第4話 浅はか嬢(下)

 深夜一時過ぎに入店し、一セット目が終わりそうだ。そのタイミングでカウンターを挟んで私の前に立っているのはキャストの美玲みれいと、店長でスーツ姿の男だ。その店長の方が言う。


「延長いかがですか?」

「うーん……」


 私は唸った。飲み足りないと思ってふらふら歩いていた私だが、程よい距離感の美玲の接客に満足している。それもあって勢いが増し、美玲と二人でかなり飲んだ。ちょうどいい酔い加減で、もう帰ってもいいかなと思っている。

 すると美玲が言った。


「ケンちゃぁん。私、今日は三時までなんれすぅ。私が上がるまで付き合ってよぉ」


 そう、私はちょうどいい酔い加減なわけで、ここに至るまで美玲とかなりの量を飲んでいるのだ。それ故に美玲も酔っぱらっている。呂律は怪しく、話し方そのものが甘ったるい。そしていつの間にか敬語とタメ口が混載だ。ただ、足元も手元もしっかりしているので、まだ余力はあるのだろう。


「うーん……」


 しかし私は今こそがちょうどいい。むしろ美玲だって今がちょうどいいと思うが、彼女は酔うと調子に乗ってしまうタイプなのだろうか? それとも営業熱心なのだろうか?


「まだ飲みたいの?」

「うん!」


 私の問いに満面の笑みを浮かべて勢いよく首を縦に振った美玲。さて、子供とも言える年齢の彼女に対して、私はまだ面倒を見るべきだろうか? そう、ここまでくると私は客なのに、どこか美玲の保護者のような感覚だ。


「それからぁ……」


 私が迷っていると、美玲は顎に指を当てて言葉を続けた。


「私、シフト上がったら五時までやってる他のガールズバーに行ってみたいのぉ」

「ふーん」

「ふーん、って。ケンちゃん連れてってくれないの?」

「は?」


 何を言っているのだろうか? 美玲は。まぁ、確かに平日に公休がある私は今晩が休日前で、だからこそ夜中まで飲み歩いている。正直、朝まで飲むことも今まで何度もあって、それを今晩することに抵抗はない。ただ、美玲が半ば決定事項のように言うから驚いた。


「上がった後、俺とハシゴするの?」

「うん!」


 またも勢い良く首を縦に振る美玲だが、尤もハシゴをするのは私だけだ。今の美玲はあくまで仕事中である。


「こないだぁ、他の店のガールズバーの子がうちに来てくれたんだよぉ。だからそのお礼に行きたいんれすぅ。けど、私一人で行くのは勇気がいるなぁって」


 つまりそんな理由でハシゴをしたいらしい。ライバル店同士が仲良くするのも、横の繋がりが強い地方都市のネオン街の特徴だろう。

 しかしどうしたものか。私はチラッと店長を見てみた。すると店長は延長を期待してニコニコ顔を浮かべているのだ。それを見て私は一つため息を吐いてから答えた。


「わかったよ。もう一セットここで飲んでから一軒行こう?」

「やったー!」


 両手の拳を突き上げて喜びを表現するのは美玲だ。あどけない彼女が酔った状態でこんな仕草をすると、確かに可愛いとは思う。一方、店長は気合のこもった謝意を口にして裏に消えた。

 ただ美玲に女としての興味があるわけではないので、保護者感覚の抜けない私は釘を刺しておく。


「但し、もう一軒は一セットな?」

「うん! わかったぁ」


 これには納得してくれたので安堵する。いくら朝まで飲むことに抵抗がない私とは言え、一セットで四時にお開きにするか、延長をして五時の閉店までいるか、それを天秤にかけたら迷いなく前者を取る。

 そんなことを思いながら私たちの二セット目が始まった。一セット目ほどではないが、やはり私も美玲もそれなりに飲んだ。完全に酔っぱらったのは美玲だ。


 店を出て、私服姿になった時の美玲はとうとう足元がフラついていた。因みに私服姿は十九歳らしく若々しい。歳の差が一回り以上もあるので、そのファッションをうまく説明はできないが、とにかく若々しい。


