申し子、ドキドキが過ぎる


 ビシッと着付けられて、部屋の姿見の前に立っていた。

 シンプルなラインの長袖のドレスは、落ち着いたワインレッド。胸元から肩にかけて白い飾りレースが付いていてアクセントになっている。北方は寒いので、このドレスの上にケープ型のコートを羽織って行くらしい。

 髪は編み込みのハーフアップにされ、いつもよりしっかりと耳元のイヤーカフが見えている。これはレオさんからいただいたデザインがお揃いのやつ。こうはっきり見えるとちょっと気恥ずかしい感じ。


 鏡の中にはシャランとした令嬢風に化けたあたしがいた。

 いや、化けさせられた? 改造?


「――――ユウリ様、完璧です」


 やり遂げたという風に、マリーさんをはじめとするみなさんが笑顔を浮かべた。

 辺境伯家からお手伝いに来てくださっている、もう何度も顔を合わせている方々。ベテランさんたちは、こんな平凡な素材の扱いをよく心得ていらっしゃる。

 みなさんのおかげで頭のてっぺんから爪の先まで磨かれております。ありがたいことです……。


「ありがとうございます……。あたしだけでは、こんなにちゃんとできないです」


「とんでもございません。これがわたくしどもの仕事でございます。ユウリ様はこちらが仕事をしやすいようにしてくださいますので、とても助かっておりますよ」


 鏡越しに見えるマリーさんたちがにこやかにうなずきあっていると、シュカを抱えたレオさんが部屋へ迎えに来た。


「ユウリ、支度はで――――――――」


 顔を合わせた途端、レオさんは目をさっと反らして片手で口元を覆った。

 そしてあたしは目を見開いて、固まった。


 ――――髪、上げてる!!!!


 見慣れないせいなのか、あたしはレオさんの髪を上げてるのに弱い!!!!

 形のいい額の下に綺麗な北方ブルーの瞳が隠されるところなく見えている。

 かっこいい!!!! ステキが過ぎていけない!!!!


 サイドの髪もうしろに流されて耳元のイヤーカフがはっきりと見えていた。

 こんなあからさまにおそろいのイヤーカフを付けて、恋人でもない相手ご実家の昼餐会に参加するとか………………これ、どういう顔をして行けばいいの?!?!


 いろんなドキドキが襲いかかり言葉が出なくなった。

 視線を戻したレオさんが目を細めて手を差し出した。


「――――ユウリ。ドレスがとても似合っている。ワインの……いや、赤バラの妖精のようだな」


 カーッと顔に熱が集まるのがわかる。

 バラの妖精って――――! ワインの妖怪でいいのに!


「……あ、あの、レオさんもステキです……」


 ショートモーニングの上着、中に光沢のあるグレーのベストでかっちりとした装いの中にも華やかさがある。まぁとにかくかっこいい。かっこいいの暴力ではないだろうか。


 自然と自分の手を大きな手のひらの上に重ねた。

 すると、きゅっとしっかり握られた。


 ――――まったくドキドキが治まる隙がないんですけど…………!!


「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」」


 着付けしてくれたみなさんに見送られて部屋を後にした。

 廊下に出るとすぐに軽く抱き寄せられる。


「――――今日は綺麗だが、いつものユウリもかわいいぞ」


 って、耳元でささやかれて魂が半分抜けかけた……………………!!!!


 今日のデライト子爵様は一体どうしてしまったのか。

 さらにじっと見つめられて、


「今日の昼餐会の後に、時間をもらえるか?」


 なんて聞かれたら。

 心臓をバクバクさせながら「…………ハイ…………」と答える以外、あたしにできることなどなかった。






 * * *





(((((――――うちのレオナルドぼっちゃまが本気出しました――――!!!!)))))


 辺境伯家のメイドたちはよく心得た使用人の笑みを張り付けたまま、心の中で拍手喝采した。


『――――ユウリ。ドレスがとても似合っている。ワインの……いや、赤バラの妖精のようだな』


 そう言って手を握る姿は、甘みも色気もまだまだヨワヨワである。

 美しいとか綺麗だとかの誉め言葉は出てこなかったものか。

 しかも最初はワインの妖精と言おうとしたのか。

 そんな酔いどれ妖精に例えては、いくら心の広い令嬢であっても真顔になるというもの。バラと言い直してくれて本当によかった。


 エスコート前の言葉に対してメイドたちの点数は辛い。

 だが、きゅっと握った手。垣間見えた本気。

 メイドたちの応援熱はぐんと上がった。


(((((逃がさないぞ絶対につかまえるってことですか、ぼっちゃまー---!!)))))


 大きい体・厳しい顔・怖い姿と恐れられていた北方の若獅子の本気。

 二度の婚約破棄を経験して、もう結婚などしないのではと思われていた“我らのぼっちゃま”の変化がうれしかった。


 ここに手伝いに来ている者たちは、元々辺境伯家でレオナルドに付いていたメイドだ。現在はゲストに付くことも多く、着付けやヘアメイクはみな一通りできる。

 それでも男爵領・子爵領にお手伝いに来るにあたり、次期辺境伯フェルナンドの妻であるアマリーヌの侍女に新たに流行りのやり方を教わってきていた。

 レオナルドの妻になるかもしれない方に、恥ずかしい格好はさせられないのだ。


 そんな向上心忠義心あふれるメイドたちは、みなレオナルドが学校に入る前から付いている者たちばかりだった。

 メイドではないがこの場で一番若いマリーも、元々ゴディアーニ辺境伯家の遠い親戚の家の娘である。なので、やっぱり子供の時から顔を合わせている。

 婚約破棄後のレオナルドの、何も変わったことなどなかったかのような痛々しい様子をみな知っていた。


 だから、レオナルドの情けなくも微笑ましい、がんばっている姿は本当にうれしいことだった。


「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」」


(((((お二人とも、昼餐会を楽しんできてくださいませ!!)))))


 廊下に出ていく二人を見送り、メイドたちがうれしくもほっとした息をつこうとした時。

 まだ見えていることに気付いていないレオナルドが、ユウリを抱きしめた。


 そこでメイドたちは自分たちの思い違いに気付いた。


 ――――――――さっきは昔から知っている使用人の前だから、控えめな態度だったのか――――――――…………!!


 いつまでも、女性に対してぎこちなく壁があるような態度ではいられないのだ。

 やる時にはちゃんとやる、大人の男に成長していたのだ。



(((((でも、脇が甘うございます、ぼっちゃまー---!!!!)))))



 相変わらず恋愛ごとに関してはどこか不器用で抜けているレオナルドの姿に、メイドたちは残念がりつつもちょっと安心するのだった。





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