第31話 ノンフィクションライター
現在、私はフリーのノンフィクションライターだ。
自身の生い立ちを記録した本を出したところ、それが世間の関心を惹き、私の元には沢山の仕事が舞い込んできた。
私に強い共感を抱いた多くは女性だった。
私の事務所には毎日たくさんの手紙が寄せられる。
なかなか全てを読むのは難しいが時間を見つけて目を通す。
もちろん、バッシングを受けることも日常だ。
しかし、それは覚悟していたことだ。
私に対して否定的な内容の手紙も読む。
その度に深く考えさせられる。
意味のない誹謗中傷はスルーする。
私を守れるのは私しかいない。
今日はある男性と会うことになっている。
数年ぶりだ。
待ち合わせ場所の喫茶店へ入ると、すでに彼は窓際のテーブル席に座ってコーヒーを飲んでいた。
「お待たせしました。」
私は声をかけて席に着いた。
コーヒーを注文し、改めて彼と向き合う。
「久しぶりですね。書籍、読ませて頂きましたよ。」
「ありがとう。シゲル君は元気にしてた?」
「はい、僕は健康そのものです。
昨年の春から仕事にも就きました。」
「特殊清掃のお仕事よね。」
「はい。慣れるまでは大変でした。正直に言えば今でも慣れません。
でも、僕のやるべきことであるような気がするんです。」
「やるべきこと、、、か。」
「孤独死した高齢者の部屋や自殺現場だった部屋、中には殺人現場だった部屋も清掃してきました。
初めは、辛くて何度も辞めようと思いました。
でも、今はもう辞める気はありません。
『死』と向き合うことは私の生きる糧にもなっているように思うんです。
僕の両親は事故で亡くなりました。
僕たち兄弟は両親の遺体と対面できませんでした。
警察署で両親の遺骨を受け取った時のことは忘れられません。
実はいまだに両親が亡くなった実感がないんです。
でも、最近は思うんです。
僕たち身内にはとても見せられない両親の遺体を荼毘に付して僕たち兄弟の元へ送り届けてくれた人がいることを忘れてはいけないって思うんです。
そういう役割の人に僕は掬われていたんです。
だから、今度は僕が誰かの力になりたいんです。
もちろん、孤独死や事故、自殺、殺人などない世の中が理想です。
しかし『死』はいつ、どのようにして訪れるかわかりません。それは僕自身にも言えることです。
僕も独り身ですからね。」
そこまで言い終えると彼はコーヒーを一口飲んだ。
私は迷ったが聞いた。
「ミツルには会えた?」
彼は一瞬だけ遠くを見るような目をしたが、すぐに答えた。
「いえ、いまだに会えていません。
兄は僕に裏切られたと思っているはずです。
今も鬱症状が強いそうで、まだまだ時間がかかりそうです。」
「そう、、、。」
「でも、僕は落ち込んでる場合じゃありませんからね。
仕事もまだまだ半人前です。
はやく一人前になれるよう頑張りたいんです。」
そういう彼の目は生きる力がみなぎっていた。
「それに、兄と会えないとしても、、、。
生きていてくれさえすればいいんです。」
「そうね。」
彼の言う通りだ。
もう彼は昔とは違うのだ。
私は話を切り出した。
「実はね、先日、綾香が真彩を連れてミツルに会いに行ったの。」
「綾香さんは何か言ってましたか?」
「ミツルが真彩を抱いてくれたって喜んでたわ。
それと、たくさん謝られたって、、、。」
「そうですか。
でも会えたんですね。」
彼は安堵した表情を浮かべた。
「実はね、真彩のことなんだけど、、、。」
「真彩がどうかしたんですか?」
私はこれから話すべき不思議な話を心の中で整理した。
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