Day 14

久しぶりに雨が降った。

朝から雨が降り続くと、休日にも関わらずどこか重たい空気に包まれる。

雨が降ると気分が下がるのは誰でもある。

花屋で働いてよかったことは、そんな雨の日でも花のおかげでワクワクした気分でいられること。

雨だから、お花の管理はいつも以上に大変になるけどね。

雨でお客さんが少なくなった店内で、私はお花のお手入れを、茉莉ちゃんは注文を受けていたアレンジブーケの作業で忙しそうにしている。お客さんがいない今がチャンスだから、と朝から頑張ってアレンジブーケと格闘している茉莉ちゃんに、私はそっとコーヒーが入ったマグカップを差し出した。

「お、気が利くねぇ」

「日々こき使われてるからね」

「すっかり一人前になっちゃって!」

ばしん、と音が付きそうなくらいの勢いで茉莉ちゃんが私の肩を叩いた時、雨の音と一緒に可愛らしい鈴の音が響いた。

雨の日には珍しいお客さんは、こないだお店に来てくれた古沢ゆかり・・・、ゆかりちゃんだった。

「こんにちは」

きっちりとたたまれたドット柄が可愛い傘が、本人の性格を表しているよう。私は「勉強会」を企画して、わざわざ休日にお店にやってきてくれたゆかりちゃんに席を勧める。

キッチンではさっきまで花屋の仕事をしていたはずの茉莉ちゃんが、私達のためにお湯を沸かして、コーヒー豆を挽いてくれていた。

「ありがとう、茉莉ちゃん」

「いいえ。たまにはいいでしょ、私が淹れるコーヒーも」

私がカウンター席に座りながら言うと、茉莉ちゃんはウインクをする。秋の季節によく合うカーキ色のアイシャドウがオシャレに輝いていた。

「ありがとうございます。わざわざここまで来て下さって」

「いえいえ。私も勉強場所をお借りしちゃってごめんなさい。でもステキ。花もあってコーヒーも飲めるところで勉強できるなんて」

そう言いながら鞄から教科書を出したゆかりちゃんと一緒に、私も数学の教科書とノートを開く。

前回のテストも悲惨だったし・・・、頑張らないと。

そんな私の隣でゆかりちゃんは問題を1つ1つ丁寧に解説をしてくれた。本当に分かりやすい説明のおかげで、私でも段階を踏んでいけば驚くほどに正答率が上がっていく。心なしかいつもよりも数学が出来ている気さえしていた。

「すごいっ、学校の先生の説明より分かりやすい!!」

「そんなそんな・・・。でも、日菜ちゃんは飲み込みも早いし理解も早いよ。80点代狙えると思うよ」

数学で80点台・・・!?

そんなのは夢のまた夢だ。

でも、今は人生の中で1番数学が出来ている気がする。

私はコーヒーが冷めないうちに一気に飲み干すと、感動をくれたゆかりちゃんに、今度は私がゆかりちゃんが苦手だという英語を教えた。

「すごい。私本当に英語は苦手で・・・、尊敬します。なにかいい勉強方法があるんですか?」

「えっ?いや・・・、勉強法とまでは言えないと思うんですけど、洋楽とかは聞いてても楽しいし、リスニングの練習にもなると思います。洋画も楽しいですよ」

ときどき勉強に関係のない会話も交えながら過ごす私たちを、茉莉ちゃんはカウンター越しにちらちらと見ては「JKいいなぁ」と呟いていた。

「なーんか、JKじゃなくなってから一気に老けたのよ」

頬杖を突きながらため息をつく茉莉ちゃん。そんな茉莉ちゃんに「老けた」なんて言葉は似合わなさすぎる。

「茉莉ちゃんまだまだ若いよ!」

「そうですよ!とってもオシャレで・・・、本当に初めてお会いした時、モデルさんかと思いましたもん!」

それまで浮かない顔だった茉莉ちゃんは、ゆかりちゃんのひと言で「えっ?」と瞳を輝かせ

「もーっ、2人ともかわい〰っ!」

と言いながら、綺麗な手で私と紫ちゃんの頭をくしゃくしゃっと撫でた。

私とゆかりちゃんはお互いに照れ笑いを浮かべる。

その時だった。

「だからぁ、こないだ行ったカフェみたいな花屋だってば!なんでそんなにすぐ道忘れるのよ」

背後に聞き覚えのある声がした。高くて可愛らしい、ザ・女の子な声。私が降参したカップルの彼女さんの声だ!

どうしよう、いや、別に悪いことをしたわけじゃないけど・・・。

ふと隣を見てみると、なぜか気まずそうな顔をしたゆかりちゃんが目に入った。

「ゆかりちゃん?」

私が声を掛けても、さっきまでの優しい笑顔はどこへ行ったのか。なんだかゆかりちゃんはおびえているような、焦っているような表情をしていた。

どうしたんだろう・・・。

「いらっしゃいませ!彼氏さんとデートの待ち合わせですか?」

「そうなんですよ〰〰!彼氏、ほんとに道に迷うんです!」

「コーヒーでも飲んでお待ちください」

「えー、でもここ、ラテないし・・・。 ・・・、ゆかり・・・?」

その名前に驚いたのは、私と茉莉ちゃんだった。

私は思わず顔を上げて、女の子を見る。

制服姿じゃない女の子は、以前会ったときより髪の毛をきつく巻いていて、メイクもバッチリだ。秋物のワンピースに黒のショートブーツを履きこなしている。茉莉ちゃんにも負けないファッションセンスと女子力の持ち主だと分かる女の子の顔には、驚きが現れていた。

「なんで、こんなとこにいるの」

「・・・えっと、ゆかりちゃん・・・の、友達?」

途切れ途切れに聞いた茉莉ちゃん。私はゆかりちゃんを見つめる。

ゆかりちゃんは何も言わずに顔を伏せたままだ。

「・・・何やってんの。私が嫌なんでしょ、早く出ていってよ。私は待ち合わせしてるんだから」

「ち、違う・・・!」

「どこがよ。嫌じゃないなら、そんな顔する必要ないでしょ・・・!」

ゆかりちゃんに詰め寄った女の子を、私は慌てて立ち上がって止める。けれどもすぐに綺麗にアイラインが引かれた目で「あんたは関係ないから」と睨まれて、私は思わず気迫に負けてしまう。

「はー・・・、せっかくのデートなのに、気分悪くなった」

「言いすぎじゃないですか・・・?」

「だから、あんたは関係ないでしょ。何?ゆかりの新しい友達?この子と友達とか、やめといた方がいいよ」

そう吐き捨てると、女の子は不機嫌そうにヒールを鳴らしながらお店を出ていった。

なんだったんだろう・・・。

あっけにとられている私の前で、茉莉ちゃんがそっと「大丈夫?」と、紫ちゃんに尋ねる。

次の瞬間聞こえた、ゆかりちゃんの頼りない泣き声で私は我に返った。

「・・・ごめんなさい・・・」

「え・・・、なんで・・・、ゆかりちゃん何も悪くないよ・・・!」

ゆかりちゃんの声が、外の雨音にかき消されていく。

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