申し子、やっと


 抱き上げられたまま[転移]で移動してきたのは――――メルリアード男爵領の領主邸の庭だった。青い空と、深い青色の海と、真っ白な建物が見える。

 レオさんはそのまま建物に向かって歩き出した。


「あ、あの、そろそろ降ろしていただいてもいいんですけど…………」


「――――ユウリが大事すぎて降ろしたくない」


 は、はい――――――――?!

 さらにぎゅっと抱きかかえられてしまった…………。


「本当は昼餐会の後にユウリを連れて来るつもりだったのだが……」


 アプローチの段を上り玄関扉の前でそっと降ろされた。

 レオさんが扉を開けると、華やかな香りが出迎え、目に飛び込んできたのは真紅――――――――。

 フロアには、いろんな花器を彩る赤いバラたちがいた。


 ――――何、これ――――……?


 言葉を忘れてそれを見ていたあたしの前で、レオさんがひざまずいた。

 そして赤いバラを一本差し出した。


「――――ユウリ・フジカワ嬢。あなたが好きだ。愛している。俺と結婚してほしい」


「……あ……」


 深い青色の瞳が放つ視線に、射抜かれてしまう。


「ユウリを一生守らせてほしいんだ。いや、本当は光の申し子が俺たちを守ってくれているのかもしれない。だが、俺がユウリを守りたい。ユウリに笑顔でいてほしい。ずっとそばにいる役目をくれないか」


 胸がいっぱいでほろりと涙がこぼれた。

 レオさんは立ち上がり、大きな体で包むように抱きしめてくれた。


 ――――そういえばここへ研修で来た時も…………。

 馬の上が高くて怖くて、降りてから泣いてしまった。

 その後しばらくレオさんが抱きしめてくれた。怖い時はがまんするなって、大丈夫だって。

 最後にあんな風に誰かに抱きしめられて安心したのなんて、覚えてないくらい前のことだ。

 少なくとも両親が事故で亡くなってからはなかった。

 そんな風にレオさんはいつも安心をくれる。

 異世界なんてよくわからない場所で、大きな不安もなく暮らせてこれたのは、レオさんがいたから。


「…………あたしも…………レオさんのことが、好きです…………大好きです…………」


 やっと言えた。

 言いたかったのに、ずっと言えなかった言葉。

 包んでくれていた腕に力がこもって、ぎゅうっと抱きしめられた。


「――――初めて見た時から惹かれていた。多分、腕に飛び込んできた時からだ。俺のところに現れてくれてありがとう。ユウリ」


 体を少し離して、目を合わせると優しい顔が見下ろしていた。


「今日はもうこのまま、ここで飲んでいかないか? ワインを用意してある」


「……はい……。でも、あの、ゴディアーニ家の方に帰らなくていいんですか?」


「いい。あれは父上が悪い。俺も悪かった。ユウリを助けられなくてすまなかった」


「いえ、レオさんはちゃんと止めようとしてくれていました」


「……ユウリは優し過ぎるな」


「そんなことないです。――――昼餐会の後、こちらでいっしょに飲める予定だったんですね。うれしいです」


「いや…………ワインはユウリに結婚を断られた時に飲むつもりだった」


 えっ、断られる前提なの?!


「――――上手くいったらどうするつもりだったんですか?」


「存分に抱きしめられるとしか考えてなかった」


 ――――っ!! レオさんはあたしの顔を熱くする天才だと思います!!

 また顔が赤くなってしまったけど、口元を手で覆い目を逸らすレオさんに、思わず笑ってしまった。


「……あの、あたしもたくさん、抱きしめてほしいです……けど、今は何か作りま――――ひゃっ!」


「――――ユウリ。あともう少しだけ――――」


 結局、あともう少し…………どころではなかったわけですが…………。




 ◇




 やっと腕の中から抜け出し、いつも使わせてもらっている部屋で着替えた。

 魔法鞄に気軽なワンピースを入れておいてよかった。

 まだちょっと恥ずかしくてレオさんの顔が見れないんだけど、厨房の魔保管庫を覗いているうちに落ち着いてきた。

 ワインがたくさん用意されていて、おつまみもしっかりとある。

 干し肉はヤケ酒にいいかもしれない。けど、白身魚のフリッターとかは二人で食べるように用意されてたんじゃないのかな。


「これ、どなたが用意してくれたんですか?」


「料理はマリーと料理長だ。簡単なつまみでいいと言っておいたんだがな。酒は俺が持ち込んだ」


 なるほど。

 きっと、どういう結果になってもいいように、二人がちゃんと用意しておいてくれたんだと思うな。

 ノスサーモンのマリネは祝いの席用のように見事に盛り付けてあるし、赤鹿のステーキも二皿あるもの。

 っていうか、おめでたい感じの豪華なお料理ばかりです……。干し肉とかスノイカの乾かしたのとか、渋めのおつまみはちょっぴりしかないもの。

 当事者よりもよくわかっていらっしゃる……。


 お祝いムード漂う華やかなお料理たちをテーブルへ並べると、レオさんの顔もほんのり赤くなったのだった。





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