第51話 アリを踏めない奴




私の上司は仕事では厳しいことで有名だった。


部下のどんなミスでも許さない。


顧客との打ち合わせに遅れた部下を3時間叱り続けたことは社内でも有名な話だ。


「あの人病気だ」


「異常性格だよ」


「パワハラで訴えられるぞ」


などなど、噂話が絶えない。


そんな上司だが、彼のことで忘れられないことがある。


もう十年以上前のことだ。


飲み歩いて、終電が無くなったことがあった。


「今日は俺の家に泊まれ」


と上司に言われ、恐縮しながらお宅にお邪魔したことがある。


相当酔っていたのだが、そのとき、彼の奥さんから聞いた話が忘れられないのだ。


「うちの人は会社ではうるさいでしょ」


「それほどでもないですよ」


「分かりますよ。うちでもそうですもの。でも、彼は玄関の前にいたアリも踏み潰せないほど優しい人なんですよ」


意外だった。


そんな優しさは会社では一切見せないのだ。


だがそれ以来、部下を怒っている上司の横顔を見るとあのときの奥さんの言葉が頭をよぎるのだった。


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