ゲームで学ぶ総力戦

アクリル板

①ゲームで起こった総力戦

 現実世界の地理を縮小した世界を舞台に、ダンジョン攻略や国家建設を行う人気VRMMO『ダンジョン&ステイツ』では、毎日のように国家クラン(プレイヤーが建設可能な国家団体のこと)同士での対立・紛争が行われていた。

 そんなある時、現実世界におけるスカンディナヴィア半島に位置するルール連合王国と隣国であり大国の白双鷲帝国の間でいつものように紛争が起こった。ただ、いつもと明らかに違ったのは、白双鷲帝国の軍勢が明らかに多かったことと、ルール側の航空艦隊が全力出撃していたことだった。

 こうして、後のゲーム史に残る壮絶かつ圧倒的な戦いは始まったのだ。

 しかしながら、開戦当初ルールの勝機は限りなく少ないと言われていた。ルール軍はクランマスターとそのフレンドの趣味により、他の国家クラン(もちろん白双鷲軍も例外ではない)に比べ圧倒的な砲兵戦力と爆撃機、攻撃機を保有していた。しかしながら、単純な陸上戦力に関して言えば、辛うじて白双鷲軍を防ぎきれるかどうかと言った数しか存在しなかった。

 ルール連合王国クランマスター(以後ルール国王)は開戦後直ちに国家の総力戦体制への移行を宣言。国内のギルド及びクランの無期限活動停止と主要都市での戒厳を宣言した。また、同時に国王大権の行使を宣言し、クラン議会の無期限解散と憲法の停止を宣言した。

 開戦直後、白双鷲軍の大規模越境に対応するため遅滞戦闘に従事していた国境軍と第一航空艦隊の攻撃機隊による航空支援により、白双鷲軍到着前にルール軍主力の機甲部隊の展開が完全に完了した。しかしながら、白双鷲軍の攻撃は激しく、機甲部隊は大幅な後退を強いられることとなった。





「まずいですね。このままだとさらに突破されます。」

 今次戦争の全般的な指導を行っているクラン管理人の一人が言った。敵軍は既にノルウェー・フィンランド国境に当たる地帯を突破したのみならず、フィヨルドへも進出しているというのだ。

「南部の軍を向かわせるんだ。そうすれば持ちこたえられる。」

「だけど、南部の騎士団がここで攻めてくれば…!」

 国王の出した意見に対し、管理人の一人は反発した。それもそのはずで、南部にある国家クラン『プルーシー国家騎士団』とは現実でのユトランド半島にあたる部分で領土的に対立していた。

「それらに関しては問題ない。エルフ、ドワーフの同盟国に圧力をかけてもらえばいいのでは?」

「…わかった。危険な賭けだけどもやってみますよ国王。」

 周囲を仮想敵に囲まれているルールだが、勢力均衡を保つための同盟国も存在していた。それがエルフ世界樹共和国とドワーフ精霊王国の二国だ。3か国間での相互防衛・経済同盟は決して頑強とは言えないルールの国防において強力な後ろ盾なのだ。

「しかし、持ちこたえられるのかな…?」

「やってみないとわからないといった感じですね…」

 そんなこんなで防衛戦が始まった。エルフ・ドワーフ両国の圧力も成功し、南部の軍を無事に前線へ配置転換できたルール軍は、何とか敵主力の浸透を防ぎ切った。しかし、問題はここからだった。国土的な問題でNPC生産量があまり多くない(≒人口が多くない)ルールでは、現代戦はともかく、二度の世界大戦の様な総力戦を行うのは難しかった。そこで行われたのが無際限徴兵政策である。機甲部隊のような専門兵科ならともかく、銃を撃つなら低レベルのNPCでも可能だ。また、プレイヤーを中心に義勇軍を募ることも行った。

 が、しかしである。

「ダンジョンの維持ができなくなる…か。」

「まずいですね。完全に忘れてた。」

 そう、余りに多くのNPCを徴兵すると、ダンジョンの維持に必要なだけのNPCが揃えられなくなるのである。そもそもこのゲームにおけるダンジョンとは攻略するためだけでなくギルドやクランの重要な収益となる場所だ。ダンジョンは山地に多く生成されるため、ルールはゲーム内でも屈指のダンジョン国家と言われていた。今回の白双鷲帝国の侵攻もこれに関連するのだろうが、それほどまでにダンジョンとは重要な施設なのである。

