Day 2

その日、私と茉莉ちゃんは味気のない段ボールをそれぞれ1つずつ抱えて、桜が丘病院にたどり着いた。

それほどの重さではない段ボールも、ずっと持ち続けていたら腰が悲鳴を上げる。私は茉莉ちゃんが受付をしている間、華の女子高生という身分を忘れて、痛くなった腰をさすっていた。

「よし、行こう!」

「は、はい・・・」

現役専門学生、余裕綽々。

元気が有り余っている茉莉ちゃんに励まされながら、なんとか最初の目的地である小児病棟にたどり着く。エレベーターから一歩出てみると、そこは病院とは思えないほどの解放感と明るさがあって、いろんなところから子供たちのにぎやかな声が聞こえていた。

私は想像以上のにぎやかさに、一瞬戸惑ってしまう。

「茉莉ちゃん!今日もありがとうね〰」

私たちを見つけた1人の看護師さんは、嬉しそうに言うと私に目を移して「新しいバイトの子?」と笑顔で尋ねる。

「はい。私の`従妹の日菜です」

「はじめまして・・・」

「茉莉ちゃんの従妹なんだ!初めまして〰、ありがとうね」

私と茉莉ちゃんが運んだプレゼントは、すぐにナースステーションの広いテーブルに並べられた。

カラフルな押し花やドライフラワーの数々・・・。

看護師さん達からも歓声が上がる。その様子を見て、なんだか私までちょっぴり誇らしい気分になっていた。

「この花びらで作った花火の絵も素敵!」

「やだー、私たちが欲しいくらいだわ」

ある看護師さんのそんな一言で、一気に笑いが生まれて温かくなる。

その時。

「木原さん。有紗ちゃんの血液検査の結果出てますか。あと、古沢さん。幸喜君の回診に参加してね。準備できてる?」

声からしてテキパキした人だと分かるようなお医者さんが現れた。

私はその人が視界に入った瞬間、息が止まったかと思った。

女性にしては身長の高い人だと思った。真っ白な白衣と同じくらいといえるほど、白くて綺麗な肌。そんな肌によく生える黒髪は、さっぱりと後ろで1つに束ねられている。形の整った眉に鼻筋、唇には程よく赤く染まっている。すらりと長い手足。そして何より、透き通ったような黒い瞳が美しい。

和彦さんの奥さん、一華さんだった。

「きゃー!い、ち、か、さーん!」

茉莉ちゃんの歓声に私が我に返る。それと同時に、一華さんも動きを止めた。

「あ、ああ・・・、茉莉ちゃん」

「いやーん、今日も綺麗!今度2人でデートしませんか?!」

「え、あ・・・、ごめん。ちょっと仕事が休みの日がない・・・」

「私、全然夜からでも明け方からでもいつでも」

「ま、茉莉ちゃん!」

完全に暴走スイッチが入ってる!

茉莉ちゃんの幼い頃からの何よりの特徴は、綺麗な女の人に目がないこと。

だからこその茉莉ちゃんのこの女子力なんだけど・・・、時に人にドン引きされてしまう。

私は慌てて茉莉ちゃんに駆け寄り、細い腕を懸命に引く。すると、私も自然と一華さんと目が合った。

目が合った瞬間、同性のはずなのに、私の鼓動が普段の何倍も速くなる。

うわ、どうしよう。すんごい綺麗だ。

「・・・新しいバイトの子?」

「あ、私のいとこの日菜です。先週から一緒に住み込みで働いてくれてて」

「そうなの」

そう言われた瞬間、私は茉莉ちゃんの腕から手を離し「土田日菜です」と言って反射的にお辞儀をした。すると、目の前の一華さんも

「滝本一華です。茉莉ちゃんには、お世話になってます」

丁寧にあいさつをして、お辞儀をしてくれる。

一華さんが顔を上げた瞬間、何ともいえないオーラが目の前を通り過ぎたような気がした。こういうのを「女子力」というのか。

心の中で納得して、一華さんを尊敬したい気持ちでいっぱいになる。そんな私の横で、一華さんは生花のチューリップに手を伸ばしていた。わずかだけど、と茉莉ちゃんが持ってきたものだった。

「彩恵ちゃんに贈られますか?簡単なものになりますけど、ブーケにしますよ」

ん?さえちゃん??

