新たなる受難⑦

 タクシーがホテルの車寄せに停まると、祐太郎は先に桃香を降ろして支払いを済ませた。エレベーターでホテルの四階へ向かい、エステルームのような入口へと桃香を伴っていく。中へ入ると、スポーティな服装をした女性に迎えられた。



「さっき話した女性なんだけど、頼めるかな」



 祐太郎の言葉に、女性は笑顔でおじぎをした。



「承っております。お待ちしておりました。本日木下様の担当をさせていただきます、斉藤でございます。よろしくお願いいたします。こちらへどうぞ」



 訳が分からないまま、周りをきょときょとと見回し、怯えた小動物のように桃香は女性についていく。



(え。なんでいきなりスポーツジムに……)



 確かに埋め合わせはすると言ったが、限度はある。こんなに高そうなジムの料金は払えない。さすがにこれは勘弁してもらおうと思いながら振り向くと、すでに祐太郎の姿はなかった。



(も、もしかして、キャンセルは無理ってやつかな)



 ドキドキしながら女性の後ろを歩いていると、良い香りが漂う更衣室へと案内された。



「シューズのサイズを教えていただけますか? 23.5センチでございますね。ご用意いたしますので、あちらのウェアにお着換えになってお待ちください」



「あ……ありがとうございます」



 黒いTシャツとショートパンツに着替え終わった頃に、シューズと靴下が届いた。



(靴下? 靴下まで用意してくれるの?!)



 いよいよ料金が気になるところだったが、もう後戻りはできない。意を決して、桃香はここに来て初めて口を開いた。



「あの……これって体験レッスンですか? 料金は二人分でおいくらに……」



 消え入りそうな声に耳を澄ませて注意深く聞いていた女性は、笑顔で答えた。



「木下様はビジター料金になりますが、そちらはすでにいただいております。紺野様は正会員でいらっしゃいますので、本日とくにお支払いいただく必要はございません」



「あ、そうなんですね」



 それなら、祐太郎はどういうつもりで自分をここに連れてきたのだろうと不思議に思いながら、桃香は渡された靴下とシューズを履いた。




 普段運動をしていないと答えた桃香に、女性はサーキットプログラムのクラスを勧めた。ストレッチ系のマシン運動と、有酸素運動を組み合わせたもので、身体への負担も少ないという。実際、トレーニングをしているのは中年以上の女性がほとんどだったから、ほかに何があるか分からないし、プロがおすすめするのなら……と桃香は中へ入ったのだった。



 三十分程度の運動を終えた桃香は、すでに息が上がり、頭から湯気が立ちそうなほどに汗をかいていた。これもまた用意されていたタオルで拭きながら、シャワー室へ向かう。


 パウダールームには基礎化粧品一式からメイクセットまで用意されていたから、汗を流したあとは簡単な化粧もできた。久しぶりの運動は疲れたが、逆に身体に蓄積されていた淀んだ何かが汗と共に流れ出たような身軽さも感じている。いつになく軽い足取りで入口へ向かうと、そこにはすでに祐太郎が待ち構えていた。



「じゃあ、飯を食べに行こう」



 そう言いながらエレベーターのボタンを押す祐太郎に、桃香は恐る恐る尋ねる。



「あの……ビジター料金を払ってくださったそうで、ありがとうございます。それで、埋め合わせは夕飯をごちそうするということで良いのでしょうか?」



 できればホテルから出て、もう少し手ごろな価格の店にしてほしいと心の中で付け加える。



「別に、ごちそうになろうなんて思っていない。ちょっと話をしたいから、付き合ってもらいたいだけだ」



「話……ですか? あの、建て替えていただいたビジター料金はお支払いしますので……」



 シュークリームは弁償したし、ここまで深く関わることになるとは思っていなかった桃香は、何をやらされるのだろうとだんだん怖くなってきた。あまり借りを作らないほうがいいだろうと思い、財布を取り出す。



「だから、今はそういうのはいいから。とにかく俺についてきて」



「あ、はい。すみ……」



 気を抜くとすぐ謝ってしまう自分を情けなく思い、運動で得た爽快な気分がしぼんでいくのを感じていた。

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