申し子、攻防戦


 大変なものを贈られてしまわないようがんばる! と息巻いて来たものの。

 昼餐会の前に通された談話室で、すでに劣勢です――――!




 本日、ゴディアーニ辺境伯家はゴディアーニ夫人を除くみなさまが大集合していた。

 冬休みで学園から帰ってきているエヴァの息子くんも来ていた。


「はじめまして。ユウリ・フジカワと申します。お城でお母様といっしょに働いていたんですよ」


「はじめまして、ユウリ様。お会いできてうれしいです。ロシェとお呼びください。神獣様がいるって聞いていて楽しみにしてました」


 すでに視線がチラチラとシュカに向いている。

 目元がエヴァにそっくりなほっそりとしたかわいらしい少年だ。

 11歳になったって聞いているけど、受け答えはすごくしっかりしていた。

 レオさんに抱えられていたシュカはロシェの方へ。

 今はフローライツ・フリーデ兄弟に挟まれてシュカを抱っこしている。

 仲良さげで微笑ましい。


「さぁ、ユウリ嬢。挨拶も済んだところで、どんな城がいいのか話をしようじゃないか」


 ほのぼの眺めて癒されていたのに、ゴディアーニ辺境伯は最初からすごいグイグイ来る!

 城は石造りがいいのか白壁がいいのかレンガがいいのか聞かれてるし!

 当然建てるものとして話が進んでるんだけど!


「木材も石材も町ひとつ分注文してある。どんなものでも作れるぞ」


 町ひとつ分…………。

 規模の大きさに気が遠くなった。


「ゴディアーニ卿、それはあの、レオさ……レオナルド様の城に使っていただいてもいいのかと思いますが……」


「レオは自分の城くらい自分で建てるだろう。まぁ、ダンジョンもできることだし、そちらの資材は別に押さえてあるがね」


 別に押さえてあるって…………。


「だからユウリ嬢の城をどうするか計画を詰めようではないか。塔もいいな。尖塔は空に映えるしな。それとも低く広く羽を広げる白鳥のような形で作るか」


 妙に具体的になってきた!!

 助けて!!

 エヴァに視線を向けるが、困ったように苦笑を返された。

 となりに立つレオさんをちらっと見上げると、こちらもちょっと困っているような顔。


「父上、あまり強くおっしゃらないでください。ユウリが困ってしまう」


 そう言ってはくれるけど、もらえるものはもらっておけばいいのに的な発言をこの間聞いた。中身は本物の貴族様なのよ、うちの領主様。それに末っ子でちゃっかりさんだから!


「お義父様。そんないきなり話を進めてもだめですわ。ちゃんとユウリ様のお話しも聞かないと」


 横から話に入ってくれたのはアマリーヌ様だった。

 援軍現る!

 さすが、次期辺境伯夫人、お美しい上に気遣いもできるお方!


「ありがとうございます。アマリーヌ様」


「いいえ、ユウリ様。やはり女性同士ではないとわからない話もありますもの。お城の形も大事ですけれども、中に何を作るかの方が大事ですわよね? 衣装部屋はおいくつ作られます? いっそ裁縫師テイラーたちを雇ってユウリ様専用オートクチュールを作るのもいいかもしれませんわ! パウダールームも二つはいりますわよね。きっとユウリ様のお城となれば、女性たちがたくさん訪れますでしょうし…………広いサロンも必要ですわね! 美容についてじっくり語り合いたいですわ!」


 ぐふぅ…………。

 全然味方じゃなかった! うしろから撃たれるとは!


「ほう、女性とはなかなか実用的な考え方をするものだ。必要な設備から城の規模を決めればよいわけだな」


「ええ、それがよろしいのではないかしら。お義父様」


 いいえ、全然よろしくないですわ! お二方!!