一瞬疑問に思った私を置いて、茉莉ちゃんは慣れた手つきでチューリップを数本用意する。

「本当? ・・・お願いします」

「チューリップだけでいいですか?」

「うん」

茉莉ちゃんは一華さんと会話を笑顔で交わしながら、一華さんが選んだピンクと黄色、そして「おまけです」と、赤のチューリップを手早くブーケにしてみせる。しかも可愛いリボン付き。プロの技に見惚れていると、一華さんが白くてきれいな手でそのブーケを受け取っている姿が自然と目に入ってきた。

なんだろう。一華さんの動作ひとつひとつが、なんだか特別なものに見える。

いいなあ、大人の女性ってこういう人のことを言うのかな。

「日菜ー」

そんなことを考えていたらいつの間にか、茉莉ちゃんが呼んでいた。私は段ボールを持って少し先を行く茉莉ちゃんの後を慌てて追いかけた。

「今度はどこに行くの?」

「一華さんの担当している患者さん。彩恵ちゃんって女の子のところ」

私は女の子の名前にハッとした。

彩恵ちゃん。一華さんがチューリップの花束を買った相手だ。

茉莉ちゃん曰く、彩恵ちゃんという女の子は、幼い頃から桜が丘病院に入院していて、入院した4歳の時から、一度も病院の外に出れていないという。けれどもお花が本当に大好きで、茉莉ちゃんが病室に来てくれるのを楽しみにしているんだとか。

「いつもありがとう、茉莉ちゃん」

「いえいえ!」

一華さんはそう言うと、慣れた様子で病室のドアをノックして「彩恵?入るよ」と呼び掛けてから、ゆっくりと引き戸を開けた。同時に私の鼓動が早くなる。けれどもそんな私の鼓動に反して、病室は明るく優しい光で満ちていた。

ドアを開けた瞬間、優しい匂いの春風が吹いて真っ白なカーテンが揺れる。淡い光でいっぱいのその部屋は驚くほどに白い。まるで、別世界だ。

そんな部屋のベットの上に、その女の子はいた。

心なしか女の子の顔は青白い。それでも両サイドに結わえられた女の子の三つ編みのおさげは、楽しそうに揺れている。髪色と同じ黒い瞳が、くりくりしていて可愛いい。

「彩恵?」

「うわ」

一華さんが呼びかけると、なぜか女の子は声を上げてお布団をかぶってしまう。真っ白で汚れが1つもない布団にくるまって姿を隠した女の子は、なんだか小動物みたい。

「なにしてるの」

「や、やめてやめて。まだ内緒なの」

「なにが」

お布団を剥がされた女の子は

「ダメでしょ、あんまり動いたら。点滴取れちゃうよ」

一華さんに言われると、不服そうな顔で数秒前のように姿勢よく座り直した。その時、私の視線と女の子の視線が重なる。

「彩恵ちゃん、何作ってたの?」

茉莉ちゃんが問うと、女の子は後ろで隠していた折り紙でできた花を見せてくれた。

まだ作り途中みたい。苦戦したのか、折り紙には折り目がいくつも入っている。

「一華先生に渡そうと思ったのに」

「え?」

女の子はよろけながらもベットの上に立つと、一華さんの頬をちっちゃな両手で包む。

そして

「一華先生笑えるようになれ〰〰、っておまじないかけながら作ってたんだけど」

難しそうな顔をした。

そんな姿が可愛くて、私は思わず静かに吹き出してしまった。そんな私の姿にハッとしたのか、女の子は数秒だけ動きを止めると、またお布団にくるまる。今度はわずかな隙間からちらちらと私の様子をうかがっていた。

