君が解くべき謎

※『名探偵の名推理』がテーマ。

 「じいさんからの挑戦状」をベースに書き直しています。


      ***



 ここは歴史と菜の花の街、百済菜くだらな市。

 その昔、かの国から伝わったとされる仏像が古寺から見つかり、市の文化財に指定されたことがきっかけで改名した。

 元々この街は食用の菜の花栽培が盛んだったが、今では観光資源としても一役買っている。早春に咲きわたる黄色い絨毯は、私が愛するものの一つだ。

 市の中心部を南北に走る大通りから一本入った道を右に曲がり、しばらく行った十字路を左へ三ブロック進み、角の煙草屋のおしゃべり好きおばちゃんに見つからないようこっそり通り抜けた辺り、つまり街の外れに我が武者小路事務所がある。

 そう、私が名探偵として名高い、武者小路むしゃのこうじ公麿きみまろである。ミステリー好きな祖父の影響を受けて、生まれ育ったこの街を守るために探偵事務所を開設し、早三年。

 おかげさまで平和な日々が続き、心穏やかに過ごすことが出来ている。


「前から気になってたことがあるんですけど」

 ミルで手挽きしたキリマンジャロブレンドの香りと酸味を味わっていると、その幸福な時間を破って気の抜けた声が突然顔を出してきた。

「そもそも、なんで探偵事務所なんですか。先輩が名探偵だなんて話、聞いたことがないんですけど」

「おいおい、そんなことも推理出来ないで僕の助手をしているのかね、鈴木くんは」

 失礼な質問を投げかけてきたのは、我が探偵事務所の唯一の所員であり、私の弟子でもある鈴木涼。絶賛彼女募集中の二十五歳だ。

「それに、先輩じゃなくて先生と呼びなさいと、いつも言ってるだろ」

「いーじゃないですか、先輩は先輩なんだから」

「もう、しょうがないなぁ」

 彼も私と同様、この街で生まれ育った百済菜っ子である。

 おまけに彼のおばあ様とウチの祖父が幼馴染と言うこともあり、就職難のご時世でフリーターをしていた彼にここで働いてもらっている。

「鈴木くんがこの事務所に来てから、何か大きな事件はあったかい?」

「うーん、迷子の犬探しとか、お屋敷の中での探し物くらいですかね」

「連続殺人や怪盗が予告状を出すことなんて、この街で聞いたことがないだろ?」

「ありません」

「つまるところ、世間に轟く私の名声が犯罪への抑止力となっているのだ」

 鈴木くんは黙ったまま目を細め、粘りつくような視線を浴びせてくる。

 その攻撃をマイセンのコーヒーカップで遮らせてもらった。

「初めてのお客様にも、すぐに名探偵だってわかってもらえるし。依頼主の立場になって物事を考えれば、何をアピールすべきかは自ずと分かるというもんだよ」

 かなり強引だがなんとか納得させねば。

 単に名探偵と呼ばれたいから付けたなんて、彼にバレたら一生イジられる。

「まぁこうしてお給料をもらえてるだけでありがたいんですけど」

「そうだろう?」

「仕事も少ないのに、ねぇ」

 おっと、今度はそこを攻めて来たか。侮れないな、鈴木くん!

