第31話 『それぞれの思い』
ドアが勢いよく開いて、チャイムが激しく揺れた。
ハイヒールの音を大きく立てながら、レイラが大きな声を出す。
「ちょっと聞いてよ! 波瑠! 酷いのよ! あ……」
「こんばんは」
「……天海先生」
「覚えててくれたんだ、レイラさん」
「ごめんなさい、私ったら大きな音を立てて……こんな時間だし、まだ誰もいないと思ったから……」
「構わないよ」
波瑠も天海の隣の席にコースターを置いてレイラを促した。
「君がどうして怒ってるか、当ててみようか?」
「え?」
「藤田君のことだろう?」
「ええ……そうです」
「もう一つ言うと、かれんちゃんのことでもある」
「なぜ知ってるんですか?!」
レイラは波瑠の顔を仰いだ。
「レイラはいとこだから、15年前の事故の事について知ってるんだろ?」
「まあ……健ちゃんが親友を亡くして自分も怪我して……それから親友の身代わりみたいに勉強して……」
「そう、その事故なんだが、その親友には妹がいてね、事故のショックが大きくて記憶喪失になったんだ。15年経った今もね」
「天海先生、まさか……その妹って……かれんさん?!」
「そうなんだ」
「どうしよう! 私かれんさんに健ちゃんが中学の時に親友を亡くしたって、話しちゃった!」
「ええ?! レイラ、それはいつだ?!」
「えっと……もう1ヶ月くらい前かな」
「かれんちゃんの様子は?」
「初めて聞いたみたいで、すごく驚いてたし、最後は泣いていました」
「そうか、それなら恐らく気付いていないだろう」
天海は、別荘での事故の概要を話した。
そして彼女が妹と気付いた健斗から、聞かされた覚悟と、実際に健斗がかれんを突き放した事実を伝えた。
レイラは泣き崩れた。
「酷すぎる……どうしてそこまでしないといけないの?! もう全部話して、二人で一から始めればいいんじゃないの?!」
波瑠はレイラにおしぼりを渡して、自分も後ろを向いた。
「レイラさん、藤田くんに聞いたら、かれんちゃんはこれまで2回のPTSDの発作を起こしてるんだ。これが意外と厄介でね、中には命に関わるケースもある。藤田くん自身も当時体験しているだけに、かれんちゃんにはそれを味わわせたくないんだ。彼の気持ちも解るだろう?」
レイラは力なく、コクンと頷いた。
「健ちゃんもかれんさんも、可哀想すぎる……そんなのダメよ?! 何とかならないのかな……天海先生、何か方法はないんですか?!」
レイラは泣き続けた。
時を同じくして、そのすぐ近くを由夏と葉月が歩いていた。
『カサブランカレジデンス』のエントランスホールに入り、「701」の部屋番号をプッシュする。
インターホンを鳴らすと扉はオープンしたけれど、かれんの声はなかった。
エレベーターに乗り込んで7階を押す。
「由夏、かれんの様子が普通じゃないって、どんな感じだったの?」
葉月が聞く。
「なんかもう……過呼吸みたいになってて、説明の内容が分からなかったんたんだよね。でも、ただならない雰囲気だった……藤田先生にも連絡してるけど、一向に繋がらないし……あの二人に何かあったのかな?!」
「とにかく心配だから、はやく顔が見たいわね」
ドアの前に立ち、インターホンを押す。
反応がない。
ノブに手を掛けると鍵が開いていた。
二人は顔を見合わせて勢いよくドアを開けて中に走り込んだ。
するとそこには、タオルを持って真っ赤に目を腫らしているかれんが立っていた。
「かれん!」
「……あれ、私鍵を閉め忘れてたのかな……」
虚ろな表情で立ち尽くしている。
「もう! マジで心配したんだから! どうしたの?!」
「ダメ! 話し出したら泣いちゃうから……」
かれんは力ない声で言う。
「泣いてもいいから、理由を話さないとダメでしょ!」
「だって、辛すぎて……」
葉月の肩に寄りかかって泣き始める。
「どうして風邪引いたなんて嘘をつくの? 私たちに……」
「信じられないことが起きて、言葉にしたくなかったから、言えなくて……」
かれんはその場に泣き崩れてしまった。
「わかったわかった、ちょっと落ち着こう。とりあえず奥に入ろう」
ソファーを背もたれにして、3人ひざを付き合わせて、ゆっくりゆっくり話を聞いた。
何度も泣いて話せなくなるかれんの背中をさすっていた二人も、最後の方は一緒に泣いていた。
脱水状態になりそうなかれんに、買ってきたアイソトニックを飲ませて、シャワーに送り出した。
二人になって、葉月が切り出す。
「どう思う?」
「何度聞いてみても、藤田先生の行動には思えないのよね」
「そう! まるで知らない人の話を聞かされているみたい」
由夏が健斗に電話をする。
「ダメ、やっぱり出ないわ」
「あまりにも急よね? 絶対何かある。人ってそんなに変わらないわよ」
「そうね、何か事件があった……そう思うしか……」
「もしかして……」
葉月が言った。
「全然関係ないかもしれないけど、かれんのお母さんがさ、藤田先生の名前を聞いた途端反対したことあったでしょ? あれって今回のことと一緒で、かなりおかしな流れよね? 理不尽で、真相は何も解らない…|この二つの事って、ひょっとして関係あるんじゃないかな?」
「本当だ! そうね、私もやっぱりおかしいと思う。どっちもすごく変な感じがするわね。でも……その二つのことをどうやって調べるか……」
「かれんになんて言おう? 本人に解明させるって言うのはちょっと……ただでも参っているのに、その二つを関連付けるのも残酷かもしれないわね」
二人は考え込んだ。
「ちょっとバスルーム見てくるわ。倒れてたりしたら大変だし」
由夏が様子を見に行って、すぐ帰ってきた。
「大丈夫だった!」
「ねぇ由夏、かれんがお母さんから反対されたって話してた時にさ、言ってたじゃない? 実家を搜索してみたらって」
「それ、いいかも! 本当に何か判るかもしれないし、そうでなくてもいい気分転換になるかもしれないし」
「よし! じゃあそれを推してみるか」
「うん! じゃあかれんが出てきたら話してみよう!」
第31話 それぞれの思い -終-
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