* 異世界レッスン
ゴディアーニ辺境伯家での昼餐会から、時は少しさかのぼる。
一年の最後の月。月の半ばを過ぎ、そろそろ年末も近付いてきた忙しいころ。
申し子であることをミューゼリアに告白したフユトは、莫大な魔力を言い訳にミューゼリアのエスコート役をさせてもらうことに成功していた。
この日も新年の神事の打ち合わせでデライト子爵領へ。
手を握りエスコートしながら[転移]したので、もうドキドキのドキドキだ。例え挙動不審で指先をそっとしか握れていなかったとしても、大変ドキドキするのだ。
「ありがとう。フユト」
儚げな笑顔で見上げられると、もうそれだけで(ああっ!! 尊い!! こちらこそありがとうございます!! 女神様、ミューゼリア様!)と北の空に叫んで跪いたあげくゴロゴロ転げまわりたい。
そんなどうしようもない内心を隠し、「どういたしまして」と精一杯の紳士モードで(肩に真白のニワトリ神獣セッパを乗せ)玄関までのアプローチをエスコートするのだった。
前子爵邸で談話室のテーブルを囲んだのは、レオナルドとミューゼリアとフユトの三人だった。
ユウリは調合の師匠のところに行っていて不在で、セッパは少しさみしそうだ。
用件である神事の打ち合わせはすぐに終わり、ついでに王城の方の神事についても詳しい話を聞き、場がリラックスしたところでフユトは気にしていた本題を切り出した。
「――――あの、レオナルドさん。前から相談があると言われていてずっと聞けなかったんですけど、どういった話だったのでしょうか…………?」
「ちょっと待って、それは私が聞いても大丈夫なのかしら? 席を外しましょうか?」
「――――いや、ミューゼリアがいても大丈夫だと思うが……彼の故郷の話は、聞いてるか?」
「ええ。フユトが光の申し子だというのは、先日教えてもらったわ」
「それなら問題ない。いや、その、な…………ユウリたちの前の世界の話を聞かせてもらいたいと思ってな」
「あら、それは私も興味があるわね」
「それは、もちろん構わないんですけど、どんな話を……?」
「それは、その、好意を伝えるとか、け、結婚を申し込むとか……の、作法を……」
フユトのとなりに座っていたミューゼリアが未知の生物でも見るかのような目をしている。
――――そんな風に見ないであげて!!
レオナルドの気持ちが痛いほどわかるフユトは、内心で血の涙だ。
「――――好意は、伝えてないんですか?」
「伝えた、と思う。伝わったとも思うんだが」
きっと、ユウリはどう返せばいいかわからなくて、そのまま時間が過ぎてどうしたらいいかわからなくなっているのだろう。
そっちもなんとなく気持ちがわかるフユトだ。
「結婚の申し込みに作法はないんですけど、よく聞くやり方でしたら、綺麗な景色が見える場所で結婚の申し込みとともにバラの花束と指輪を贈るとかですかね……?」
ベタ過ぎるか。そして盛りすぎか。
あちこちで聞いたことがある話を全部詰め込んでしまったかもしれない。けれどもフユトもフユトの周りも実際の体験談としてのそういう話はなかったので仕方がない。
「指輪は――――前に贈ったものをつけてくれているから、他の……」
そういえば、ユウリは薬指に指輪をしている。どことなくうれしそうで大事にしているようだった。
レオナルドもそれをなんとなく察していて、まんざらでもないようす。
フユトは、これが両片思いとかいうやつか爆ぜろと思った。
「バラの花はなんでもいいのかしら」
「赤色のバラですかね。花言葉というのがあって、花ごとに意味があるんです。たしかバラは色ごとであったような…………あ、すみませんちょっと失礼します」
『クォッ』
トトトとくっついて来たセッパも連れてトイレに行き、こそこそとスマホを出してダーグルで調べる。
「――――ええと……、うわ、いろいろある! 赤でも何個も意味あるじゃん……。まぁ有名なやつだけでいいよな。赤はあなたを愛しています、白は尊敬と純潔、ピンクは可愛い人……尊敬する可愛い人を愛していたらどうすればいいんだよ」
『クォクォ』
「え、いろんな色の花束にすればいいって? ヤバ、うちの神獣天才じゃね?!」
セッパはお役に立てて何よりといった風にファサっと羽を広げた。
フユトは相棒の首元をこしょこしょと撫で、魔法鞄から紙を出して花言葉の主要な部分だけを紙にメモしていく。
色だけじゃなく本数にも意味があるらしいので、それもいくつかピックアップして書いた。
談話室へ戻り「赤いバラの花言葉は“あなたを愛しています”で、白は――――」とバラの花言葉を披露すると、レオナルドは「赤いバラを手配する」と言った。
「どうも本数も意味があるみたいなんですが、こちらはそんなに有名ではないので、もしかしたらユウリは知らないかもしれないです」
「そうか。それでも一応聞いておこう。本数で意味が変わるんだな?」
「はい。1本だと“一目ぼれ”や“あなたしかいない”で、2本は“この世界はあなたと私だけ”とかですね。99本で“ずっと好きでした”、999本で“何度生まれ変わってもあなたを愛する”となるらしいです」
「よし、999本用意しよう」
さすがのフユトも(え、重!!)と思ったが、口には出さず若干ひきつった笑顔を見せるにとどまった。
ミューゼリアは夢見るようにおっとりと笑った。
「フユトとユウリのいた国は夢があってステキだわ。バラにそんな意味があるのね。しかも相手が意味を知らないかもしれなくても、ひっそりとその思いを込めて贈るなんて。私たちの国の告白に使われる白バラは、どちらかというと現実的なのよね」
「そうだな。こちらの白バラは道具に近い。だがバラの花は好きな者も多いし、花言葉とやらを広めれば、思いの告げ方もまた変わってくるかもしれないな」
案外策略家であるレオナルドがそう言うので、こちらの国でもバラの花言葉が使用される日も近いかもしれない。
脳筋っぽいキャラだというのに、この子爵様の経営手腕は素晴らしい。だからきっと上手く商売に繋げて、さらに自領を豊かにしていくのだろう。
前子爵邸を出てまたエスコートして歩くと、ミューゼリアがふと横を歩くフユトを見上げた。
「――――誕生日に、バラを贈ればよかったわ」
「俺の、ですか……?」
「ええ」
フユトの誕生日は先週だった。
ミューゼリアからワインを贈ってもらって、とてもうれしかったのだが。
「…………ワインもうれしかったです、よ…………?」
「そう、ではバラはいらない?」
「い、いります! いただけるなら大変うれしいです!」
「何色がいいのかしら?」
――――――――な、何色?!
そんなこと聞かれたらフユトはわけがわからなくなって、いっぱいいっぱいで。でも、根は正直であまり凝ったことができない性格なので。
「あ、赤! 赤がいいです! 赤色をくださいっ!」
ぺろっと本音を叫んでいた。
ミューゼリアはほんのりと頬を染めて、クスっと美しい笑みを見せて言った。
「わかったわ。来年は贈るわね」
―――――――――――――――はい?!
フユトはミューゼリアの手を掴んだまま(肩には真白なニワトリ神獣を乗せたまま)、固まった。
――――え……え……?! 赤いバラを来年贈ってくれる…………? え、あなたを愛していますって意味だって、俺、さっき言ったよな? 欲しいって言ったから贈ってくれるだけ……だよ、な? でも、誕生日にバラを贈ればよかったって…………。え、え?! なんで?! どういう意味――――――――?!?!
そしてここにまた一人、迷える光の申し子が誕生したのだった。
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