 次期辺境伯フェルナンド様まで「アマリーヌはさすがだね」とか言い出して、いけない。

 エヴァだけが気の毒そうにこちらを見ている。


「い、いえ、でもですね、わたくしは平民ですし、そのような大きいお城をいただいても落ち着かない……いえ、上手く使いこなせないと思うのです……」


「ユウリ嬢はただ気持ちよく住んでくれればいいのだよ」


「ですが、維持費とかもかかりますでしょうし……」


「そのようなことは心配しなくてよい。うちも事業をいくつかやっているから、そのくらいは大したことないのだ」


「そうだわ、お義父様! きっとワインやお茶やお菓子も必要なはず。ユウリ様専用のワイナリーにお菓子屋にお茶を作る場所も必要なのではないかしら」


「おお、いいところに気がついたな! それも作ろうではないか」


「ええ?! い、いえ、でも、それはもう城というか町なのでは…………」


「まぁユウリ様! それですわ! 光のユウリ町を作ったらいいのですわ!」


「ひ、光のユウリ町…………」


 いやぁ!! 何それ!! せめてフジカワ町にして!!

 ――――って、違う!

 話が恐ろしい方に全力疾走している!

 だんだんあたしが折れればいいだけのような気がしてきて怖い…………。


「レオ、土地は空いているな?」


「はい。ダンジョンができそうなあたりは町二つ分くらい開けてありますから、土地はありますが――――」


「ダンジョンの近くはダメだ。危ないじゃないか。デラーニ山脈の南側はまだ林か?」


「ええ、まぁ……」


「ではそこに町のような城を作るという予定で進めよう」


 えええええええっ?!

 勝手に進めないでください!!!!

 デラーニ山脈の南側って、たしかメルリアード男爵領じゃなかったっけ?

 ゴディアーニ辺境伯はレオさんが領主になる前はそちらも治めていたそうだから、さすが詳しい。

 けど、デライト子爵のお役に立ちたいのに、子爵領からも離れる話になってるし!

 あたしは、ただ、好きな人と同じ場所に暮らしたいなって思っているだけなのに――――。


「ちゃんとユウリ嬢の欲しい施設は作るから、心配いらない」


「いえ、ですが…………その…………」


「薬草園だったか? それもちゃんと計画に入れておく」


「できれば……子爵領に住みたいんです……けど……」


「ああ、たしかにデライト領の方が温暖だし住みやすいかもしれないが、デラーニ山脈の南側も子爵領のすぐ近くで景観もいいぞ」


「ですが…………」


 弱りきっていると、肩にそっと手をおかれた。


「――――父上、ユウリが嫌がっています。それ以上はお止めください」


「レオ、ユウリ嬢は遠慮しているのだよ。こちらでちゃんと察して進めてあげないといけないだろう」


「いいえ、多分本当に嫌がっています。だから、この話はまた――――」


 肩の手は大きく力強く温かい。

 あたしは力をもらったような気がして、ぎゅっとこぶしを握りしめた。

 ちゃんと断らなくては。

 説明すれば、きっと辺境伯もわかってくれるはず。

 レオさんの近くにいたいだなんて、恋人でもないのに言えないけど―――― 調合師として、子爵領の一員として役に立ちたいのだと、領主邸のみんなと盛り立てたいのだって言えばいい。


「ユウリ嬢、嫌がってなどいないよな? レオは女心に疎くて申し訳ない。この先の細かいところはアマリーヌと話し合って――――……」




「いえ、あたしは! 本当にいいんです! ――――レオさんといっしょに暮らしたいから、城も町もいらないんです――――っ!!」




 静寂が空間を支配した。




 ――――――――ああああああああ!! 間違えた!!

 本音の方を言ってしまった――――――――!!!!


 カーッと熱くなっていく顔。


 ――――あたしはなんて場面で本音をぶちまけてしまったの?! レオさんの親兄弟の前で盛大に告白してしまったわよ――――――――!!!!!!!!


 いたたまれなくて両手で顔を隠す寸前、ふわりと体が浮いた。


「――――[同様動ダスチェフォロー][転移アリターン]!」


 抱き上げられて驚いて見上げると、近くにあった顔は慌てているようでもやっぱり整っていて。

 そして多分、あたしと同じくらい赤かった。





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