勇者候補はけして不正をしない

ちびまるフォイ

はじめてのおしごと

「私は! 転生前にも会社で重役をしており、

 ここ異世界であってもその持ち前のリーダーシップを発揮し

 必ずや魔王を倒し、この世界を平和にすると約束します!!」


「女性の暮らしやすい異世界を!

 男の腰巾着でもアクセサリーでもない、ヒロインの人権を!

 みなさん、私が魔王を倒してこの世界を変えてみせます!」


「かつて、悪堕ちして世界の闇の部分を知ったからこそ

 自分にしかできない世界の変え方があるとわかりました!

 みなさん、私に清き一票をよろしくおねがいします!」


この時期、街は勇者選挙で賑わっていた。

一方の魔王城はというとみんなでトランプに興じていた。


「はい、今"フゴウ"って言わなかった~~。だからあがりじゃない」

「魔王様なんですかそれ」


「手札が1枚になった人は"フゴウ"って口にしないとあがれないんだよ。

 我の地域じゃ常識だよ常識」


ドヤ顔で語る魔王に家臣がやってきた。


「魔王様、そんなことやっていていいんですか?

 街では勇者選挙が行われているんですよ」


「え? なにそれ?」


「そのまんまですよ。魔王を倒すべく勇者を選んでいるんです。

 昔はお告げとか血筋とかだったんですけど、もう今は選挙なんです」


「変わったなぁ……」

「今回はとくに実力者ですよ」


家臣が選挙で配布される出馬した人のプロフィールを見せると、

魔王はただでさえ青い顔が紫色になって点滅した。


「チート持ち!? こっちは3つの異世界の覇者!?

 こ、こんなの来られたら勝てるわけ無いじゃん!!」


「だから言ったじゃないですか。これからどうするんですか?」


「決まってる。勇者を決めるこの選挙をぶっ潰せばいい。

 そうすれば勇者も選ばれることもない。芽は早いうちに摘むにかぎる」


「さすが魔王様。安直な発想。留守の城はお任せください」


魔王は家臣に城を任せ、街へと赴いた。

しかし人混みが苦手だったから城に引きこもっていた魔王にとって、

勇者選挙に押し寄せる群衆はあまりにハードルが高かった。


「くっ、なんて人の数だ……冒険者パーティくらいの人数なら平気なのに

 ここまで多いと具合が悪くなるから近寄れないぞ」


とりあえず勇者の顔が並べられている掲示板のところで、

目の部分に画びょうをさして魔王は城に戻ってきた。


「魔王様、おかえりなさい。妨害はできましたか?」


「いや、勇者のやつなかなかに手ごわかった。

 奴らは妨害されないように特殊なフィールドを展開しているばかりか

 近づけば自動発動する迎撃魔法などを準備していて要塞のようだった」


「それほどとは……」


「ホームグラウンドのこの城でならともかく、あの場では難しい。

 しかしこれは困ったな。あのままでは選ばれた勇者が攻め込んでくるではないか」


「それですよ魔王様」

「え?」


「魔王様がいっそ勇者として出馬すればいいんじゃないですか?

 勇者に選ばれればそもそも攻めてくる勇者はいなくなる」


「なるほど!! それがあったか!!

 しばらく留守にするぞ!! あとは任せた!!」


魔王は変身魔法で人間の姿に変えると、遅れながらも勇者候補として出馬した。


「我が勇者となったらこの世界を魔物との共存を目指す優しい世界にする!

