第3話
※スートについては下記の通り
s:spade c:club d:diamond h:heart
田中さんはトランプをシャッフルしお互いに十六枚ずつになるようにして、渡してきた。
「じゃ、一本勝負ね。先行後攻はじゃんけんで」
私は頷いてから、じゃんけんをした。
二回あいこで三回目で私が勝った。
「先行もらいます」
はいよと田中さんが言って、勝負が始まった。私の手札は、s1.c2.d3.s3.s5.h5.s6.d7.c8.h8.h9.c10.hj.cj.sp.ck、まずまずだろう。大して偏りもないし勝負できる。
「1」
さっそく嘘をついた。1はあったが、kまで進んでから1を出した方が、ダウトと言われやすいはずと考えた。
「2」
通った。序盤からは嘘をついてこないと思ったのだろう。次は私が考える番だ、2は通して、8が出るまでダウトは言わないつもりで進める方針とした。8は2枚あるため、あとは田中さんの挙動で判断する。とはいえこちらも5がない為、田中さんが持ち潰している可能性を考慮し進めなければならないのだが、そもそも5は無いとも考えられる。
「3」
これは嘘ではない。3は2枚あるので出しても良さそうと見た。
「4」
4は持っていないため、ダウトは言わず進めた。
次の5は通って、8まで進んだところでダウトを宣告した。しぶしぶ出したように見えたからだ。
「なるほど、ね」
田中さんが天井を見上げたので、勝ちを確信した。心を踊らせながらカードをめくると、8だった。
「え」
驚いた、一本とられた。
「まぁ、こんなこともあるでしょう」
ニヤついてカードをまとめる田中さんに苛立ちを覚えたが、深呼吸して落ち着いた。
残りは24枚で、9枚以上取ると敗北決定だ。そして手番も入れ替わる。私が後手なので8は出せるが、大方見破られているだろうと考えたので5でダウトを宣告するプランにした。
プラン通り、「5」と田中さんが言ってカードを出したので、ダウトを宣言した。カードをめくって確認すると、5だった。
「ガンパイなのか、運なのか、私の実力不足か」
独り言のように言うと田中さんは
「ガンパイはしてない」
と言った。ということは、恐らくスートの偏りから判断して、私の出方を伺っていたといったところだろう。もしくは、シャッフルした時点で仕組んでいるか。何にせよあと4枚取ると敗北確定だ。
残念ながら4まで進んだところで、ダウトを宣告されて敗北した。
「強すぎないですか?」
「運も味方してくれたねー。さて事情を話してもらおうか」
私は、渋々だったが実家の事情を話した。
「あなたはよく頑張ったよ」
この言葉で、不意に涙が込み上げてきた。呼吸が荒くなり視界が歪む。気付けば田中さんの胸に抱きついて泣いていた。
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いたら、私の話も聞いてくれる?」
しばらくして、呼吸を落ち着けてから私は涙をティッシュで拭って、頷いた。
「私は、あなたを助けたいの。いつか命を投げる未来が見えているから」
そんなの余計なお世話だと言いたいが、泣きついた時点で本心は分かっていた。誰かに助けてもらいたかったのだろう。
「作戦を立てましょう」
田中さんは立ち上がり、部屋を出て戻ってくるとノートパソコンと画用紙と色鉛筆を持ってきた。
「ノートパソコンは分かりますが何故、画用紙と色鉛筆を用意したんですか」
「それはね、理想的な未来の絵を描くためだよ。勿論、あなたに描いてもらう」
机の上に画用紙と色鉛筆を置いて、田中さんは私の目を見た。やってもらわないと解決には進まない。真剣な目が私に語りかけている。
「いいですよ。ですが一つ条件があります」
「条件?いいよ」
「無事に解決できたら、この恩は絶対に返します。それまでは、私の前から消えないで下さい」
予感だった。この人は恐らく、この問題を解決するために私と仲良くなってくれたのだ。解決したらふと居なくなる気がする。
「□□□いな、まぁ安心して、私は消えない」
一瞬、表情に陰りが見えた。何か聞き逃した気がする。それを問うと、何でもないよとはぐらかされた。ダウト―。今のは田中さんのミスだ、私は今の会話を絶対に忘れないと胸に誓い、目を瞑り深呼吸した。
しばらく沈黙が流れ、先に破ったのは私だった。
「分かりました。コーヒーもらえますか?」
いいよと田中さんが答え、キッチンに向かっていった。手持ちぶさたになったので色鉛筆のケースを空けると、驚いた。色鉛筆は全てギリギリまで短くなっているが、芯の先端はとても鋭くなっていた。まるで何か刺すような、そんな鋭さがある。冷たく綺麗な刃物のような美しさがそこあった。
「綺麗に削ってあるでしょー」
吐息まで感じるような距離で背後から声をかけられた。驚いてしまい、肩が震える。
「あ、ごめんね。ついついやっちゃうんだよね」
この人は読めない。私はもらった缶コーヒーを一口啜って心を落ち着かせる。
「まあ落ち着いたら、描こうか」
流し目で私を見ながら、同じコーヒーを飲んでいた。胸が熱い―。同性相手に何をときめいているんだ私は。一呼吸ついてから俯瞰するように過去の出来事の一連の流れを思い出す。
夕飯を終えて、酔いが回ると下唇を噛み、罵倒を始める父。それを止める母、毎晩繰り返される。罵倒の内容は、私の社会性が欠落している点。兄との比較。
そして、母が受けていた暴力。私を守るためと言っていた。
警察に相談しないのは、厄介事と噂を嫌うため。
あとは思い出せずにいた、田中さんはいつ頃から私に近づいてきたか。
何か、違和感があるような気がする。それは―。
「今は、知らない方がいい」
田中さんは遠くを見て呟いた。覚悟を決めた表情の半面は影に紛れて見えなかった。
何故か、コーヒーの味が分からない。
私と田中さん ケストドン @WANCHEN
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