 再びの視線攻撃を受け、カップの陰に顔を隠すようにしながら天井を見上げた。

「その辺は大人の事情と言うやつだよ。うん、そう。大人の事情だ」

「そういうことにしておきます。僕も百済菜っ子ですからね、事情は察しもつきますから」



「それにしても、今日も暇ですねー」

 掃除を終えた鈴木くんは退屈そうだ。

「もうお彼岸だな。ということは、鈴木くんがうちに来て一年になるから、何かお祝いでもしようか」

「え、何かプレゼントしてくれるんですか」

「欲しいものがあるのかい?」

 一応聞いておこうか。

「そうですねぇ……。何か、こう、目の覚めるような事件をやってみたいです。いかにも探偵っぽいような」

「また無茶なことを言って。何も起きないに越したことはないのだよ」

 私の言葉がフラグとなってしまったのか、突然、扉をノックする音が事務所に響いた。

「先生、お願いです! 力を貸してください!」

 立派な身なりをした初老の男性が、取り乱した様子で入ってきた。

「分かりました、お引き受けしましょう」

「えぇっ! 先輩、まだ何も聞いていないじゃないですか」

 あきれたように彼が私の顔を見る。

「よく考えてみたまえ鈴木くん。この方は非常に焦っていらっしゃる。一刻を争う重大事件と言う訳だ。私が引き受けずに誰がやるのだ」

「流石、看板に偽りのない名探偵だ。ありがとうございます」

 男性が深々とお辞儀をした。

「で、ご用件は」


 彼はエムケー商事の専務をしている宮下と名乗った。

 それを聞いて、鈴木くんが何か言いたそうにこちらを向いたのを目顔で抑える。

 宮下さんだって、ここが武者小路名探偵事務所だと分かった上で、やって来ているのだ。

 エムケー商事と言えば全国的な展開をしている総合商社である。

 石油をはじめとした資源取引や都市開発、レストランのチェーン展開まで手掛けている企業の本社が、ここ百済菜市にあるのだ。

 当然のことながら、この街に住む多く人々が何らかの形でエムケー商事の恩恵にあずかっている。

「実は……。当社の会長が誘拐されました」

「誘拐ですか! それじゃ、すぐ警察に――」

「落ち着き給え、鈴木くん。あんなに慌ててここへ来たということは、犯人から警察への通報を止められているのだろう」

 立ち上がりかけた彼をたしなめ、もう一度座らせた。

「おっしゃる通りです。警察へ通報したら会長の命はないと」

「そんな……」

 宮下さんの言葉に鈴木くんは絶句している。

 探偵たるもの、常に冷静であるべきだが、彼のように依頼者の気持ちへ寄り添うことも必要だ。

「それで、なぜ私の所へ」

「社長の指示です。この探偵は優秀なはずだ、と」

 その答えを聞き、嫌な予感がした。が、それを顔には出さず、話を続けてもらう。

「犯人からは、こんなものが届きました」

 そう言うと、宮下さんは封筒を差し出した。


 鈴木くんが受け取り、中から一枚の紙を取り出す。

「詩でしょうか、二つの文章が書いてあります」

 広げた紙にはこのように印刷されていた。


  寄り添う気持ちがあればいいのさ

  二度と逢えないのなら 本当に忘れたいよ

  君の声を聞かせて 雲をよけ世界照らすような

  幸せのし 死ぬじゃないし


  映画見てる子

  君 白い甲

  野に咲く早苗

  叶う人心

  命の果ての

  最後は遠い

  月の瓦盃


「なるほど。犯人からのメッセージのようですね」

「意味がありそうで、なさそうな……」

「そうなんです。もう何が何だかわからなくて」

 宮下さんは本当に何も知らないのだろう。

 実直そうな男だからこそ、ここへの使いに選ばれたはずだ。


「鈴木くん、私のノートをとってくれるかな」

 応接テーブルに広げられた紙を見ながら、愛用しているモンブランの万年筆を胸ポケットから取り出した。

 ノートに書き記していると、鈴木くんが覗き込もうとする。

「覗いちゃダメっ! 君も自分で考えなさい」

 この二つは私も知らないので、スマホを取り出す。

 すぐにこうして調べられるなんて、探偵には優しい時代になったものだ。


 これで条件は出揃った。

 なるほど、そう言うことか。

 と言うことはあの方も……。


「先輩、何か分かったんですか。困っているようには見えませんよ」

 宮下さんも不思議そうに私を見ている。

「鈴木くん、この謎は君が解きなさい」

「え、僕がですか!?」

「そう、君が解くべき謎だ。いかにも探偵っぽい事件だぞ、これは」

「確かにそうですけど……。誘拐された会長さんの命も懸かっているし、僕なんかじゃ」

「やはりここは先生にお願いできれば……」

 宮下さんが不安がるのは尤もだ。

「ご安心ください。彼は優秀な男です。もちろん私もフォローしますから、少しだけ時間を頂けますか」

 私の言葉に意を決したのか、鈴木くんが立ち上がった。

「僕、やってみます」


「でも何から手をつければいいんですか」