 血で血を洗うような日々とは決別だーー!」


名声やハーレムほしさなどの下半身をエネルギー源とする異世界勇者候補と異なり

すでにいくつもの家臣を従わせている魔王のカリスマは健在だった。


スロースタートでありながらもそれまでの勇者候補を蹴散らし、

一気に一番人気の勇者候補へとジャンプアップ。


魔王は上機嫌で城に戻って高笑いしていた。


「ワッハッハ! 所詮は人間だな。心を掴むことなどたやすい!」


「さすがです魔王様。トイレで出口調査をしたところ

 魔王様が一番人気でこのまま当選確実となっています」


「やはり我が世界征服したほうがみんなのためになるな」

「ですね」


「「 ワッハッハ!! 」」


これから泡風呂にでも入りながらブランデーを傾けつつ

お気に入りの音楽を流してやろうかと魔王が画策していたとき、広間の扉が開けられた。


「見つけたぞ!! 魔王!!」


「お前は……勇者候補最下位のヒロシ!?

 バカな、開票はまだ先だぞ! 貴様はまだ勇者でもないはずだ!」


「そんなことは知ってる。だがそれがどうしたというんだ」

「はい!?」


「俺にはてめぇをぶっ飛ばすだけの力がある。それだけで十分だ。

 当選しようがしまいが、魔王を倒した人間が勇者になるんだよっ!」


「そんな無茶苦茶な!」


当選できないと悟った勇者候補はなにをしでかすかわからない。

チートの力を持ってすれば、魔王ごときぺしゃんこにできてしまう。


「さぁ、魔王覚悟しろ!! 間抜けな断末魔を残して死にやがれーー!!」


「ま、待て!! もし我を倒しても貴様はけして勇者になれないぞ!!」


「なん、だと……?」


「か、考えてもみろ。仮にお前が我をフライングキルしたところで、

 勇者選挙法違反で怒られることは確実だろう?

 人助けした後で不倫スキャンダルがバレるみたいなものだ」


「それは……バッシングまぬがれないな」

「だろ」


勇者候補は今まさに斬りかかろうとしていたふ菓子の剣先を下げる。


「我を倒して世界からバッシングされるか。

 我を倒さずに少なくともバッシングを避けるか。選ぶのはひとつだろう」


「たしかに……仮に今回で勇者になれなくても次はあるからな……。

 わかったここは引き下がろう」


勇者候補は静かに魔王城を去っていった。

後ろ姿が見えなくなってから魔王はため息をついた。


「あ、危なかったぁ……」


「ギリギリでしたね、魔王様」


「いや我の言い逃れセンスすごくない?

 とっさにあの提案ができる自分の頭の回転にちょっと惚れたわ」


「魔王様こそ勇者にふさわしいですね」

「自分でも怖いくらいそう思うわ」


「「 ワッハッハ!! 」」


この失敗を反省した魔王は城にオートロックとインターホンを追加。

一方で選挙は相変わらずの魔王一強で進行していった。


そして、ついに開票日。


「うぅぅ……ドキドキするなぁ」


開票日当日、魔王は城ではなく開票開場で行方を見守っていた。

人間たちは投票結果をあらためていく。


そして――。


「結果が出ました! 勇者はエントリー4番!!

 圧倒的な票差で勇者マオウに決定しました!!」


「うおおおおお!!!!!」


魔王は大喜びでガッツポーズした。

正義側でも悪側でも人気者だとお墨付きを受けたように嬉しい。


「我にお任せください! これからは勇者として頑張っていきます!!」


魔王は喜びのスピーチをした後に城へ戻った。

城にはいつも帰りを待ち構えている家臣がいなかった。


「あれ? おおーーい、魔王が帰ったぞーー」


広間にいくと、魔王の玉座には別のものが鎮座していた。


「お、お前はいったい誰だ! というか、どうして我の玉座にいる!」


魔王の問いには、玉座の前でかしづいていたかつての家臣が答えた。


「いやぁ、私どもとしてもどうせ仕えるなら

 こう若くてキレイでセクシーな魔王につきたいじゃないですか」


「はぁい。あなたが城を空けている間に魔王選挙で当選した

 サキュバス魔王よ。よろしくね」




「お前、絶対に倒してやるからな!!」


その日、勇者のはじめての仕事が行われた。

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