申し子、新年祭へ
新年が明けた。
本日は新年祭(冬至祭とも言う)の日。
もちろん、朝から湯浴み・マッサージ・身支度の三種セットが襲いかかってきたわよ……。
夏至祭は夜、新年祭は昼のお祭りで、時間は特に決まってなく、それぞれの領で決めて開催するらしい。
今年の子爵領の新年祭は午後から始まる。
なぜなら音楽を奉納するミューゼリアさんが、午前中は王城で奉納してから来てくれるからだ。王城で奉納するとかすごい。そしてそんな方を呼ぶうちの領主様もすごい。
「――――ユウリ、支度はできただろうか?」
そのすごい領主様から声がかかる。
「はい。行けます」
振り返ると近付いてきたレオさんが手を差し出した。
夏至祭と対になった新年祭の衣装は紺色と決まっていて、レオさんは紺色だけれども金のステッチが入って豪華な正装姿だった。
前髪を上げていて見慣れないしかっこいいし、顔を上げられない。
かくいうあたしもお揃いの紺色のドレスを着ている。長袖でAラインのドレスは袖や腰や裾に素敵な金のステッチが入っている。
もう、どこからどう見ても夫婦か婚約者の装いで、どんな顔をしたらいいのかわからない。
いや……結婚……するのだけど……でも、だからってすぐには慣れたりできないわけで!
「……今日も、綺麗だな」
「侍女のみなさんの腕がいいから……」
恥ずかしくてそんなことを言いつつ、大きな手のひらの上に自分の手を乗せた。
レオさんの肩の上にいたシュカはひょいとあたしの肩に跳び乗って来る。
一瞬、侍女のみなさんの目が光った気がしたが、何か言われることはなかった。
多分、シュカに、今日はレオさんの方に乗ってくださいと言いたかったのかなと思う。
でも、思いのほか紺色のドレスに白いシュカが映えたからお許しが出たのではなかろうか。神獣襟巻き。世界一贅沢な首元よ。
あたしとしてもシュカが首元にいると暖かいから、侍女のみなさんのお眼鏡にかなってよかった。
そしてあたしたちは連れ立って、子爵領の神殿へと向かった。
◇
サンヒールの町にあるデライト子爵領の神殿は立派だ。男爵領の神殿よりもずっと大きく、二階建て。神様たちの像があるホールは吹き抜けになっており、ガラスの天井から光がさしている。
あたしはレオさんのとなりに座り、祭壇から一番近いシートに座りそれを見ていた。
今年は男爵領の方はペリウッド・エヴァ夫妻(まだ結婚してないけど)が出席しているらしい。
元々ゴディアーニ辺境伯の領だったこともあって、息子たちは全員なじみがあるから全然問題ないのだそうだ。
あちらはあちらでアットホームで楽しいのよね。お酒いっぱい飲めたし。
去年の夏至祭のことなど思い出しているうちに、いよいよ新年祭が始まる。
祭りを執り行うのは神官で、領主様は供物や祈りを捧げ舞や音楽を奉納する。
神官の祈りの言葉を聞いた後、レオさんが麦とワインを供物台へと捧げた。
その後にミューゼリアさんがフユトのエスコートで祭壇へと向かった。神像に一礼して、横の方に設置されたピアノへ向かう。
ピアノは『
王城の広間にはもともと置いてあるけど、子爵領の神殿にはない。この規模の神殿にピアノはあっても宝の持ち腐れらしい。
でも、侯爵領になるのだというのなら、あってもいいと思うな。
ピアノの横でミューゼリアさんが座席側に向かって一礼すると、大きな拍手が起こる。
神殿内は領民たちで満員で、外でもピアノの調べを聴こうとたくさんの人が訪れていた。
ミューゼリアさんが選んだのはレイザンブールに古くから伝わる神話を曲にしたというものだった。国内では有名な曲なのだそうだ。
曲が始まるとすぐにピアノの音色に引き込まれた。
緩やかに優しい音から行進曲のような力強い曲へ変わり、徐々に激しくなって最後は壮大な調べで曲は終わった。
ホールは割れんばかりの拍手に包まれた。
本当に素晴らしかった。
きっとあのおちゃめなおじいちゃん神様にも届いたのではないかな。