「はじめまして。茉莉ちゃんのいとこの土田日菜です」

「ほら彩恵、ちゃんと挨拶して」

一華さんに急かされたその子は、お布団からぴょこんと顔だけを出すと

「はじめまして。新島彩恵にいじまさえです」

布団にくるまれた、もこもこの体のまま、お行儀よくお辞儀をしてみせた。

「4歳からこの病院にいて、ずっと一華先生の患者です」

「私は高校生です」

「一華先生、友達出来たね」

「友達・・・って、日菜ちゃんは私の友達じゃないんだよ。 ・・・友達といえば、今日はくみちゃんとは遊ばないの?」

「うーん・・・。なんか「彩恵ちゃんはいつも本しか読まないからつまらない」って言われちゃった」

一華さんに話を振りながらも、幾度となく彩恵ちゃんの視線は私に当たる。もじもじしているその姿が可愛い。

私も小さい頃は、知らない大人の人が来ると「話してみたいけどなんか恥ずかしい」のはざまだったなぁ。その頃から、ハキハキとしていて積極的な茉莉ちゃんが羨ましかった。

幼い頃を思い出しながら見守る私の隣で、茉莉ちゃんは彩恵ちゃんと会話を続ける。

「彩恵ちゃんは本好きだもんね。今は何読んでるの?」

「名探偵小鳥遊梓のアフターヌーンティー」

「ああ!」

懐かしい題名に私は思わず声を上げた。同時に、その場にいた全員の視線が私に集まる。

忘れもしない『小鳥遊梓』シリーズ。私も彩恵ちゃんと同い年ぐらいの時、学校の図書館で何度読み返したことか。自慢できるほどじゃないけど、じつは私も読書家。

「好きだよ、私も。『小鳥遊梓』シリーズ!」

身を乗り出しながら言うと、彩恵ちゃんは「ほんと?」と驚きでいっぱいになった瞳を向ける。私は頷きながら

「梓紗ちゃん、普段はケーキと紅茶が好きな可愛い女の子なのに、事件は素早く推理しちゃうところがカッコイイよね」

物語を思い返しながら言った。すると今度は、彩恵ちゃんが身を乗り出して

「私、梓紗ちゃんの助手の海堂さんが好き!」

笑顔で反応してくれた。私はその反応に嬉しくなって次々に『小鳥遊梓』トークを繰り広げる。

「海堂さんカッコいいよね〰〰。海堂さんの淹れる紅茶を私も飲みたいよ。彩恵ちゃんは何巻が1番好き?」

「4巻!海の香りのする街」

「梓紗ちゃんが人魚の子孫の女の子と友達になる話だよね。私は8巻が1番好きだなぁ〰〰」

「なんだなんだ、私も仲間に入れてよ〰〰」

そう言いながら私の肩を抱き寄せてくる茉莉ちゃん。私が思わず笑うと、目の前の彩恵ちゃんも嬉しそうに微笑んでいた。

笑うとえくぼが出来るんだな。

一華さんはというと、そんな私達の様子を見ながら、難しそうな書類でいっぱいのファイルを見ていた。

「一華先生も一緒に話そうよ」

彩恵ちゃんが可愛らしい手で手招きするが、手招きに応じたのは一華さんではなく一華さんの白衣のポケットにある携帯。

医療ドラマでお医者さんが連絡を取り合う時によく見るな。

「はい、滝本です。 ・・・分かりました。ごめん私行くから。失礼がないようにね、彩恵」

「はあい」

のんびりとした返事を聞いた一華さんはあっという間に彩恵ちゃんの病室から出ていってしまった。彩恵ちゃんはベットの上から、一華さんが出ていってしまったドアの方を見て言う。

「一華先生はすごいお医者さんだから、いつも忙しいの」



「違うよ」

「え??」

「もっとゆっくり。速すぎる」

私はお湯が入ったポットをゆっくりと回しながら、挽かれたばかりのコーヒー豆にお湯を注ぐ。さっきから湯気とコーヒーの香りが立ち上っては、私の鼻をくすぐっていた。

桜が丘病院から帰って、お客さんが少なくなる時間帯。私がカウンター席で本を眺めていたら、茉莉ちゃんがエプロンを投げてきた。

「働かざる者食うべからず。コーヒー淹れる練習だよ」

そう言われて現在に至る。

茉莉ちゃんはささーっとコーヒーを出していたけれども、実際やるとなると、こんなにもひとつひとつの作業に気を遣うものなのか。

「ま、待って・・・腕痛い・・・」

「ギブアップするのはやっ!!もー!」

ずっと手首に意識を集中させてたら自然と力が入っていたみたい。

私はすっかり痛くなってしまった手首をさすった。するとその時、お店のドアが開いた音がして和彦さんがやって来た。

「こんばんはー」

「いらっしゃいませ!」

茉莉ちゃんがいつもの明るい声で言うと、和彦さんは「おっ?」と声をあげて

「コーヒー入れの修行中?」

楽しそうに笑う。

和彦さんがやってきてくれたことで中断した練習は、また明日に持ち越し。

そう言って茉莉ちゃんは新しいコーヒー豆を挽くと、手早くコーヒーを淹れる。私は茉莉ちゃんの淹れたコーヒーを和彦さんのもとへ運んだ。

「どうぞ」

「ありがとう。あ、そういえば・・・、はい」

和彦さんから渡されたのは罫線が入ったなんてことないルーズリーフ。小さく折りたたまれたそれを広げてみると、そこには可愛らしい丸い文字でこう書かれてった。

『ひなちゃんへ 今日はお話してくれてありがとう。またひなちゃんと、本の話がしたいです。 さえ』

彩恵ちゃんからの手紙だった。

「彩恵ちゃんに伝書鳩役を頼まれたからさ」

「和彦さんも、彩恵ちゃん知ってるんですね」

「うん。そりゃーもう、家で一華がずっと「彩恵がね、彩恵がね」って言ってるからねえ。俺もたまに、彩恵ちゃんに本を貸しに行ったりしてるんだ」

「可愛いですよね。彩恵ちゃんと一華さんのコンビ。もう私、あの2人見るたびにキュンキュンしちゃう」

茉莉ちゃんが頬を赤らめながら言うと、和彦さんは嬉しいような誇らしいような、そんな表情で返す。

「俺も一華も、彩恵ちゃんのことが可愛くてしょうがなくってさ。俺達の結婚式に彩恵ちゃんが来た話、ここでしたっけ?」

「えっ、聞いてない聞いてない!」

「そうなんですか?」

「うん。彩恵ちゃんが俺達の結婚式で、リングガールやったんだよ。夫婦そろって親戚に小さい子がいなかったんだよね。俺が一華に提案したんだ。その時は彩恵ちゃんも調子よかったから特別に・・・、あ、写真あるよ」

