第2話 ヤリモク嬢(下)

 数カ月通ってやっとアフターに連れ出すことに成功したキャバクラのキャスト、朱美あけみ。店を閉店までいて、朱美が着替えている間に私が先に行って待っておくように言われたのは、ガールズバーである。どうやら朱美が働くキャバクラと経営者が同じ系列店のようだ。


「いらっしゃいませ。朱美さんのお客様ですか?」


 入店するなり声をかけてきたのはスーツ姿の男で、話は通っているようだ。系列店と言うだけあって、キャストがアフターなどで客を連れ込めば、これにもまたキャッシュバックがあるのだろう。


「あぁ」


 私が男に返事をするとカウンター席しかない店内の、そのカウンターの端席に案内された。カウンターの内側では淡い色のポロシャツを着たキャストが2人ほど立っており、彼女たちは各々正面の客と酒を飲みながら話をしている。

 客はそれぞれ一人客なので、店内の来客は私の他に二人だけだ。キャストはかなり若く、二十歳前後に見える。つまり十代にも見える。高校を卒業して十八歳未満の縛りがなくなり、この業界に足を踏み入れたのだろう。


「お飲み物はいかがなさいますか?」


 私を案内した男のスタッフがおしぼりを手渡しながら注文を問う。私はおしぼりを受け取りながら考える間もなく答えた。


「焼酎の水割りで」

「かしこまりました」


 男は裏へ消えた。そして程なくしてやって来たのはやはり若いキャストで、私が注文した焼酎の水割りを手に持っている。顔はかなりあどけなく、その笑顔が随分可愛らしい。髪が明るい茶髪でなければ、現役の高校生だと言われても信じるだろう。尤も私はロリコンではないので、それほど興味を示していないが。


「こんばんは。美玲みれいです」

「こんばんは」


 後ろで手を組んでニコニコしている彼女は愛想がいい。私が手元に置かれた焼酎の水割りを口に運んでいると、その様子を黙って見ていた。


「ん? 何か飲む?」

「いいんですか?」


 キャバクラのキャストはドリンクが入らなくても指名による歩合も大きいが、ガールズバーのキャストは客から出してもらうドリンクでこそ歩合を稼ぐ。だからドリンクのおねだりに躍起だ。そのおねだりをするつもりだったのかは知る由もないが、接客を始めてすぐに私の方から言ったので、美玲は嬉しそうな表情を見せた。


 やがて美玲は自分のカクテルを持ってくると私と一緒に乾杯をした。


 この街のキャバクラは原則深夜一時に閉店する。週末なんかは摘発を逃れるため、表のネオンを消して三時や明け方五時まで営業している店もあるが。そしてこの街のガールズバーの営業は、週末が明け方五時まで。今日のような平日は店によって三時や五時までの営業である。

 今の時刻は一時を過ぎたくらいで、平日に公休日がある私はこの晩、休日前だ。つまり遅くまで飲み歩くことは問題なく、だからこそ朱美とのアフターを期待して行動しているわけだ。


「この店って営業何時まで?」

「五時までです」


 カウンターを挟んで私の正面に立つ美玲はグラスに付着したリップを親指で拭う。そのリップがピンクだから、これも彼女の若さを感じさせる。


「ケンちゃん、お待たせぇ」


 やがて私が入店してから十五分ほどで朱美が到着した。徒歩1分ほどの近距離にある系列店同士だが、これほど時間がかかるものなのかと思った。とは言え、接客をしていた美玲が、押し過ぎず引き過ぎずの絶妙な距離感で話し相手をしてくれたので、それほどストレスは感じていなかった。

 朱美はカウンター席の私の隣に座るなり自分のドリンクを注文する。デニムのロングパンツにシャツという軽装で、足を組んでカウンターに肘をつく。どこかその態度が横柄にも見え、そして彼女は自身の接客中には吸わない煙草を取り出して火を点けた。


 やがて朱美と二人で飲み始めたのだが、途端にこの店のキャストである美玲は押し黙る。先ほどまでの愛想のいい受け答えが無くなった。ただあどけない笑顔は健在で、それを私に向けている。しかし美玲が朱美を見ることはない。

 そしてその朱美だ。体を椅子ごと半分回転させて私に膝をぶつける。ソファー席のキャバクラほど密着度はないが、それでも視線で私をしっかり捉えている。その体勢は明らかに美玲を眼中に入れない態度そのものだった。


 飲み仲間からの噂で聞いたことがある。キャバクラのキャストはアフターでガールズバーに来ると、ガールズバーのキャストにツンとした態度を取るのだとか。プライドが高くガールズバーを見下していて、更には客を渡さないという意思表示らしい。それでガールズバーの若いキャストは歴の長いキャバクラのお姉さんに委縮するのだ。

 私は今それを目の当たりにしていて、それならばなぜガールズバーをアフターの店に指定したのか解せない。しかも系列店ということだから、仲良くして協力関係を結べば相互利益に繋がるのにと思う。まぁ、大きなお世話だから口にはしないが。


 すると私の目が美玲の空いたグラスを捉えた。


「お代わりは?」


 私の声に反応した美玲だが、私の隣にいる朱美をチラッと見る。朱美は相変わらず半身を私に向けていて、美玲には見向きもしない。はっきり言って美玲に対する態度が悪い。

 正確に言うならば私に対する態度も店内で接客をしている時よりは良くない。美玲に対する態度ほど悪くはないが、キャバクラ店内でのあのつまらない独りよがりのトークもなりを潜めている。


「えっと、そろそろ女の子の交代の時間なので、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 完全に委縮してしまっている様子の美玲はドリンクを遠慮して接客を離れた。

 しかし手のひらを返したような朱美の態度には私も腹に据えかねるものがある。時間と金を使って飲みに来ているのだから、アフターも仕事の延長として楽しませようとできないものか。

 とは言え、この日の私にはこの朱美に対して別の目的がある。それを達成するまで小言は言わないでおこうと思った。そう、一発ヤルためだ。それが終わればもう朱美に用はない。他の店にだって懇意にしているキャストはいるのだから、今後はそちらの店で楽しむだけだ。


 やがて接客のキャストが交代しても朱美の態度は相変わらずだったのだが、しばらく時間が経った頃だった。


「ねぇ、ケンちゃん?」

「ん?」


 朱美が甘えるような声を出す。なんで突然こんな声色を出したのか、今までの態度とは明らかに違い、その浮き沈みにいい加減ついていけない。とは言え、話だけは聞いてやろうと思った。


「今度ご飯行こう?」


 何かと思えば同伴の誘いであった。キャバクラのキャストが言う「ご飯に行こう?」とは同伴のことで間違いない。これをはき違えてはいけない。中には出勤日じゃない日に行きたいと言うケチな客もいるそうだが、それを言ってしまっては、キャストはその客を相手にしなくなる。

 ケチな客はわざわざ高い金を払うキャバクラに行かなくて済むようにキャストのプライベートタイムを狙うが、キャストからすると同伴も立派な仕事だ。実入りの少ない仕事後のアフターより気合を入れている。


「あぁ、いいぞ」

「やった。いつにしようか?」

「来週のこの日なら」

「わかった。空けておく」


 ご機嫌でスマートフォンのスケジュールに予定を書き込んだ朱美。しかし作業が終わってスマートフォンを閉じると、またもカウンターに肘をつき不愛想な表情で煙草を吹かし始めた。あからさまにつまらなさそうにするのが鼻につくが、彼女を持ち帰るまでの我慢だ。

 するとスーツ姿の男のスタッフが私の前に立った。


「そろそろお時間ですが、ご延長いかがですか?」


 私が入店してから一セット分の時間が経ったようだ。延長してもう一セットほどいたら、朱美の酔いも回ってホテルに連れ込みやすくなるだろうか。そう思って私は延長の旨を伝えようとした。すると朱美が口を挟んだ。


「ケンちゃん、私、お店に送迎お願いしてるから帰る」

「は?」


 何を言っているのだ、こいつは。やっと誘い込んだアフターでガールズバー一セットだけだと? 私は呆気にとられた。


「はい、聞いてます」


 すると答えたのは男のスタッフだ。何を聞いていると言うのだ? そんな私の様子には構わず男のスタッフは朱美との話を続けた。


「うちのキャストの送迎に同乗するようにって、そちらの店長から」

「うん、お願い」

「……」


 私は唖然とした。しかし理解もした。

 送迎がまとめられるから朱美はアフター先に系列店のガールズバーを指定したのだ。私はキャバクラでの長時間滞在に加え、ボトルも入れたのにここで解散らしい。こちらがどれだけの金を使ったと思っているのだ。

 しかしそんな私の気も知ることなく、朱美は意気揚々と送迎車に乗ってネオン街を去った。私は朱美と約束した同伴は反故にして、朱美の連絡先もブロックしようと心に誓った。

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