 ソファに座り直し、テーブルの紙に顔を近づけている。

「少しでも『あれっ』と思ったことはないかい? そこを手掛かりにするんだ」

「あります。『幸せのし 死ぬじゃないし』ってBLACK BABYMETALの『4の歌』のサビの部分です」

「『寄り添う気持ちがあればいいのさ』はサザンの『いとしのエリー』の歌詞ですよ」

 宮下さんも一緒に考えている。

「どうやら前半の部分は歌詞の一部らしい、と分かるよね。ならば次にすることは――」

「それで先輩はさっきスマホで調べてたんですね」

 すぐに彼も調べ始めた。

「分かりました。二番目が『冬のソナタ』、三番目は星野源の『SUN』です」

「これで最初の文章は変換できたね」

「順番にサザン、冬ソナ、SUN、4の歌か。何となく数字っぽい」

 ここは彼の推理を見守ってみよう。

「冬ソナはヨン様か。サザンは……。あっ、三×三さざんで九だっ」

「おそらくね。この九、四、三、四が暗号を解く鍵だよ」


 今度は紙を手に取り、後半の文章を見ながら鈴木くんがうなっている。

「数字の順だけ進んだ箇所の文字を抜き出すと……い、咲、苗、心、かぁ」

「その考えだと下三行は必要ないよね」

 彼は黙ってしまった。

 宮下さんは両手を組んで、私たちのやり取りを聞いている。

「こういう場合は、並んだ文字に規則性があるか、変換して見えてくるかを第一に考えた方がいいよ」

「規則性はなさそうです」

 鈴木君もメモ用紙を持ってきて何やら書き始めた。

「これって何て読むんですか」

瓦盃かわらけだよ。神社で願掛けをして、素焼きの盃を投げるのを見たことがないかい?」

「あぁ、あれですか」

 視線はメモ用紙のまま、手を止めない。

「これ七文字が七行になってる……」

 メモ用紙を覗くと、答えを導く変換が終わっていた。


  え い が み て る こ  

  き み し ろ い こ う

  の に さ く さ な え

  か な う じ ん し ん

  い の ち の は て の

  さ い ご は と お い

  つ き の か わ ら け


「どうだね、鈴木くん。謎は解けたかな」

「私には全く分かりません」

 代わりに宮下さんが首をかしげながら答える。

「これ、縦読みだ。文頭は『駅の改札』になってる! あっ……」

 アドバイスはいらなかったみたいだな。

「他にも二つあります。ダミーか……。そうか、分かりました」

 すがすがしさを感じる表情だ。


「まず鍵となる数字、九、四、三、四は語呂合わせで、九四三四くしざし。この文の真ん中を串刺しして縦読みすると、『みろくじのはか』となります」

「鈴木くんが解くべき謎だっただろ?」

「……そうですね」

 事情の分からない宮下さんは、謎が解けても怪訝そうにしていた。



 宮下さんと鈴木くんを乗せ、すぐに車で市のはずれにある弥勒寺へ向かう。

 寺の駐車場には見覚えのある黒い車が停まっていた。

「あれは……」

 宮下さんもすぐに気づいたようだ。

 その隣に停めると、黒い車のドアが開き一人の老人が現れた。

「会長! ご無事だったのですか!?」

 何も知らない宮下さんが驚いた顔を見せる。

 鈴木くんは予想もしていたのだろう。深々とお辞儀をした。

「おじい様、廻りを巻き込んでの悪戯は控えてください」

「やっぱりバレていたのか」

 エムケー商事の会長であり、私の祖父である武者Musyano小路Kouji善之助は筋金入りのミステリーマニアだ。

 私が探偵業を始めたのは、祖父への孝行でもある。資金的な援助も受けてはいるのだけれど。

 このを私へ、と社長が薦めたと聞いた時に祖父の企みではと疑っていた。


「彼のおばあ様からの頼みですか」

 祖父はちらりと鈴木くんを見た。

「うむ、何でも就職出来なかったことを恥じているらしく、やりたい仕事が決まるまでは墓参りにも行かない、と梅さんに宣言したそうだ。気持ちは分からぬでもないが、せめて彼岸には墓参りをして欲しい、そう言っておったよ」

 最後の方は彼に向き直って、諭すように話しかけていた。

「お心遣い、ありがとうございます」

 改めて、鈴木くんが祖父へ頭を下げた。

 顔を上げると私に問いかける。

「先輩はいつから気づいていたんですか?」


「あの紙を見た時だよ」

「初めから?」

「誘拐犯なら、わざわざ暗号のような文を送りつける必要がないだろ?」

「たしかにそうですね」

「誘拐が偽装なら目的は何か。メッセージを解いたら、すぐにピンと来たよ。この寺が君の菩提寺だと聞いていたからね」

 珍しく、鈴木くんが満面の笑みを見せている。

「流石ですね。これからもよろしくお願いします、!」

 どうやら毎年お墓参りをする気になったようだな。




               ― 了 ―

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