茉莉ちゃんが和彦さんからスマホを受け取ると、歓声が起きた。

私は和彦さんのスマホを覗き込んで・・・茉莉ちゃんと歓声を上げた。

「うっわー!!!」

「すごい・・・!え、一華さん超綺麗・・・!!!!」

まず目が行くのは、花嫁の美しさ。スナップ撮影された中の1枚なのか、和彦さんのスマホの画面には、神父さんを前にして指輪を交換し合う2人の姿が鮮やかに映し出されている。そして2人のすぐそばに、可愛らしいブルーの花柄のドレスに身を包んだ彩恵ちゃんが立っていた。彩恵ちゃんの手にはしっかりとリングピローが握られている。

そして次の写真は、花嫁姿の一華さんと仲よさそうに頬を寄せる彩恵ちゃんのツーショット。

「女神と天使や・・・、あかん」

なぜか関西弁になる茉莉ちゃん。和彦さんはそんな茉莉ちゃんのコメントを聞いて声を上げて笑う。

「彩恵ちゃんのフラワーガール、式場にいた人たちから大好評!一華も彩恵ちゃんがリングピロー持って歩いてる姿見て泣いてたしなぁ」

「花嫁がまさかの指輪交換の前に号泣!」

3人でその時の様子を想像して思わず微笑みが漏れた。

「一華さんと彩恵ちゃんって、お医者さんと患者さんだけど・・・、なんだか、親友みたいな関係なんですね」

私が言うと、和彦さんはしっかりと頷いた。

「女の子の友情は強いよ、ほんと」

和彦さんが彩恵ちゃんの手紙を持ってきてくれた日から、私と彩恵ちゃんの「お手紙交換」は続いた。

だんだん本の話からそれてきて、最近はもはや「交換日記」状態。小学生のころ、一時期はやっていた交換日記をまたすることになるとは思ってもみなかった。だけど、こういうものは何歳になったって楽しいんだな。

そう思いながら、彩恵ちゃんへの返信を書いていた時。

「日菜ー、ちょっとさ、私映画見たくて」

いつもオシャレな茉莉ちゃんがいつも以上にオシャレな姿でそう言ってきたので

「行ってらっしゃい。お店は任せて、楽しんできて」

手紙を書く手を止めて何気なく答える。

ここに越してきて早1か月。お店の仕事も大体は覚えてきた。茉莉ちゃんが出かけている間の店番くらいなら私にもできる。

「映画見たいからさ、日菜も一緒に来て」

「・・・はっ?!」

「ほらほら!早く準備して!」

「え、ええ〰〰??」

唐突な展開過ぎて頭が追いつかない。

一緒に映画を見に行く約束してたっけ?

そんなことを思いながら、急かされるままに私は部屋着からお気に入りの春物のワンピースに着替える。茉莉ちゃんは着替えた私を待ちかねていたかのように、コテの電源を入れて私の髪を見事な内巻きヘアーに仕上げると息をつく暇もなく、パンパンになったコスメ用のポーチを開けてメイクまでしてくれた。

「あ、あのさ・・・」

「うん?」

「今日・・・、お店は・・・?」

「ああ大丈夫、臨時休業」

そんなあっさりと!?

呆然とする私の手を引いて茉莉ちゃんはお店のドアを開けた。鈴の音と一緒に優しい春風が頬に当たって、あの切ない桜の香りがする。

「よし」

私が春風に気を取られている間、うきうきとした様子でお店の前に「CLOSE」と書かれたボードを立てた茉莉ちゃん。

「レッツ、ゴー!」

私はそのまま、はしゃぐ茉莉ちゃんに手を引かれて歩きなれない街へと走り出した。


茉莉ちゃんが見たいといった映画は、私が前からずっと見たかった洋画の新作。私の大好きなハリウッド女優が主役だ。

けれども映画を見終わった今、私が気になっているのは映画の結末でも何でもない。茉莉ちゃん自身だ。

茉莉ちゃんと言えば、映画を見るなら365日ラブコメディー。特に漫画が原作のいわゆる「胸キュン映画」には目がないはず。洋画とは縁遠い人だ。

茉莉ちゃん、今日はどうしたの??

何度も何度も隣を歩く茉莉ちゃんの顔を覗き込んでは「どした?」と茉莉ちゃんに聞かれる。

「・・・いや?」

心境の変化というやつなの?

