やっぱり許せないっ! ―ラーメン屋にて―

※「あなただけは許せない」がテーマ。


      ***



 お弁当も食べ終わり、教室を出ようとしたら目の前を二人の男子が走っていく。

 当然、その背中へ声を飛ばす。

「廊下は走らないっ!」

「やべっ! 委員長だ」

 大きな声で注意しているのに、止まらずに階段へと向かう男子たち。

 まったくもう……。

 学校の廊下を走ってはいけない、というのは我が市立N高校だけに定められた不文律――という訳ではなく、常識、モラル、当たり前のことでしょ!?

 小学校の頃から先生に言われていたじゃない。

 どうして守れないのかなぁ。


「どしたの、美月みつき? そんなふくれっ面して」

 廊下で仁王立ちしていた私に話しかけてきたのは陽菜はるなだ。

 家も近所で小中高も一緒、というと親友だと思われるけれど単なる幼馴染。

 彼女とはまるっきり正反対の性格で、気が合う訳ではない。

 それなのになぜか同じクラスになることが多いの。

 腐れ縁ってやつかな。

 右手で眼鏡の蔓をくいっと持ち上げ、少し見上げるように陽菜へ向き直った。

「男子が廊下を走っていたから注意したのに、無視して行っちゃったの」

「あー。ま、仕方ないんじゃない? 男子なんてそんなもんだよ」

「でも廊下を走らないのがルールでしょ」

「風紀委員長の立場としては注意しなくちゃいけないのも分かるけどさ、その辺はテキトーで。ねっ」


 そう言って私の両肩へ、ポンッと手をおく。

 もう、また子ども扱いしてぇ。いつもそうなんだからぁ。

 なおも男子たちへの怒りをぶつける私を、陽菜がまぁまぁと抑えるのも、何度も繰り返してきた光景な気がする。


 そんな二人を横目にしながら、職員室へと向かう須田先生が一言。

伊集院さんと陽菜さんは、いつも一緒で仲が良くていいわね」

 先生、誤解です!

 私は陽菜のように、授業中にこっそりと早弁したり、居眠りしていて後でノートを借りたり、スペースマウ○テンに並んだ列から外れてポップコーンを買いに行ったりなんかしていませんっ!

 そんな心の叫びは先生へは届かず……。

 ふと横を見上げれば、照れくさそうに頭を掻きながら、笑顔を見せる陽菜。


「あんたがそういう態度だから勘違いされちゃうのよ」

「えっ!? 何が?」

「もういい。ほら、昼休みも終わっちゃうから」

 まったくもう。

 ノートを貸してあげたり、順番をキープしておいたり、いつも陽菜あなたのことをフォローしなくちゃいけないんだからね、大変なのよ。

 男子への怒りが、いつも間にか陽菜への愚痴に代わった頃にチャイムが鳴った。


      *


 六時限目の授業も終わり、帰る支度をしていると陽菜が隣へやって来た。

「美月、この後予定ある?」

「ううん。何?」

「駅前に出来た一風軒に行かない?」


 ウッ、い、一風軒……。

 ラーメン大好きな私にとって、憧れの店。

 濃厚で深みのあるといわれる豚骨スープ、一度味わってみたかったの。

 でも、一人で行く勇気がなくて。

 これは大チャーンス!

