第5話 恋人嬢(上)

 地方都市のネオン街でも週末の夜は混む。そんな中でも青年会は元気で、地域活性化やボランティアを目的とした活動をしていて、その会議を名目にネオン街に繰り出す。

 しかしやはり混む。キャバクラはどこも入れず、ブランド志向の高い彼らはガールズバーに見向きもしない。子供を相手にソファーではないカウンター席で飲むのが好まないらしい。加えてキャストが隣に座らないのも嫌だと言うから、なんとも太々しい奴らだ。


 と言うことで週末のこの晩は、私の行きつけのスナックに行った。


「あ、ケンちゃん。いらっしゃい」


 出迎えてくれたのはこの店でチーママをしている祥子しょうこだ。歳の頃は三十で、美人である。数年前までキャバクラに在籍していたが、そこのキャストが独立し、この店でママをやっている。その時オープンスタッフとして引き抜かれていて、私とはキャバクラ時代からの付き合いだ。

 そう、付き合いだ。ここで言う付き合いとは、客とキャストの関係を言っているのではない。男女の恋人関係を言っている。つまり私たちは恋愛関係で付き合っている。そろそろ結婚も考えようかと私の中では思っているが、それならば他の店に作ってしまった枕営業(相手にとって)のセックスフレンド達(私から見て)を清算しなくてはならないので、それが面倒だ。


「今日は青年会の皆さん?」

「おっすぅ!」


 飲み仲間の一人が高らかに答えた。この日の男のグループは四人で、ボックス席に通された。マンツーマン接客が約束されていないスナックではあるが、チーママの祥子はなんとか三人のキャストをつけてくれた。

 私の斜向かいにあたる隣に祥子が丸椅子を通路に置いて座り、他の二人のキャストは男の間に入った。祥子以外の二人はそれぞれ二十代前半と二十代後半とのことで、小奇麗にしていて華はある。


 さすがに週末だけあって店は賑わっていた。ボックス席は埋まり、カウンター席ではシングル客が二人いる。そのうちの一人はカラオケを歌っていた。


「ケンちゃん、久しぶりだね」


 そんなことを言いながら祥子は私のグラスに氷を入れて焼酎の水割りを作る。焼酎はキープボトルで、私の名前が書かれたプレートがかけられていた。今日はこのボトルをこのテーブルで飲むことになる。


「言うほど久しぶりか?」

「そうだよ。一カ月ぶり」


 そんなに来ていなかったのかと、思考を巡らせる。尤も祥子は恋人でもあるので、休日の昼間にデートをしたり、ゴルフに行ったりと定期的に会っている。だから店に来るのが一カ月ぶりだなんて感覚がなかった。


「今度ご飯に行こうよ?」

「同伴?」

「その方が嬉しいけど」


 祥子との関係性から彼女の場合は「ご飯に行こう?」が単純なプライベートの場合もある。だから同伴であるのか、それをしっかり確認しなくてはならない。


「いいぞ」

「やった。いつにする?」

「次の俺の休みの前の日は?」

「わかった。空けておく」


 まだキャバクラで働いていた頃の祥子を初めて落とした夜、私はそれが枕営業だと思っていた。しかしその後祥子とやり取りをするうちに、彼女にとっては私がカレシになったと思っているのだと気づいた。

 それに対して私は特段迷惑には思わなかった。当時二十代半ばの彼女はとにかく綺麗で、それは年齢を重ねた今も衰えないのだが、加えて歳が近いことで話も合い、私としてはむしろ恋人関係になったことに喜んだほどだ。


 しかし彼女はネオン街で働く水商売の女である。他の客との交際もある。それはマメな連絡であったり、同伴であったり、時には信用できる客とならアフターにも行く。カレシとなった男の客はそれに嫉妬するのが一般的だろう。