そう思いながらふと前を見たら、私達と同い年くらいの女の子がおしゃれな紙袋を提げて歩いてくるのが見えて・・・、私は思わず足を止めた。

「ゆき音?!」

「・・・えっ、日菜!」

「うっそ、妹ちゃんも!」

まさかの友人、ゆき音とゆき音の妹さんに出くわした私は、それまでの茉莉ちゃんに対する疑問なんて一切忘れて、2人で手を取り合う。しかししばらくすると、2人の目線が茉莉ちゃんに移ったので、私はゆき音たちに茉莉ちゃんを紹介した。

「私のいとこの茉莉ちゃん。今一緒に住んでるんだ」

「はじめましてー!」

「あ、この方が。日菜から話はたくさん聞いてたけど・・・、はじめまして」

「はじめまして!」

「いつも日菜がお世話になってますー」

そんなありきたりな会話から始まり、何と10分後には私たちは同じレストランでお昼を一緒に食べていた。

私やゆき音、ゆき音の妹さんはともかく、茉莉ちゃんは2人とまだあって10分足らず。それなのにここまで3人が仲良く話しているのは、やっぱり茉莉ちゃんの生まれ持った天性のコミュ力の高さ。

いいなあ、私も茉莉ちゃんくらい明るくて積極的な子になれたら・・・。

「そういえば、日菜は?」

「え?」

考え事の最中に声を掛けられて不意に我に返る。そんな私を、ゆき音が見て、楽しそうに微笑んでいた。

「ごめん。考え事してて・・・、何の話だっけ?」

「長期のボランティア!ほら、終業式の日に担任の先生が言ってたじゃん?」

「あー・・・、お店手伝うことになったから・・・」

「あ、そうか」

断る私に、茉莉ちゃんは身を乗り出して

「え!学校でそういう機会があるなら参加しなよ!ゆき音ちゃんもやるって言うし!お店のことは大丈夫だよ」

「お店が大変だから私が呼ばれたんでしょう?」

「いいよいいよ!私も高校時代もっとそういうのに参加しとけばよかったって後悔してるもん!ちなみに、どんなボランティア?」

と、ゆき音に問う。

「病院で長期入院している子達の遊び相手です。あ!日菜の今の家の近くの病院だよ!」

「「桜が丘病院!?」」

思ってもみなかった奇跡に私と茉莉ちゃんが声を揃えると、私達の前に座っていたゆき音と妹さんは、驚いた顔で私達を凝視する。そんな2人もお構いなしに、私と茉莉ちゃんは笑い合った。

「すごーい!こんなミラクルある?」

「実は私の家の花屋さんも、その病院にプレゼント届けてるんだ。私もこの前行ったばっかり」

「そうなの!?じゃあ、日菜はもうボランティア参加したようなもんなんだね!」

「そうだ、ゆき音。夏休みうちの泊まりに来ない?そしたら夏休みの間、ボランティアも行きやすいでしょ?」

「いいね!」

私がゆき音と話を決めた後に茉莉ちゃんに懇願のまなざしを向けると、なぜか茉莉ちゃんはホッとしたような表情で笑いながら

「いいよ。私も楽しみにしてる!」

そう言ってくれた。

私とゆき音は来週は桜が丘病院の前で会う約束をして、お互いの家に戻った。

家に帰った時、不思議といつもの寂しさのようなものは消えていた。

偶然だったけど、ゆき音に会えてよかった。


ゆき音を含め、私の通う高校から数名のボランティアの子達が、桜が丘病院にやって来た。みんなの読み聞かせは子供たちにはもちろん、看護師さんたちにも大好評。私は大勢の子供たちの前で読み聞かせを披露するゆき音のアドリブに、何度も笑いをこらえた。

さすが、3姉妹の長女だけあるよ。

心の中で言いながら、私はなんとなく子供たちやゆき音が集まる「プレイルーム」を見渡す。そこには、私と手紙のやり取りをしてくれている彩恵ちゃんの姿がない。

もしかして、具合が悪くなってしまったんだろうか?

心配しながらも、私は鞄の中にしまった彩恵ちゃんの手紙を手に、とりあえずナースステーションへ向かってみることにした。

「すみません。新島彩恵ちゃんに手紙を渡したいんですが・・・」

「ああ、日菜ちゃん?」

私は見ず知らずの看護師さんに名前を呼ばれて、思わず固まってしまう。

「あ、はい・・・」

「やっぱり!彩恵ちゃんが最近、日菜ちゃんのことをお話してるの」

「そうなんですか・・・?」

ちょっと恥ずかしいけれども、それを上回るくらい嬉しい。良い友達になれたようでよかった。

「彩恵ちゃんなら今、病室でお勉強中。声かけても大丈夫だと思うよ」

そう教えてくれた看護師さんに私はお礼を言って、彩恵ちゃんの病室へ向かう。けれども、彩恵ちゃんの病室のドアの前に立った瞬間、なぜか私に謎の緊張感が走った。

なんとなく・・・、自分が開けてはいけないような、そんな気がしているからかな。

恐る恐るノックをすると、彩恵ちゃんの可愛い声が帰って来る。ドアを開けた私をベットの上から見た彩恵ちゃんは、それまで向かい合っていたであろうノートからパッと顔を上げて