神事のあとは、神殿の前で領主からのふるまい酒がある。
ここであたしもお仕事です! 領主邸のみなさん総出でワインを配るのだ。
テリオスさんとポップ料理長がグラスにワインを注ぎ、マリーさんはワインを飲まない人用の果実水を注ぐ係、そして領主のレオさんとアルバート補佐が並んでいる人たちにグラスを渡していく。
他の人たちはグラス回収係で、あたしはというと有り余る魔力を活用してのグラスの[清浄]係だ。
お酒のサーブは、この国では基本的に男の人の仕事だからいいんだけど、魔力こそ使うけど一番楽な役割でなんか申し訳ないような。――――とか思っていたら、「ユウリ様はここで仕事をお願いします」と言われてレオさんの横に並べられて領民のみなさんに挨拶をしたりしている。
「――――領主様、今年もよろしくお願いするべさ」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
「――――領主様、結婚式はいつになるんだべか?」
「春……の予定だ」
「――――奥様、レオナルド様をよろしく頼むべさ」
「あ、は、はい」
レオさんをよろしくと言うのは男爵領の人だ。
男爵領からこちらの新年祭に来ている人も結構いる。『メルリアードの恵み』で見かけた顔がちらほらと。
レオさんは領民たちから愛されている。うれしくて思わず笑ってしまう。
「――――レオナルド様、ユウリ様、ふるまい酒ありがとうございます」
『デライト緑の丘農場』の兄妹がニコニコとワインを受け取っていた。今日はご両親と一家で来たみたい。
「レオナルド様、これはメルリアードのだべか。やはり赤はあちらのが美味いべ」
「いや、デライトの物も美味い。今年も期待しているぞ」
「ユウリ様、ワイン造りを見に来てくださいね」
「ええ、ぜひ!」
「兄さん、レオナルド様とお二人でいらしてくださいって誘わないと!」
「あ、し、失礼したべさ! ぜひお二人で!」
ちらりととなりを見上げると、ほんのりと赤くなったレオさんもあたしを見ていた。
「――――ああ。また行かせてもらおう。でもユウリだけでも歓迎してやってくれ。未来の、つ、妻は、ワイン好きだからな」
――――妻…………!
あたしの顔も熱くなる。
そこからはしばらく冷やかされた。
「昨年はありがとうございました。領主様、ユウリ様」
そうきっちりと挨拶をしてきたのは『良品魔炉ガラス工房』のビードロー総工房長だった。こちらも今日は一家で顔を見せてくれた。すっかりなじみとなっている『七色窯』の三人もニコニコとしながらグラスを受け取っていた。
訳アリそうだったビードロー総工房長は、『七色窯』のバルーシャ工房長の息子さんで、副工房長のデルミィの旦那さんだった。ようするにベイドゥのお父さん。
今ではこのドワーフ親子も仲直りして、さらに素晴らしい製品を生み出しているのだ。
「嬢ちゃん! 結婚おめでとうだす! 婚礼用のグラス楽しみにしとくだすよ!」
「親方は飲みすぎだっすよ。もう、朝から飲んでるのだすよぅ。それにしてもユーリ、今日はいつも以上に綺麗だっすなぁ。ねベイドゥ?」
「そうだっす! シュカが似合ってるっす!」
『クー! クー!(そうなの! にあってるの!)』
「あ、ありがとう……?」
ビミョウな誉め言葉に疑問形で返してしまったわ……。
レオさんがククッと笑っているのを感じたけれども、顔を見る間もなく次から次へと声をかけられて、楽しいけど忙しい初仕事となったのだった。
デライト領は北方では一番温暖な地域だし焚火をいくつか置いてあるので、冬の北方でもちょっとは暖かい。
配っているワインは領主様からのお気持ちなので一口分くらいずつだ。でもみんなうれしそうに焚火を囲みながら飲みほしていた。
こうして大変に忙しくなるであろう一年が始まった。
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