 思わず出そうになったガッツポーズは心にしまい、興奮を陽菜に悟られないようにした。


 あれ? でも――

「陽菜はソフトボール部の練習があるんじゃないの?」

「今日は顧問の坂崎先生が出張でいないから休みなんだ」

「ふーん」

「こういう時じゃないと学校帰りに行けないからさ、一緒に付き合ってよ」

「まぁ、いいけど」

 よしっ! という声を我慢する代わりに、しまったばかりのガッツポーズを取り出して、陽菜に背を向けこぶしを握り締めた。


      *


 なんだかんだで学校を出るのが遅くなってしまい、駅前の駐輪場へ着いたのは四時半を過ぎていた。

 二人で一風軒へ向かうと店の前には十人ほどの列が出来ている。


「この時間なら並ばなくて済むと思ったのに」

「それだけ美味しいってことだよ」

 陽菜に言われて最後尾に並ぶ。

 小柄な私は陽菜の肩を超えるほどなので、隣に立つのは好きじゃない。

「どれくらい待つかな」

「こういうお店って回転が速いから、そんなに待たないよ」

 相変わらず楽天的だな、陽菜は。


「スペースマウ○テンのときみたいに、列を離れてどっかに行ったりしないでよ」

「あのときは二時間も待つっていうから。お腹減っちゃうと思って」

「後ろの人へ声も掛けずに離れようとするし」

「だって美月がいるからいいかなぁって」

「それでも後ろの人に一言声を掛けてから列を離れるのがマナーでしょ」


 そんなこんなで十五分ほどが過ぎ、あと五人で私たちという所まできた。

 あぁ夢にまで見たあのラーメンがもう少しで私のもとに……。

 と、そこに列と反対方向から歩いてきて先頭へ入る二人組の男。

 いかつい強面で、どうみても並んでいた人の知り合いには見えない。

 会話をしている様子もないし。


「あれ、割り込みよね」

「そうみたいだね」

「ちょっと、言ってくる」

 早く食べたいモードへ入っている私に火がついた。

「止めなよ、何かヤバそうな感じだし」

「だって割り込みなんて、マナー違反だよ!」

 そう言って、止める陽菜を振り切って先頭へ歩いて行く。



「あの、あなた達、割り込みですよね。ちゃんと並んでください」

「なんだテメーはぁ?」

 お決まりの文句で睨みつけてきた。

 こんなことでビビったりしない。膝にちょっと力が入らないけれど。

「みんな並んで待っているんです。割り込みはマナー違反です」

「はぁ? 俺たちはラーメンを食いに来たんだよ」

「どこに割り込んじゃいけねぇって書いてある?」


 二人して頭の上から見下ろすように怒鳴りつけたって、引き下がらないからね。

 脚はガクガクしてるけれど。

 右手で眼鏡の蔓をくいっと持ち上げ、顔を上に向けた。

「みんなマナーを守って並んでいるんです。あなた達も後ろへ並んでくださいっ!」

「ぁんだとぉ!?」

 さらにグイっと身を乗り出してきた。

 やっぱり怖ーい。誰か助けてぇ……。


「あんた達、店の前でトラブルは困るんだよ。ちゃんと並ばない客にはウチのラーメンは出さないよ」

 ヒーローは突然、店の中から現れた。

 このおじさんが店主さんらしい。

「中からも見えてるんだから。並んでいたかどうかはすぐ分かるよ」

 その一言が決め手となって、男たちは帰っていった。

「こんな店には二度と来ねえぞ」と遠吠えをしながら。


 中へ戻る店主さんに御礼を言って、私も陽菜の元へ戻る。

「もう。見ててドキドキしちゃったよぉ」

「実は私も足が震えてた」

 そう言いながら列へ入ろうとすると、陽菜が左手を開いて前に突き出す。

 ん? なにこれ――

。列を離れる時、後ろの人に声を掛けましたかぁ?」

 ニヤリと笑う陽菜。


 あーーーっ!

 私としたことが一生の不覚!

 あの男たちに怒っていて、後ろの人へ声を掛けるのを忘れてたぁ。


「じゃ!」

 勝ち誇ったように手を振る陽菜。

 後ろに目をやると、来たときよりも列が延びている。

 また並び直せと言うのか……。

 うぬぅ! おのれ陽菜め。

 絶対に許さーーーんっ!!


 私の絶叫が胸の中で木霊こだました。


      *


「美味しかったねー。やっぱり評判通り」

 たしかに美味しかったけれど。

「もう、機嫌直してよ、美月」

 陽菜は私をからかっただけで、すぐに列へ入れてくれた。

 順番が来て店内へ入ると、「さっきの御礼だよ」と言って店主さんがチャーシューをサービスしてくれた。

 想像以上のラーメンを食べている間は、至福の時だった。

 でも。


 空腹と怒りに支配されていたとはいえ、マナーを守れなかった自分を許せない。

 それなのに、自分のせいだと「ゴメンねぇ」と笑顔で謝ってくる陽菜。

 単なる幼馴染だと思っていたけれど、やっぱり彼女は私の親友なのかも。




               ― 了 ―

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