「日菜ちゃん!」

本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

その笑顔が嬉しくて可愛くて仕方がない私は、思わず笑顔になって彩恵ちゃんへ駆け寄る。

「嬉しい、会いに来てくれたの?」

「うん。これを渡したくて」

「お手紙?ありがとう、日菜ちゃんの封筒かわいい!」

彩恵ちゃんに喜んでもらえるように、毎回封筒と便箋選びにはこだわらせてもらっている。今までは手紙なんて滅多に書かなかったけれども、書いてみれば意外と楽しいもの。

そう思っていた私の目に留まったのは、あの懐かしの練り消しゴム。

授業中に私も何回も遊んでいた。ときどき、消しゴムのカスで自作の練り消しを作ってる男子もいたなぁ。

「練り消しゴムか。懐かしい」

「和彦さんが買ってきてくれたんだ。あ、和彦さんって」

「一華さんの旦那さんだよね。私のお店によく来てくれるんだよ」

「そうなの?花屋さん?」

「うん」

そこから私は彩恵ちゃんに花屋さんでの話をしてあげた。

私にとってはなんてことない些細なことでも、彩恵ちゃんにとっては驚きのエピソードの連続。

大冒険なのだ。

特に、毎日花に囲まれる生活は、花が好きだという彩恵ちゃんの心を一瞬にして虜にする。

水の入ったバケツを近所のぽっちゃり猫がのぞき込んで、そのままバケツの中へダイブしてしまった話は、彩恵ちゃんも大うけ。

「あはははははははは!!!面白い!その猫ちゃん可愛い!」

私もその現場を目撃した時のことを思いだして、彩恵ちゃんと一緒にお腹を抱えて笑い転げた。

「私の学校にも猫ちゃんがたくさん来るんだよ。あ、写真見る?」

「この子可愛い!あっ、お尻にハートマークある!」

「みんなで可愛がってるんだ」

「日菜ちゃんって、「こうこう」っていうところに行ってるの?どんなところ?」

この質問でようやく目の前にいる彩恵ちゃんが学校にも行けていないことを実感した私は、数秒固まってしまった。

今、こうして話していれば普通の子と何ら変わりはないように思える。

現実は違うのだ。

そう思いながらも彩恵ちゃんにそのことを悟られないように、私は精一杯学校について話す。学校に一度も行ったことがないという彩恵ちゃんは、私の学校生活に興味津々の様子で話を聞き、学校に来る購買には目を丸くする。

「学校にパン屋さん!」

「パンだけじゃなくて、ヨーグルトもプリンもジュースも売ってるんだよ」

「1階の売店みたい」

「そうだね。そんな感じかな。 ・・・そういえば、彩恵ちゃんお勉強してたのにごめんね」

「あ、そうだったぁ」

ぺろっと舌を出す彩恵ちゃん。

そんな彩恵ちゃんの幼さに反して、テーブルにはびっしりと文字が書き込まれたドリルがある。私が小学生の頃なんて、ドリルは溜めに溜めて、全然やらなかった記憶がある。

「院内学級ってところで勉強してるんだ」

「すごいね。私が彩恵ちゃんくらいの時は、勉強なんて全然だったよ」

「わたし、一華先生みたいになりたいんだ」

その言葉に、私はハッとなった。

別に私が何か関係しているわけでもないのに、無性に感動してしまったのだ。不意に目の前がきらめきを増して見える。

「一華先生みたいになりたいの。でも、そのためにはすっっっごい勉強しなくちゃいけないんだって。小学校でしょ、中学校でしょ、高校でしょ、大学!」

「そうだね。お医者さんになるにはものすごく勉強しなくちゃいけない」

「わたし、まだ小学校にも行ったことないけど・・・、なれるかなぁ」

「なれるよ!」

私は思わずそう言って、彩恵ちゃんの手を両手でしっかりと握りしめた。彩恵ちゃんはだいぶ・・・、相当ビックリしたようで、若干体を小さくしてしまっている。私はそんな彩恵ちゃんに気付いて、慌てて手を離した。

「ごめんね」

「・・・ありがとう、日菜ちゃん」

怖がらせてしまったかと心配したが、彩恵ちゃんはそんなこと全くなかったみたい。

嬉しそうな顔で小さな手を見つめると、空気を入れ替えるようにわざと咳払いをし

「彩恵、採血するから動かないで。木原さん駆血帯ください」

一華さんの真似をし始めた。そのクオリティの高さから、彩恵ちゃんが普段から一華さんをよく見ていることが分かる。私と彩恵ちゃんがくすくす笑っていると、不意にドアがノックされる音が響き、噂をすればというやつか、一華さんと看護師さん・・・、木原さんが現れた。