 ではダンジョンの維持ができなくなるとどうなるか?それはいたって単純で、資源の確保ができなくなる。今のルールがゲーム内有数の鉄の産出国だと言えばその重要度がわかるだろう。また、ルール軍の主力部隊の維持すら危うくなる。前述の通りルール軍はクランマスターとそのフレンドの趣味により大量の砲兵と爆弾を必要とする軍隊として作られているからだ。

「どうする国王。ダンジョンを維持しないとまともに戦えなくなるぞ。」

 管理人の一人が尋ねた。

「苦肉の策にはなるが、外人部隊の募集を行おう。傭兵ギルドとかもあるはずだから、そこにも依頼するんだ。最悪の場合は、エルフとドワーフにも参戦を依頼しよう。」

「エルフとドワーフへの参戦要請か…」

「まあ言いたいことはわかる。あの二国を参戦させたらいよいよ世界大戦が始まるだろうし。」

 なぜエルフとドワーフの両国に参戦を依頼しないのか。その一番の原因が勢力均衡という足枷だ。下手に参戦させれば白双鷲帝国の同盟国の参戦を招いてしまう。そうなれば本格的にルールの勝機がなくなってしまう。現状、白双鷲帝国の同盟国は参戦する気配がない。向こうも同じで、エルフの誇る大陸軍グランダルメとドワーフ最大の武器である王立海軍ロイヤルネイビーを相手すれば甚大な被害を被ることは目に見えているのだろう。

 そうなれば、ただ肥大化するだけの戦費を賄うために敗戦国には天文学的な賠償金が課せられる。それはつまり、このゲームにおける詰みと全く同義だ。だからこそ、双方の同盟国が参戦を渋るのだ。同盟国の敗戦は避けたいが、それ以上に自国の国力を出し尽くし敵国の国力を、あらゆるもの全てを殲滅し尽くす国家総力戦だけはそれ以上に避けたいのだ。

「あの二国は良き友人だ。だが二国とも自傷行為をしてまで我が国を助けたくはないだろうな。だがそれは相手側にとっても同じ事だ。」

 クラン管理人が集まるなか、淡々と言い続ける。

「つまりここは我々だけの独壇場!我々だけの総力戦!ここで我々が勝利すれば、くそったれの白双鷲から東ルール地方をもぎ取ることができる!!!」

 暗い雰囲気が漂っていたこの場所が一変して明るくなり始めた。どうやら全員国力の全てをぶつける覚悟ができたようだ。






 白双鷲軍の攻勢が停止してからゲーム内時間で1日が経過した。このころになると、ルールから各国に送られてきた外国人義勇兵募集の報を聞いたプレイヤーや各国からの観戦武官、ギルドの報道員などが続々と入国していた。

 既に国家は総力戦体制へ移行していた。義勇兵を含め戦力の展開が終わったのがさらに二日後のことである。その後、短いフォウニー・ウォーの後、ルール軍による大規模反攻作戦が実施された。

 3日間もの連続砲撃により敵前線を徹底的に破壊すると、主力部隊である機甲部隊と大量の攻撃機・爆撃機を用いて前線を突破し、浸透し、敵に対し縦深を形成した。

 この大突破のより白双鷲軍は大幅に後退。前線は開戦前の国境地帯まで戻った。しかし、白双鷲軍も指を咥えて見ているだけではなかった。大量の陸軍と航空戦力を前線に展開することでルール軍の攻勢は停止せざるを得なくなった。それに対抗するため、ルール軍は保有する全航空艦隊を全力出撃させた。航空撃滅戦の開始である。

 ルールの主力戦闘機である四式戦闘機五型改は、ゲームの仕様を活用しステルス性能と豊富なペイロードを有する高性能機として大量生産されていた。その補助機として同時に運用されているのが三式戦闘機百型という機体だ。四式戦闘機以上のペイロードを有する機体として制空戦闘の他、対地攻撃や爆撃任務にも用いられている機体であり、航空撃滅戦においても優秀なミサイルキャリアーとして四式戦闘機と共に白双鷲軍と戦った。