 しかし私だって昼間働いていれば他の女性と交流はあるのだから、浮気さえしなければ祥子の交友関係は気にならない。尤も私はネオン街の女たちと浮気を重ねているが。


 ミラーボールが回る賑やかな店内で、祥子はその綺麗に手入れされた手でグラスを私の手元に置いた。


「私も飲んでいい?」

「あぁ、飲めよ」


 私が返事をすると祥子は朗らかな笑みを浮かべて、テーブルに逆さに置かれていたグラスを手に取った。そして慣れた手つきで私のボトルを掴み、自分の分のドリンクを用意する。


「乾杯」

「乾杯」


 祥子にグラスを向けられて私は自分のグラスを返した。同じ団体の男三人と他のキャスト二人は自分たちの会話で盛り上がっており、私は祥子との二人の世界に入っていた。合わせたグラスを互いに口に運んだ後目が合い、祥子がニッコリ笑う。三十になった今でもやはりその美貌に感心する。


「今日は閉店後どう?」


 私はグラスを置くと問い掛けた。これは閉店後に、祥子を私の部屋に呼ぶことを意味している。この店の閉店は十二時なので、その後のことだ。私たちは互いに一人暮らしの恋人関係で、こういうアフターに祥子の抵抗はない。

 しかし祥子は答えた。


「ごめぇん。今日はママのお客さんのアフターにママと一緒に付き合わないといけなくて」

「そうなの?」

「うん、ごめんね」


 珍しいことではないが、先ほど来店が久しぶりと言っていた割には素っ気無いなと思った。ただもし祥子が部屋に来ることになっていたら、翌朝は普段より早く起きて祥子を見送ってから出社しなくてはならないので、楽ではない。


 週末なので賑やかではあるが、やはり私は会話を楽しむこういう落ち着いた雰囲気の店の方が好みだ。数日前に美玲とのアフターで行ったガールズバーは、経験としてはありだが、やはりうるさ過ぎて肌に合わない。

 それ以降行ってはいないが、美玲のガールズバーには行っていて、その度に美玲を酔わせてホテルに連れ込んでいる。もちろんこれは祥子のいるこの場で口にできないことだが。


「ねぇ、ねぇ、ライン教えてよ」

「いいですよ」


 すると聞こえてくるのは同席の飲み仲間がキャストを口説く声だ。尤も現時点では具体的に口説きにかかっていないのだが、連絡先の交換はその第一歩だ。キャストはキャストで客との連絡を商売道具にしているので、連絡先の交換は歓迎する姿勢である。


「今度ご飯行こうよ?」

「いいですよ。けど私、学校とここのバイトが忙しくて、出勤前しか無理です」


 二十代前半のキャストは学生のようだ。そしてこれもキャバクラやスナックの種を問わず、キャストの常套句である。しかし飲み遊び慣れている青年会のメンバーは意に介さない。


「いいよ。同伴しようぜ」

「はい、します」


 金を持っていないケチな客は同伴を嫌い、たった一度会っただけでキャストのプライベートの時間だけを狙って口説きにかかり、店に来る姿勢を持たない。しかし七光りのボンボンが多い青年会のメンバーは金に糸目を付けないので、落としても店に来るし、落とすまでどれだけでも金を使う。


 そんな会話を耳にしながら私は祥子との会話を疎かにしないよう気を付けた。確かに祥子との関係の始まりも、今連れの男がしているような流れからだったなと思う。それが今ではれっきとしたカノジョなんだから感慨深い。

 そして歳の近い美人だ。いくら昼間の仕事で女性との絡みがあるとは言え、それが出会いになっているとは思えない。つまり深い仲を期待できる出会いはないと言っても過言ではない。


 だからこそ思うのだ。いつまでも今の関係を維持していないで、祥子との将来を真剣に考えなくてはいけないのだと。キャストの祥子にとって出会いは吐いて捨てるほどあるのだし、いつまでも今の状態でいてくれるとは限らないのだから。

 ただ祥子の結婚願望などは聞いたことがない。まぁ、今度同伴をすることが決まったのだし、今の賑やかな席ではなく、落ち着いて話せるその時にでも聞いてみようと思う。それで私の方が将来に前向きだと捉えてくれるなら本望だ。

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