「じゃあこれから本当に採血します」

「今の聞いてたの、一華先生」

そう言いながら本当に採血の道具を取り出し始めた一華さんに、彩恵ちゃんは不服そうな顔で頬を膨らませる。

「彩恵ちゃん、一華先生の真似上手いのねえ」

けれども、木原さんに褒められると途端に笑顔になった。

「あ、ステート」

彩恵ちゃんのパジャマの袖をまくっていた一華さんの聴診器を指さして、彩恵ちゃんが言う。

「あらっ、彩恵ちゃん!すごいっ!」

「一華先生、今私に穿刺しようとしてるね」

私には大体の意味しか分からなかったけど、きっと医療用語。

上目遣いでそう言われた一華さんは、小さくため息をついて

「なんか彩恵にまで医療用語を使われると・・・」

と、参った様子で言いながら手早く採血をした。

「いいじゃないの!可愛い未来の後輩よ、一華先生」

木原さんの言葉に、彩恵ちゃんは「にーっ」と白くて小さい歯を見せて精一杯の笑顔をしていた。

その後、一華さんは丁寧に彩恵ちゃんを診察する。彩恵ちゃんは嫌がる様子も痛がる様子もなく、じっと一華さんを見つめていた。そしてしばらくは彩恵ちゃんに勉強を教えていた一華さんも、ある電話が入ると「ごめん」と言いながら病室を走り去っていった。

「今日はいいね。一華先生がお仕事行っても、日菜ちゃんがいる」

そんな可愛いことを言う彩恵ちゃんと過ごして、気付けば夕方のチャイムが鳴っていた。

私と彩恵ちゃんが手を振り合って病室を出た時、ゆき音がこちらへ向かってきていたので、私は慌ててゆき音のもとへ駆け寄る。

「看護師さんたちに聞いたら、あの病室にいるって聞いたから」

「ごめんね」

「日菜に小さい子の知り合いなんていた?」

「最近お手紙のやり取りしてるんだ。彩恵ちゃんって子」

今度会ったとき、彩恵ちゃんにゆき音も紹介しようと思った。

きっと、ゆき音も彩恵ちゃんの友達になってくれるに違いない。



それからしばらく、私は新学期が始まったこともあり、お店の手伝いだけで精一杯になってしまった。

彩恵ちゃんとのやり取りも手紙だけ。毎回伝書鳩役を買って出てくれる和彦さんに何度も頭を下げてお礼を言うと

「いいのいいの!彩恵ちゃん喜んでるからさ」

と、和彦さんはいつもの笑顔で言う。

ようやく私が桜が丘病院へプレゼントを配達する手伝いが出来たのは、2年生になって初めての定期テスト中。テストが土日をまたぐこともあって、私は早帰りを利用して桜が丘病院へ向かった。

ちなみに茉莉ちゃんは学校があるので、今日は私1人での配達。1人だから運べるプレゼントに限界はあるけれど・・・。

そう思いながら小児病棟に行くと、何人かの子供達が笑顔で駆け寄ってくれる。私はそんな子供達に笑顔で答えると、ナースステーションにいつものように段ボール箱を預けた。

「いつもありがとう!」

「いえ、そんな」

私がそんな会話をしている中で、ナースステーションにナースコールの呼び出し音が響く。それまで押し花のアートに目をキラキラさせていた木原さんは、その音に反応するとすぐに「優しい看護師さん」の顔になって対応した。

「はーい、彩恵ちゃん、どうした? ・・・えーっ、一華先生が!?」

「一華先生?!」

私を含めた、ナースステーションにいたほぼ全員が声を揃た。

彩恵ちゃんからのナースコールで「一華先生が」ってどういうことだ???

ぐるぐると思考が渦巻く私とは反対に、木原さんは

「うん、うん。頭痛いって言ってる?あ、それは言ってなかった?すぐ行くからねー」

そう言って数名の若い看護師さんを連れて彩恵ちゃんの病室へ向かう。

どうしたのかな・・・、大丈夫かな・・・。

心配でうろうろする私とは反対に、看護師さん達の対応は本当にテキパキとしていて無駄がなかった。とりあえず、とナースステーションの奥の部屋にさっさと一華さんを運ぶと、彩恵ちゃんの状況確認。その間に数名の看護師さんが動き回る。