 一方、白双鷲空軍はルール軍ほどの先進技術を持ち合わせていなかった。しかしながら、豊富な人的資源と広大な土地を利用した大規模な生産システムにより、ルール空軍と渡り合える空軍であった。白双鷲空軍の主力戦闘機であるCF-29制空戦闘機とMF-35S多目的戦闘機はステルス性こそ有さないがその巨体からは考えられない圧倒的な機動力により格闘戦においてはルール軍機の追随を許さない機体であった。さらに、極めて高いコストパフォーマンスを有しており、大量生産されていた。これが、ルール空軍を最も苦しめる要因となったのである。

 結果として、制空権の喪失は辛うじて避けられたものの、制空権の確保という最大の任務を遂げることが出来なかった。

 そこでルール軍は、海上からの飛行場への直接攻撃を実施することにした。ルール海軍はドワーフの王立海軍ほどの強さを持たないが、白双鷲と互角かそれ以上の規模の海軍を有している。そこで、空母機動部隊を出撃させ、白双鷲の飛行場に対しての隠密爆撃任務を開始した。

 だが、作戦は失敗に終わった。白双鷲側に作戦計画が露呈していたことで、空母機動部隊が逆に襲撃される事態になったのだ。空母の撃沈を防ぐため、ルール海軍の戦闘艦隊が空母機動部隊と合流する。しかし、それが白双鷲海軍の危機感を煽った。

 ロシア連邦の都市、ムルマンスクに当たる都市に停泊していた白双鷲海軍の主力艦隊の一つ、「北方艦隊」が襲撃部隊と合流し、戦闘艦隊と交戦状態に入った。通称、「北極海戦」と呼ばれることとなるこの海戦において、ルール軍は航空艦隊を向かわせ、戦闘艦隊の援護を行った。そうなると当然、白双鷲空軍も迎撃に来ることとなる。いつしか、北極海戦は大規模な空戦も交えた一種の決戦となったのである。ルール側は全部で5個ある航空艦隊のうち3個艦隊を海戦に向かわせた。対する白双鷲側はその1.5倍の航空戦力で迎撃に当たった。また海上戦力はルール側が巡洋戦艦4隻、空母2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦16隻に対し白双鷲側は超弩級戦艦3隻、巡洋艦10隻、駆逐艦12隻での戦闘となった。

 ルール側に不利だと思われたこの海戦は、結果的にルールの勝利となった。白双鷲海軍に比べると火力を持たないルール海軍だが、あくまでも主目的は空母の戦線離脱支援。大真面目に白双鷲海軍と戦う必要など存在しないのだ。だからこそ、機動力に優れるルール海軍は敵の目を空母からそらすにはうってつけだったと言える。また、航空戦力の集中運用により、艦隊上空などで局所的な数的有利を形成し、格闘戦に持ち込まれる前に先制攻撃を行うことで、航空優勢を保ち続けたのだ。

 この海戦で白双鷲軍が敗北したことで、拮抗していた前線にも動きが見えた。海戦の敗北により敵空軍に隙が生じた隙に制空権を奪取したことで、近接航空支援が可能になったためだ。航空支援と上空からの弾着観測が可能になると重砲部隊と攻撃機部隊は全力攻撃を開始。同時に機甲部隊を先頭に全部隊による無停止攻勢が開始された。

 結果、攻勢開始から二週間後に、東ルール地方(白双鷲帝国領スオミ、現実でのフィンランド)全土を占領。白双鷲軍に大打撃を与えたことにより戦争の早期講和を実現した。






 勝ち目がないと言われた大戦争に対し、総力戦をもって応えたルールは、遂にその手に勝利を掴んだ。講和の条件として、東ルール地方の全土割譲と幾ばくかの賠償金を白双鷲帝国に支払わせ、戦争は終わった。終戦後、総動員体制は解除され国王大権の行使終了と全ギルド・クランの活動許可を出し、首都での戒厳も終わった。

 ゲーム史に残る勝利を手にしたルール連合王国の名は、各国観戦武官やギルドなどの報道員により広く伝えられたのみならず、戦時中に撮影された動画が動画投稿サイトなどに投稿されたことで一部界隈にその名を馳せたのだった…

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