「よし! 行こう!」


 そして美玲は陽気だ。私の腕を取って、反対の腕を夜空に向ける。それなりにある胸の柔らかさが私の腕に伝わった。


 素面の時はある程度の距離感を保っていた印象のある美玲だが、酔うと人懐っこくなり、ボディータッチやスキンシップが増えるのだろうか? ただ単純に何も考えていないのだろうか? カウンターを挟んでいた先ほどまではここまでわからなかった。そんなことを考えながら、私は美玲と密着しながら次のガールズバーへ到着した。

 その店は明るい照明に彩られた内装に、賑やかな店内だった。客は他に三組で、全てがカウンター席だ。一組はカウンターを挟んだ向かいのキャストと単純に雑談をしているようだが、もう一組はカラオケを歌っている。そしてもう一組はゲームをして、その罰ゲームで一気飲みをしていた。私にとっては苦手な方の部類のうるさい店だ。


「あー! 美玲ちゃん! 来てくれたの!?」


 すると私たちの入店に気づいた一人のキャストが美玲に駆け寄る。美玲は相変わらず陽気なままキャストに対応する。


「ここ座って」

「うん!」


 私たちは空いていたカウンター席に通され、隣同士で座った。すると美玲は肩を密着させてくる。やはり酔うとスキンシップが激しくなるようだ。これも若さ故なのか、ただ私は保護者意識が拭えないので高ぶらない。


 そんなこんなで始まった二軒目のガールズバーだが、なんと陽気な美玲がうまく乗せられてしまい、スパークリングワインをボトルで二本も入れてしまった。ゲームもして、私も美玲も、果ては接客についたキャストも何度か一気飲みをした。もちろん会計は私だ。

 彼女たちが結託していたようには思えないが、私も酔っぱらってしまい調子に乗った。結託していないと思われた根拠はちゃんとある。美玲が酔いつぶれるほどに酔っぱらったからだ。


 当初の約束どおり一セットで二軒目は上がったのだが、明け方四時、店の外で美玲はとうとう動けなくなってしまった。こんな状態になるまで飲んだのは、単純に酔って楽しくなったからだろう。

 蹲った状態の美玲は何を問い掛けても「うぅ……」と唸るばかりで会話が成立しない。さて、どうしたものか。未成年をここに放置していくわけにはいかない。そう思って私は美玲を引っ張り、とりあえずタクシーに乗った。


「美玲? 送って行くけど家はどこ?」

「今日のお家は、ケンちゃんが帰るとこぉ」


 店を出てから初めて会話が成立した。しかしこの回答はなんだ? 美玲はぐったりした様子で頭を私の肩に預けていて、目が開いていないようだ。とにかく困った。時間にして一分にも満たないが私は考え、そして運転手に行先を告げた。


 やがて到着したのはカップル用の宿泊施設だ。送って行くにも美玲の家はわからないし、しかし私は疲れたので寝たかった。加えて、保護者意識から当初下心は持っていなかった。そう、今となってはあくまで「当初」だ。

 部屋に入ってからコップ一杯の水を手渡すと、美玲はそれをゴクゴクと勢いよく飲んだ。


「えへへぇ。連れ込まれちゃった」


 そしてこんなことを言うのだ。まだ足元はフラついている様子だが、もう酔いは大丈夫なんだろうか? そんなことを考えていると、なんと美玲は私に抱き着いてきた。


「今日は私をお持ち帰り?」


 私の胸の中で甘い声を出すので、とうとう私にも火が点いた。美玲を抱き返して彼女の耳元で囁く。


「今の記憶、起きたら残ってるのか?」

「たぶんなぁい」

「じゃぁ起きたらパニックになって後悔するぞ?」

「それもなぁい。今が楽しければいい」


 これも若さ故の考え方なのだろう。と言うか、物事を深くは考えていないのだろう。結果この朝、私は美玲を抱いてから床に就いた。未成年ではあるが、合法だから遠慮はなかった。

 そしてこの日の出来事で私は思った。あれほど狙っていた朱美は落とすことができず、十代の美玲はほいほい私について来た。キャバクラに行く客の中には、高い酒を入れておだてて酔わせればヤレるなんて言う輩がいる。しかし私は、若い女こそ後先を深く考えていないから、もっと簡単に落ちる。そう勉強した。

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