申し子、晴れて自由の身


「本日特に異常なし。ユウリ衛士、下番いたします。――――マクディ隊長、短い間でしたがお世話になりました」


『クー!(おせわになったの!)』


 ――――あれ? どっちかっていうとあたしがお世話しに来た気もする。

 敬礼すると、マクディ隊長は答礼もそこそこにウソ泣きしだした。


「ユウリぃぃぃぃぃ! 狐ぇぇぇ! やめないでぇぇぇぇぇ!」


「……え、まだ言ってるんですか。明日からリリーが朝8番に入るんですよね?」


「朝5番が空くし! 朝の中心的衛士がいないんだよぉぉぉ! ユウリ様、お願いします!」


「あたしなんて元々臨時だったんですよ? 就任期間だって短いし、朝もベテラン衛士がいっぱいいるじゃないですか」


「いつ倒れるかわからないおじいたちより、ユウリがいい!」


 そんなひどいことをいい笑顔で言ってもダメです。

 それではお疲れさまでした~と、ひらひら手を振って警備室を後にした。背中から声が聞こえるけど、気にしちゃいけない。


 ヴィオレッタとお茶会の話をするために来るし、なんだかんだとまだ登城することがありそうなのよね。

 だから挨拶は軽くでいいかな。

 通る場所にいる警備の人たちに簡単に挨拶をしながら、東門を後にした。




 秋になり、王城前の公園の木々も薄く色づいている。

 少し前までは明るかったこの時間の空も、陰りを帯びてくる。

 東門から歩いてすぐにあるポーション専門店『銀の鍋』の扉を開けると、カウンターの向こうでベビーピンクのツインテールが揺れた。


「こんにちは、ミライヤ」


『クー!』


「ユウリ、シュカ、いらっしゃい~。そういえば、今日って最後でした?」


 店主で調合師匠のミライヤは、いそいそとシュカにおやつを用意している。今日はブルーベリーに似ているけどもっと水色なファンシーな実だった。なんの実だろう。

 シュカはすごくよろこんでいる。いつもありがたいことよ。


「そうそう。やっと終わったの。なので材料を買って帰ろうと思って」


「ふっふっふ、たっぷりお買い上げくださいねぇ。おまけさせていただきまーす」


 そう言われてしまったら、たっぷり買うのみ!

 いつの間にやら仕入れられていたライシナモンも買い足しておく。


「また今週末に仕入れに行くんですよぅ。ユウリはだいじょうぶだと思うんですけど、週末に困らないように買っていってください」


「あ、そうなのね。仕入れ旅って楽しそうよね。今度は何を買いに行くの?」


「主にきのこですね。きのこが採れる時期なので」


「きのこ?」


『クー?(きのこ?)』


 あっ、うちのきのこ好きの神獣が反応してしまった。

 しっぽがファサファサと揺れている。


「シュカはきのこも好きなんですねぇ? でも、買ってくるのは苦ぁいのや、すっぱいのですよぅ?」


『クー!(食べてみないとわからないの!)』


 そのあくなき探求心は見習いたいところよ。


 ミライヤの話によると、採ったばかりのものを魔法鞄や保管庫で保存しておけばいつでも新鮮なものが使えるし、ドライにして使うことも多いから、本来ならこの時期に買う必要はないんだそうだ。

 だけど、いい産地のいいきのこは売れてしまうから、きのこ採りの時期になったら早々に買いに行かねばならないと。

 さすが、素材にこだわる調合師は違う。買う方としても頼りになるってものよ。

 使うものも売るものも、ワタシが納得したもののみです! と、ミライヤは胸元でこぶしを握った。


「そういえばきのこって調合に使ったことがないかも」


「基本的に治癒薬に使われるんですよぉ」


 いつも作っているのは魔力を回復する回復薬で、治癒薬は病気やケガを治す調合液ポーションだ。

 調合説明を始めて聞いた時に、治癒薬の方は手を出しちゃいけない部分だと思って以来避けてきた。

 日本でいえば製薬みたいなことだもの。栄養ドリンク的な回復薬ならともかく、こんなシロウトが手を出しちゃいけないって。何かあった時に責任取れない。


 でも、この間、レオさんが間違って飲んでしまった時。

 もっとちゃんと勉強しなければいけないと思ったのよ。

 調合をするのなら、回復薬だって調合なんだし、そのちょっと怖い気もする治癒薬も含めて、基礎から学ぶべきだって。


「――――治癒薬、ね。あたし、この国の調合をもっとちゃんと勉強したいんだけど、そういうのってどこで学べるのかな?」


「おお! 白狐印が治癒薬にも進出ですね?! ぜひうちにも卸してくださいね?!」


 目の中がお金印になっているミライヤに両手をぎゅうと握られる。

 ええ、でもまだ作れてもいないんだけど……。


「ワタシが教えられることは教えますけど……って、そうだ、師匠から紹介してほしいって言われていたんでした!」


「え、そうなの?」


「はい。なんか、師匠がすごくユウリを気にしていて。なんでしょうね? 他国の調合師とだけ言ってあって、白狐印の話もしていないんですけどねぇ」


「なんだろう。でも、嫌われているわけじゃないならお願いしてもいい?」


「もちろんですよぅ。年末年始に実家に帰るので、よかったらその時にでもいっしょに行きましょう」


 ミライヤの実家はどのあたりなんだろう。

 そういえば、お祖父じいさんが調合師でこの店をやっていたと聞いている。

 師匠ってお祖父さん? いや、親御さんかもしれない。

 薬草に詳しいミライヤは、きっと自然が多いところで育ったんだろうなと感じる時があった。だから実家がある領は、森が多くて自然豊かなんじゃないかな。

 まだ見ぬ町を想像して、あたしは年末年始を待ち遠しく思うのだった。





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