第11話 1st 健斗の部屋

「おい、待てよ!」


かれんはマンションのエントランスを早歩きで飛び出す。 


「待てって!」


「何でよ?」


「お前、まだ酔ってんのか?」


「そんなはずないでしょ!」


「だったら何でそんなに先々歩くんだよ!」


「寒いから急いでるだけ!」


「すぐそこなんだから、そんな急がなくても……」


顔を前に向けたまま黙々と歩いていくかれん。

信号が点滅して赤になった。


「あ! わかったぞ!」


「何よ!」


「今から俺と二人きりになるから緊張してるんだろ?」


「まさか?! 何でよ!」


信号が変わったと同時に、かれんは早足ですたすた歩く。


「ちょっと待てって! コンビニに寄るだろ?女子は何かと買うものがあるんじゃないのか?」


「なんか手慣れてるわね。いつもそうしてるとか?」


露骨にいやな顔をして見せる。


「おまえな! そんなわけないだろ! ここで待っててやるから、早く行って来いよ!」


コンビニの袋を下げて出てきても、なお無表情のかれん。


「やっぱ緊張してんだ」


「してないわよ」


「いや違うな、ドキドキしてもう俺の顔を見られないとか?」


「バカいってないで。もう着いたわ」


スチールの階段を上がろうとするかれんの手首をつかむ。


「何すんのよ!」


「そんなに過剰反応すんなって。階段じゃなくて、こっち」


「離してよ!」


「酔っぱらいは制さないとな」


アパートの外側を1階の一番奥まで引っ張っていく。


「何これ?! エレベーターがあるの? こんなところに?」


「まあ、そんなところだ」


「あなた専用の?」


「いや、普段はそうだが、引っ越しの際は2階の住民にも使わせてるぞ、これでも俺は大家さんだからな」


「大家さん?!」


「そうだ、大家さんでなきゃ、3階全部を一室にしたりしないだろ?」


「まあ……そうね」


「はい到着」


見覚えのある、豪勢な扉の前にでた。


 前に来たときは気付かなかったな……

 まさかこの壁がエレベーターとは……


「どうした?」


「何でもないわ、お邪魔します」


「どうぞ」


上品なスリッパを履いて、一歩中に入ると、外観からは想像もつかない、見事な空間が広がっていた。

モデルルームどころか、開催したイベントのセットでも見ているような気分になる。


巨大な吹き抜けの空間に、デザイナー名のわかる豪華な照明や調度品がいくつもあり、全体的に白を基調としたモノトーンで統一されていた。


「何この空間!」


ダイニングスペースから、数段下りたフロアにリビングが広がっている。

その左手は天井まで切れ込んだ大きな窓、右手には巨大なスクリーンがあり、それらに挟まれるようにコルビジェの白いソファーとシェロングが横たわっていた。

ソファーの背に、脱いだジャケットを無造作にかけて、かれんを仰ぐ。


「こっち座って、何か飲むだろ?」


「おかまいなく」


「そんなわけにはいかないだろ、これから朝までこの家に居るんだから」


しばらく沈黙が続く。


かれんはガサガサと音を立てながらコンビニのビニールの中に手を入れる。


「おいおいお前、何買ってきたんだ?」

中から取り出したものを机に置いた。


「は? ビール? お前、まだ飲む気か!」


「だって、こんな状態、飲まなきゃやってられないじゃない。はい、これはあなたの分ね、お家に上げてくれたお礼」


「ずいぶん安い宿泊代だな。まあいい、とりあえず、それを飲むか」


健斗はプロジェクターのスイッチを入れてからソファーに戻ってきた。

リモコンで操作しながらミュージックビデオを流し、照明を落としてふうっとソファーにもたれた。


「じゃあ宿泊代、頂くとするか」


「これもあるわよ」


またレジ袋からガサガサとつまみをいくつか出した。

「お前なぁ……ウチに飲みに来たのか? しかもこんな本格的なつまみ買って……おっさんかよ!」


「だって、歯ブラシとか買うの恥ずかしいじゃない!いつものコンビニなのに……だからつい色々買っちゃって……」


健斗は大きな溜め息をついた。

「やけに袋がでかいなと思ったんだ。気を遣ってあんまり見ないようにしてやったのに……で? そのドラえもんポケットからはまだなんか出てくるわけ?」


かれんはちょっとうつむいた。

「あともう2本ビールが……」

おずおずと差し出す。


「マジか? 全く……とんだ酒豪だな」


あきれるようにそのビール2本をもってキッチンへ行き、冷蔵庫にしまった。そして大皿を2枚持ってきた。


「ここにつまみ」


「はい」


「じゃあ飲むか」


「うん」


二人はようやくビールをあけた。

かれんはぐいぐい飲む。


「飲みっぷりもおっさん並みだな」


「だって今日はビール、あんまり飲んでなかったもん」


健斗は呆れたように空を見る。

「充分だろ!強いカクテルばっかり飲んでるからあんなにフラフラになるんだ」


「もう酔ってないもん」


「酔ってなくてこの態度は頂けないな」


「だって……なんだか……言いたいこと言えちゃうんだもん」


「喜ぶべきか悲しむべきか、わかんねぇな。おい! ぐびぐび飲むなよ! 俺だって男だぞ!」


「こっちのおつまみも開けよう!」


「……聞いてねぇし」


健斗はソファーにグッと持たれて伸びをした。

ポケットから財布とカードケースを出して、ポンと机に置いた。


「あ、これ」


「ああ、拾ってくれて助かったよ」


「これが私のカバンに入ってたせいで、この辺を探検しちゃったわ」


かれんはまだ足首の捻挫が癒えていないのにこのアパートの階段を上り下りしたことや、メールボックスにインビテーションカードが入っていて驚いた事を話した。


「驚いたのはここの部屋の造りよ! 2階と1階は4室ずつあるのにこの3階は1室? あっちの端までぶち抜いてあるって事よね?」


「まあ、そうだな」


「どんなことになってるのかなって」


「室内も探検したいか? 住みたくなるかもな」


「そんなことあるわけないじゃない!」


「そうかぁ!?」


「あ! それと!」


「なんだよ」


「どうしてあなたにインビテーションカードが来てるのかって、不可解で仕方がなかったわ。うちの会社の主催なのにプロデューサーの私が知らないんだもの。びっくりするわよ」


「俺だって、大学で由夏さんに声をかけられた時にはびっくりしたよ。まさか、モデルをやれなんて言われるとも思ってなかったし」


「由夏から聞いたわ。私にも当日に知らせるなんて、由夏も人が悪いわよね。どれほど驚いたか……」


「ステージでイケてる俺を見たから?」

健斗がニヤリと笑う。


「あまりに違って見えたからよ」


「おお、イケてるってところは否定しないんだ? キュンと来たか?」


「それより! あなた、私に「初めまして」って言ったでしょ! あれで余計にパニックになったんだから!」


「ああ、あれは……レイラとも親しそうだったから、色々説明すんのが面倒だなと思って……」


「やっぱり。お陰で未だに由夏に事故の日の事、話せてないんだから」


「そりゃ悪かったな」


机の上のカードケースを見つめる。

「見ても……いい?」


「ああ、いいけど何を見るんだ?」


「写真」


「ああ……幼馴染みの」


「やっぱりそうなのね? 最初に見たときは、子供の写真かと思ったわ」


「俺が子持ちに見えるか?」


「全然。だから変だなって思ったの。今見たら、この背が高い男の子はどう見たってあなたよね」


目の高さまで上げて、健斗と見比べる。

「間違いない、進歩なし」


「お前なぁ!」


「いい景色よね。この対になってる山の写真もいい。深緑の森かぁ、草木の呼吸が聞こえるような……二人の後ろに見えてる洋館も素敵ね! 異人館みたい」


「そうだな」


健斗はかれんの横に座って、写真をしみじみ眺めている。


「今度ね、山頂のホテルでブライダルファッションショーの企画があって、テラスの演出を任されてるの。今日はちょうどその打ち合わせに行ってたんだけど。なんかこの写真見たらイメージわいてきたわ! 森と子供か……リングボーイに可愛い子を何人か呼んで、ランウェイを歩いてもらうわ。フォレスト&ドワーフをモチーフに企画を出してみる!」


「可愛いドワーフと共に、もしかして俺も呼ばれたりする?」


「あ……その可能性は高い……レイラちゃんも出るし……」


「ああ……やっぱり呼ばれんのか……」


「……迷惑?」


「俺、信じてないだろうけど准教授だぞ。論文も抱えてる忙しい身なんだ。モデル業は管轄外だ。仕方ないけどな、俺がイケてるわけだから」


「なかなか嫌みな人ね」


「そっちこそ、こんな夜中に仕事モード全開だな」


「だってアイデアが降ってきたんだもん」


「俺の可愛い写真を見たからだろ?」


「はいはい、そうね! そういえば、この隣に写ってる子……」


かれんの携帯がなる。

「あ、由夏だ! もしもし由夏、締め出しするなんてひどくない?! もう!」


健斗が大袈裟にジェスチャーしている。

口の前にしーっと指をたてるかれん、からかって健斗も同じポーズをとる。


「え? 今? えっと……『RUDE bar』よ!そう! まだ居たの! 今から帰るから。絶対に開けてよね! じゃあね!」


「あははは」

健斗が笑い出す。


「さすがに俺んちだとは言えないか?」


「言えるわけないでしょ!」


「だな?」


「じゃあ、私帰るわ。今日は色々ごめんなさい、お邪魔しました」


パタパタと片付けて身支度もして、出ていこうとするかれん。


「ちょっと待てよ。送って行くから」


「送ってくれなくても、近所なんだし」


「また由夏さんが寝ちゃってたら大変だろ?送ってくって」


「……ありがとう」


部屋を背に外へ出る。


「どうした?」


「あなたの家、外観と内装が違いすぎて……」


「素敵だと思ったとか!?」


「ええ、まあ」


「初めて誉めたな! ようやく俺のセンスを認めたか!」


「いや、ますますワケわからなくなったわ」


「……なに?」


「准教授?そして大屋さん? 一流のファニチャーに囲まれた家に住んで……あなたはいったい何者なの!?」


「いや……そっちか……」


かれんのマンションに着いた。

「由夏さんと葉月さんによろしくな!」


「ありがとう」


今日の藤田健斗は、後ろ手をふらふら振って立ち去らず、エントランスのドアが開くのを確認するまで待っていた。

小さく手を振ると片手を小さく上げた。

ほんの少し、関係性が変わってきているように思えた。


第11話 1st 健斗の部屋 ー終ー


→第12話 帝央大学 健斗とレイラ





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