第53話  久しぶり




麻由子は、来人に会うために表参道の駅を降りた。


以前は渋谷が勤め先だったので、表参道駅は通勤帰りによくおりて、買い物やカフェに行ったものだ。


会社の同僚と食事をしたり、買い物をしたりした。


たまには、当時付き合っていた男と会うためにこの駅を降りたこともある。


一番多かったのは、ひとりで降りたことだ。


行き付けというほど通っていたわけではないが、気に入っているワインバーがあった。


カウンターに座って、マスターお勧めのワインをデキャンターで頼み、2,3時間ゆっくりと食事をしながら過ごした。


なにより、マスターのワイン話は麻由子にとって面白かった。


それまで、ワインなどは男が連れて行ってくれるレストランでしか飲んでみたことがなかった。


さほどおいしいとも感じなかった。


ワインより、韓流が大好きな友人と行く韓国食堂で出される「まっこり」の方が口に合っていると感じていた。


だが、マスターの勧めるワインは違っていた。


豊饒という言葉が適当かどうか分からないが、ひとくちでは言い表すことが出来ない豊かな味わいがするものであった。


フランス産やイタリア産だけではなく、国産のものもマスターの目利きで選んだワインは違っていた。


それをボトルではなく、デキャンターに移したものだけしか店では出さないのがマスターのこだわりだった。


およそ2年くらい通った。


その後、会社を辞めて、結婚してすでに3年経っていた。


久しぶりにひとりでワインを飲みたいと思い、表参道に来た。


ワインバーは以前と変わらない場所で、変わらないエクステリアで彼女を迎えた。


思いドアを開けた。


「久しぶりだね」


マスターはまずそう言った。


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