平成細雪奇譚 クライシス・レイルウェイ

卯月響介

1 序章― 新元号「令和」

 

 西暦2019年4月1日 午前11時40分。

 首相官邸。

 日本政府は平成天皇の生前退位によって発効する、次年度の元号を公開した。



 「令和れいわ


 

 官房長官の両手で持ち上げられた、シンプルな額縁。

 毛筆書きの2文字が姿を現した瞬間。

 それは新しい時代の幕開けであり、事実上の「平成」の終わりであった。

 31年に渡る、混沌と衝撃の時代は、次の世代にバトンを渡した。



 静岡ではアシカが文字を描き。

 大阪では新元号セール。

 高千穂では即席の人文字が現れた。

 日本中の人々が、来月に迫った新しい時代に、胸躍らせるその夜……。



 午後7時30分。



 皇居すぐ傍で、更なる騒ぎが水面下で起こっていた。

 桜田門の目と鼻の先、警察庁が外務省、厚生労働省、ならびに防衛省にあてて、短い文章を送り付けたからだ。



 警察庁特殊情報保護条項における、元号移行に伴う保護指示が失効したため、当該省庁より情報開示請求のあった以下のファイルを公表する。

 尚、これは新元号移行における平成天皇退位による一連の儀、及びそれに伴う超大型連休によって起こりうると想定される、政治的治安的混乱を避けるための特例措置である。


 ファイルナンバー:SH258F1Y

 事件通称:こだま518号事件

 種別:日本国警察における第一級テロ事案




 それは警察庁公安局。その中でもあらゆる捜査機関より力を持ち、この世界の隠された“事実”に対処する唯一のセクション、特殊犯罪対策係― 通称、トクハンが長きに渡って秘密情報として保管していた事件ファイルの公開であった。


 「この世界には妖怪や魔法は実在する」という裏の事情を、世間に漏らすことなく抱え、尚且つ、それが関わるあらゆる事案を、早期に捜査解決するトクハンは、昭和63年に正式に設立。

 これまで数多くの事件に関わってきた。

 相手はいずれも、この国の人口にはいかなる意味においても計上されない存在。 


 彼らが関与したケースの中には、我々もよく知る、ありとあらゆる事件や出来事も含まれている。

 これらの、いわゆる裏ファイルが「その元号が継続している間は、日本国の法律に則った正式な開示要求であろうと、これを拒否するものとする」という、強固な南京錠から解き放たれたのだ。

 

 今回は、新元号が発表された初夜に開示された事件ファイル一号を、人間界のあらゆる証言や資料などを基に、一つの物語として描く。





 時は平成7年3月20日。

 奇しくも同日、人類史上例のない巨大テロ事件が首都東京を襲っていた……。


 ――これは、誰も知らない、もう一つの平成史である。

 


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