい。じゃあ今度は「お勉強会」一緒にしましょう?」
「喜んで!」
ポプリを大事そうに鞄にしまったお客さんは、お会計の時に「古沢ゆかり」と名前を教えてくれた。私も同じように名乗ると「日菜ちゃん。また今度」と言って軽く手を振って、お店を後にしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます