ネオン街のすゝめ

生島いつつ

第1話 ヤリモク嬢(上)

 田舎とは言うには失礼な程度に整備された地方都市の中心街。週の半分、私は夜をここで過ごす。但し、専ら平日に活動をするので人は疎らだ。しかし人が疎らな分、ネオンは人影に遮られることなく光で自己主張をしている。


 地元であるこの都市の中心街で夜を過ごすきっかけとなったのはもう数年前になるが、親が経営する会社に転職をしたことだ。まだ役職は与えられていない会社員ながら、私は次期社長として異業種交流のため、地元の青年会に入会した。

 ピラミッドの頂点まで昇れば全国規模の団体で、若社長や二世役員などが多く在籍をしており、政治家にも出身者が多数いる。つまりは七光りのボンボンの集まりで、ボランティアや地域活性化などを大義名分に、その実はネオン街で飲み歩くだけの集団である。

 そんな団体に所属したから会議名目で異業種交流の飲み会に参加し、その後はネオン街に繰り出すことが多くなった。私も含め参加者は、その後のキャバクラ通いこそが主の目的となっている。


「あぁ、ケンちゃん。いらっしゃい」


 この日やって来たのはキャバクラ。煌びやかなドレスに濃い化粧とアップにした髪型で、満面の笑みを顔面に貼り付けて私を迎えたのは、キャストの朱美あけみ

 私はもう三十二歳になるが、この界隈ではどこの店のキャストからも親しみを込めて「ケンちゃん」などと呼ばれている。これも同業者の横の繋がりが強い地方都市のネオン街の特徴で、多くの店に頻繁に顔を出す客だからこそ顧客情報は伝わる。


 この日私は一人での来店だが、これもこの朱美からのメッセージアプリを使ったメッセージが溜まっていたから来た。私はこの朱美に色々と思うところがある。


「ビールでいい?」

「あぁ」


 注文を取るのも慣れた様子で、ソファーに座るなり朱美から確認をされる。それはすかさず黒服のボーイに伝えられ、そして朱美は慣れた手つきでおしぼりを私に手渡すのだ。シックな内装に豪華で華やかな照明が、朱美の手元を浮かび上がらせていた。

 すると丁寧な作法を伴ってボーイが飲み物を運んで来る。注文を伝えてからほとんど時間を要していないので、仕事のできるボーイだろう。親しくしておけば色々と得がありそうなので、私は彼の顔を覚えておこうと思った。


「今日はお仕事帰り?」

「あぁ」

「飲んで来たの?」

「いや。今日は飲み会じゃない。職場から真っ直ぐここに来た」


 もう歴も長い朱美だが、テンプレートと言える質問ばかりだ。これが彼女のキャストとしての技量の低さだと思う。一人で来店した日に飲み会ではない可能性は高い。取っ掛かりの声かけとは言え、私との付き合いももう数カ月になるのに、もう少しこちらを楽しめる話題を振ってはどうだろうかといつも呆れる。


 そんな彼女からの話には特段興味がないので、彼女の目を見て話を聞く振りをしながら、その体をマジマジと見る。顔は悪くない。厚化粧が鼻につくが、及第点だろう。胸元の大きく開いたドレスからは豊満な胸の谷間が強調されている。そしてウェストは細く括れている。

 私が話のつまらない彼女からの連絡を邪険にせず、こうして店に通う理由はこれしかない。つまり及第点の顔と、魅力的なスタイルだ。これを狙っているからこうしてここにいるわけで、そして一番の目的である事前のメッセージでのやり取りを表に出す。


「今日はアフター行けるんだよね?」

「うーん……、そういう話だったんだけど……」


 これだ。営業目的のメッセージが来るから私は敢えてそれに乗り、営業後のプライベート行動となるアフターに行けるかを確認する。すると予定を調整するという旨の返事が来る。しかし実際に来店するとこうして濁すのだ。


「オーナーが面談をしたいって言うからぁ」


 甘ったるく語尾を伸ばして理由を説明する朱美だが、彼女ももう二十代後半だ。はっきり言って厚化粧のこの女には似合っていない。もっと年相応に大人の接客を心掛けたらどうだろうかと、老婆心までもが芽生える。


「それだと話が違うだろ?」

「だってぇ、ケンちゃんとラインしてた時は行けると思ってたんだもん」


 そうは言うが、断る時の文句に毎度オーナーを持ち出す。それが何回も続くものだから、そのほとんどが嘘であり、アフターを断るための常套句だと既に理解している。もちろん本当の時もあるのだろうが、大半は嘘だと思って間違いない。


「あ、そうだ」


 すると突然話題を転換しようとする。これもいつもの調子だ。アフターの誘いは朱美にとって面倒事だから、この話題を流す魂胆だ。私は酔うことこそ幾度もあるが、酔ったところで記憶を無くさないので、こういう学習はしっかり積んでいる。そろそろこの女も見限る時かと、そんな思考が脳裏を過る。


「私も飲んでいい?」


 何の話かと思えば、ドリンクのおねだりであった。こんなことは来店の度にあるので、私にとっても慣れたものだ。話がつまらない朱美ではあるが、私も一人で来店して一人で飲んでいるよりは、二人で飲む方が好きなので問題ない。もちろん金はかかるが。


「あぁ、飲めよ」

「やった。何飲もうっかなぁ?」


 すると嬉しそうな表情を顔面に貼り付けて、朱美はテーブルに立てられていた小さなメニュー表を掴んだ。どうやらカクテルのメニューを選んでいるようだが、その時私にはメニュー表の裏面に書かれたシャンパンメニューが目に入った。そこで一つ、私に駆け引きが浮かぶ。


「そうだ。二人でシャンパン飲むか?」

「え? いいの?」


 私の提案に朱美は、今度は貼り付けたわけではない表情で期待を伺わせた。キャストの歩合となるドリンクバックは、カクテルよりもボトルメニューの方こそキャッシュバックが大きい。それ故の期待だろう。誕生日などのイベント時でもなければ、こんな地方都市のキャバクラでシャンパンが入ることは稀で、貴重である。

 しかしそういう貴重な品を何の魂胆もなく私が入れることはない。私はすかさず言葉を繋いだ。


「アフターできる?」


 一瞬。本当に一瞬だが朱美の目が真剣になったのを私は見逃さなかった。朱美は私から駆け引きを持ち出されたことを察したのだろう。しかし朱美はすぐさまキャストの表情を作った。


「大事なお客様からの誘いだからって、ちょっとオーナーに聞いて来る。待ってて」


 すると朱美は一度席を立った。大事なお客様、つまり所謂太客と呼ばれる部類だ。そう言った懐の深さを見せればキャストは無下にできないことを知っているので、手のひらを返したことも予想通りだ。尤も、オーナーへのお伺いはパフォーマンスだろうが。


 すると朱美はすぐに戻って来た。


「ケンちゃん、アフターオッケーだよ」

「お、じゃぁ、シャンパン入れよう」

「ありがとう。て言うか、今席を立った時にもうボーイに注文してきた」


 したたかな女だ。


「アフターってことはラストまでいてくれるんだよね?」


 本当にしたたかな女だ。入店してそれほど経っていないから、ラストまでいると三セット。このセット料金に加えてボトルだからかなりの金額になる。しかし再び隣に座った朱美を見て、まぁいいか、と思う。


「あぁ、ラストまでいる」

「やった」


 胸の前で小さくガッツポーズを表現する朱美だが、それほど可愛らしい仕草だと思えないのは彼女の年齢のせいだろう。それよりその動作の時にぶつかった互いの膝に意識は向いたし、目は朱美の手元付近の胸に向いた。

 ドレスのミニスカートから伸びる脚も、視線が外せない深い胸の谷間も、絶対に今日はものにしたい。私は朱美のつまらない雑談を右から左に流し、置かれたシャンパンを口に運びながら、アフターのアフターまでどうやって朱美を引っ張ろうか、それを考えていた。もちろん最後の行先はカップル用の宿泊施設である。

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