「あ、日菜ちゃんだっけ!?」

木原さんに名前を呼ばれて反射的に立ち上った。

「はいっ」

「あー、あー・・・、ごめん、和彦君の番号知らないよねー」

「すみません、さすがにそこまで親しくなくて・・・」

「そうよね。気にしないで!あー、和彦君の電話番号持っておくんだったわ」

するとその時、彩恵ちゃんの病室から若い男性の看護師さんが顔をのぞかせて、木原さんを呼ぶ。

「あの、彩恵ちゃんが「一華先生のスマホ貸して」って・・・」

「え?」

不思議に思った私と木原さんが彩恵ちゃんの病室に向かうと、彩恵ちゃんはベットの上で、いつも以上にすました顔でこう言った。

「一華先生のスマホから和彦さんに電話かけちゃえ」

「えっ、でもパスワード・・・」

「結婚記念日か、和彦さんの誕生日がパスワード。恋愛ドラマに出てくる女の人のパスワードは、大体旦那さんの誕生日か結婚記念日だから」

彩恵ちゃんの大人過ぎる知恵に、唖然とした瞬間だった。



和彦さんが駆けつけたのは夕暮れ時。

どうしても一華さんのそばにいたいという彩恵ちゃんのお願いに私も付き合って、彩恵ちゃんと何回目かの「あっち向いてホイ」対戦中だった。

「あ、すみません。滝本一華の・・・」

「和彦さん」

夕焼けに色づく病院の廊下を足音を立てながら駆けつけた和彦さん。近くにいた看護師さんに声をかける前に、彩恵ちゃんが小さな声で和彦さんを呼んだ。

「彩恵ちゃん・・・!あれっ、日菜ちゃん?!」

「わたしが一華先生の付き添いで」

「私が彩恵ちゃんの付き添いです」

ねー、と顔を見合わせる私と彩恵ちゃんに、和彦さんは少し安心した笑顔を見せて

「そうなんだ!2人ともありがとう・・・」

そう言って一華さんが眠るソファーの側にかがむ。

「一華先生ね、疲労です。ちゃんと寝ればすぐ治ります」

冷静に言った木原さんは、彩恵ちゃんの肩に手を置くと一変。満面の笑みで嬉しそうに言った。

「彩恵ちゃん、ずっと一華先生のそばにいてくれてたのよね〰。日菜ちゃんも、ありがとう」

「私はそんな・・・」

木原さんに褒められて、嬉しいけれどもちょっと恥ずかしい。そんな表情でもじもじする彩恵ちゃんに、和彦さんはしっかりと向き合って尋ねる。

「ありがとうね、彩恵ちゃん。体は?大丈夫?」

「うん」

「そっか。彩恵ちゃんがいてくれてよかったよ」

「・・・和彦さん・・・」

「ん?」

「一華先生と・・・ケンカした・・・?」

そのひと言に、私は思わず眠る一華さんを見つめた。和彦さんも私と同じように一華さんを見やってから

「してないよ?どうした??一華が何か言ってた?」

と、苦笑しながら彩恵ちゃんに尋ねる。すると彩恵ちゃんは、本当に深刻そうな表情で続けた。

「一華先生、さっき・・・、日菜ちゃんがジュース買いに行ってるとき、寝ながら泣いてたから・・・」

泣いてた?

私は驚きを隠せない。

いつもの病院の廊下を颯爽と歩く一華さんから、泣いている姿が想像できなかった。

「そっかぁ。どうしたんだろうねえ。でも、俺と一華はケンカしてないよ。大丈夫」

その時、一華さんが小さく声を上げて、眩しそうに瞼を開けた。

そしてゆっくりと体を起こして、しばらくはぼんやりとしていたが、彩恵ちゃんの姿を見ると一瞬にしていつもの表情に戻る。

「彩恵、なにしてるの。病室にいなきゃダメでしょ・・・!」

「一華、違うよ。彩恵ちゃんはずっと一華の看病してくれてたんだって。倒れたこと、覚えてる?」

「え・・・? ・・・、あ・・・」

何かを思い出した一華さんは、それまで勢い良く掴んでいた彩恵ちゃんの小さな肩からゆっくりと手を離す。タイミングを見計らったかのように木原さんも

「彩恵ちゃんに看病されてどうするの。ちゃんと寝てたの?」

まるで一華さんのお母さんのような口ぶりで尋ねた。

「すみません・・・」

「謝るのは彩恵ちゃんでしょうが」

「・・・彩恵、ごめんね・・・。ありがとう」

申し訳なさそうに言う一華さんに、彩恵ちゃんは質問攻めを始めた。

「一華先生どうしたの?なにか嫌なことあったの?寝てないの?ちゃんと寝ないとダメって一華先生言ってるのに!」

普段、引っ込み思案で静かな彩恵ちゃんにしては珍しいほどの勢いで、無我夢中で一華さんに問う。けれども

「さ、彩恵。私は大丈夫。大丈夫だから」

「・・・」

一華先生の答えに納得がいかない。

そう言いたげな瞳で一華さんを見つめた彩恵ちゃんは、悲しそうに眉根を寄せた。そんな表情を見せる彩恵ちゃんに、一華さんも困惑の表情を見せずにはいられない。

「彩恵、どうしたの?何でそんな急に・・・。私は大丈夫、いつも通り。だからもう病室に戻ろう」

ぺたん、と彩恵ちゃんのもこもこスリッパに包まれた可愛い足が床につく音が、一華さんの言葉を止める。そのまま、彩恵ちゃんは悲しそうな表情のまま無言で病室に向かってすたすたと歩きだした。

心なしか、彩恵ちゃんの三つ編みのおさげも、悲し気に揺れているように感じる。

「あらら?2人、初のケンカかしら?」

木原さんの言葉を「ケンカ・・・」と繰り返した一華さんは、ようやく立ち上がったソファーにもう一度座り込んでため息をついていた。

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