第9話 失踪

 彩と出会ってから3ヶ月が経とうとしていた。


 僕は毎日欠かさず塗り絵をした。


1日1枚、しっかりと彩った。


日を追うごとに塗り絵の構図は複雑化していったが、僕の色塗りのスキルもアップしていった。


彩は1日1回、かならず塗り絵をチェックしに来た。


それは僕の生活にハリと潤いをもたらした。

しかし相変わらず、すぐに帰ってしまう。


僕は彩ともっと話したいと思っていた。

シゲルは彩に好感を持っていたが、それは恋愛感情とは異なるものだった。


彩のことは、とても可愛いと思うし、もっと知りたいと思う。

でも、それは親しみからくる感情であり、いうならば身内的な存在に感じた。


 彩が表れる時間は日によって、まちまちだが僕がコンビニなどへ出掛け、家を留守にしている時に来て、待ちぼうけをくらうということはないようだ。

気になって彩に聞いてみたことがあるのだ。


「そのくらいは簡単に予測できる由、心配するな。」


彩はイタズラな笑顔でそう答えた。


帰り方も相変わらずだった。

先程も雀に変身して窓から飛び立っていったばかりだ。


ものすごく不思議なことが起こり続けているのは理解していたが、もはやシゲルとっては、ごく普通のことに思えた。


僕はすっかり元気になっていた。


塗り絵の効果というよりは、彩と会うことで元気になっているのではないかと思った。


もしかしたら、この塗り絵は普通のもので不思議な力などないのかもしれない。


元気になれると思い込むことで元気になれるのかもしれない。

また、健康的な生活を送るうちに心身ともに元気を取り戻したとも言える。


僕は毎日、家を掃除し、散歩がてらスーパーに買い出しに出掛け、自分のために温かい食事を作れるようになっていた。


元気になったことで視野が開けたのだろう。


兄はどうしているだろうかと考える余裕もできた。


兄は両親が亡くなって間もない頃は、僕に

何度か電話をくれた。


しかし、最近は電話もこなくなった。


兄には兄の生活があるし、兄自身も両親の死と向き合うため葛藤しているのだろう。

兄は兄で苦しんでいるのかもしれない。


僕は今夜にでも兄に電話をかけてみようと思った。


僕は夜の9時半になると兄の携帯電話に電話をかけてみた。


出ない。


少し時間を開けて、もう一度かける。


やはり出ない。


マナーモードにしたまま気づいていないのかもしれない。


僕はこの時、なぜか兄の声を無性に聞きたかった。

僕は兄貴の家の固定電話にかけてみることにした。


呼び出し音1回で兄の奥さんの優奈さんが出た。


「あ、シゲルです。遅くにすみません。」


優奈は明らかに落胆した様子だった。


何かあったのだろうか。


「あ、あの、、、兄は帰ってますか?」


優奈はため息混じりに言った。


「それがね、、、。私も、ここ2日間連絡が取れないの。そちらにいるんじゃないかってシゲル君に電話しようと思ってたんだけど、、、。どうやら、そちらにもいないみたいね、、、。」



連絡が取れない?



「職場にかけてみましたか?」


僕はなるべく冷静に尋ねた。


「ええ、かけてみたわ、、、。」


「それで、、、職場には、、、?」


優奈さんは一呼吸置いてから続けた。


「とっくに辞めてるって、、、。」


僕はなんと答えていいかわからずにいた。


一体どういう事だろう。

僕は嫌な予感を頭の隅に一旦追いやり言った。


「明日の夕方、そちらに伺ってもいいですか?」


優奈はそれに了承した。


僕は電話を切ると、すぐにホテルの予約を入れ荷造りを始めた。

そして早めに床についたが、その日はなかなか眠れなかった。


体は疲れているのに頭は眠ることを拒否しているようだ。


結局、ほとんど眠れないまま朝を迎えてしまった。

食欲もなかった。僕は冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し飲んだ。


そして荷物をチェックし家の中をチェックして回った。


リビングに戻ると彩がいた。


僕は「おはよう。」とだけ言った。


彩はそれに答えず、怖い顔をして言った。


「塗り絵と色鉛筆はどうした?」


僕は「あっ」と声を漏らした。


僕は塗り絵のことをすっかり忘れていた。

兄のことで頭がいっぱいだったのだ。


僕は急いで2階の自分の部屋からスケッチブックと色鉛筆を持ってきて鞄にしまった。


彩はその様子を表情を変えずに見ていた。


「しばらく家を留守にするかもしれない。」と僕が言うと彩は真面目な顔で言った。


「それはかまわないが、必ず1日1枚塗り絵を完成させろ。わたしが現れなくてもだ。

絶対だぞ。」


彩はじっと僕の目を見つめていた。


僕は言った。


「わかった。約束する。」


彩は僕の答えに頷くと黙ってベランダから飛び立って行った。











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