第10話 僕の知らない兄ちゃん
兄のマンションに着いたのは午後5時頃だった。
優奈さんは疲れきった顔をしていた。
とても美しい容姿の持ち主だが目には輝きがなかった。
それでも優奈さんは僕のために夕食を準備していてくれた。
「簡単で悪いんだけど、、、。」と優奈さんは言ったが、十分豪華に見えた。
麻婆豆腐、チンゲン菜の炒め物、きのこのスープ、、、。
こんな豪華な手料理は久しぶりだった。
2人ともしばらくの間、無言で食べた。
料理はどれも、とても美味しかった。
「すごく美味しいです。」
優奈は「ありがとう。」と言うと少しだけ微笑んだが、すぐに口をへの字に曲げた。
無意識にそうなってしまうのだろう。
無理もない。
優奈は言った。
「今日の料理は全部、ミツルが誉めてくれたものなの。」
ミツルとは兄の名前だ。
「うちでも母さんが麻婆豆腐作ってくれたけど、こんなに美味しくないですよ。兄が麻婆豆腐好きなんて知らなかったし、きっと兄貴は優奈さんの手料理が好きなんですね。」
しかし、優奈は悲しそうに言った。
「そうかな、、、。じゃあ、なんでいなくなっちゃったんだろう。」
彼女は涙目になっていた。
「警察には、、、?」
僕が聞くと優奈は首を横に振った。
「まだ。でも、言った方がいいよね。」
「そうですね。」
「彼、9ヶ月もまえに仕事を止めていたの。」
「えっ!?」
僕は思わず声がひっくり返った。
9ヶ月前といえば僕らの両親が亡くなった頃だ。
優奈は語り始めた。
「お義父さんとお義母さんが亡くなった時、私が知る限りではミツルは泣かなかった。
もちろん悲しんでいるのは誰の目から見ても明らかだったと思う。
今思えば、随分と無理して虚勢を張っていたのかもしれない。
彼は、泣けない分だけ私に当たり散らした。
私はそれが彼の甘えだって思ったから受け止めようと頑張ったわ、私なりにね。
でも私も葬儀が終わったばかりで疲れていたのよ。私にも仕事があるし。
8月の頭だったかしら、、、私、仕事で嫌なことがあってすごく疲れていたの。
そんな時に些細なことで喧嘩をしたのよ。
私その時、初めて彼に打たれたの。
彼も打った直後にハッとして、膝をついて謝ってくれた。
それでその喧嘩のことは終わりにしたつもりだっの。
でも、その時から私たちの間には見えない溝ができちゃったのね。
その後すぐに彼から東京支店に1年間研修へ行くって言われたの。
でも、それも嘘だったのよ。
店の人が、そんな研修ないって、、、。
彼が自ら退職を願い出たのもその頃だったみたい。」
僕は頭の中を整理するので精一杯だった。
「とにかく明日、警察に家出人捜索願いを出しましょう。」
他に何ができるというのだろう、、、。
僕はすっかり途方にくれてしまった。
予約していたホテルに着いたのは夜の8時を回っていた。
優奈さんは、泊まっても構わないと気を遣って言ってくれたが、ホテルを予約していることを伝え遠慮した。
僕は部屋に入るとすぐにシャワーを浴びた。
心も体もすっきりさせたかった。
しかし、そんな簡単に心が晴れるわけもなく、何となくテレビをつけたがすぐに消した。
そうだ、塗り絵をしなくては。
僕は今日の分の塗り絵を初めた。
テラノザウルスと名前のわからない恐竜が2体並んで歩いている構図だ。
手足は細部まで細かく描かれており、僕は、はみ出さないように慎重に色を塗った。
色を塗り終わった時には10時になろうとしていた。
今日はとにかく体をゆっくり休めよう。
しかし、僕の頭は自分の意志を無視するかのように働くのを止めてくれなかった。
ようやく眠りについたのは午前1時を過ぎてからだろうと思う。
そして僕は夢を見た。
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