申し子、助っ人最終日


 特にこれといった事件もなく、ひっそりと最終日になった。

 朝一でリリーに「また時々戻ってきてくださいね」とか言われたけど、イヤよ。お断りいたします! 今度こそスローライフに突入するわよ。

 下番したら『銀の鍋』によって調合の材料をたっぷり買って帰ろう。


 昼休憩に入り納品口へ行くと、〔納品金〕に男性衛士が立っていた。

 ヴィオレッタは休みってことか。

 最後に挨拶くらいしたかったけど――――と思いながら外へ出ると、休憩所にドレス姿のゴージャスなご令嬢発見。その向かいには、これまたお目立ちになっている大きな近衛団黒服のお姿が。え、ロックデール団長とヴィオレッタ? デート?


 ヴィオレッタがこっちを見て手を振っている。それを見て団長も振り向き手を振った。

 ――――もしかしてヴィオレッタ、待っててくれたのかも?

 二人のところへ行くと、シュカは当然のようにロックデール団長の膝の上を陣取った。

 これは美味しいお肉をくれる人だとわかっている……。


「――――団長、ヴィオレッタ、お疲れさまです。……デート、ですか?」


「――――な、な、ななにを――――!」


「おお、それもいいな。ヴィオレッタ、こんな色気のないところで悪いな?」


「ロックデール様まで、何をおっしゃるんですの?! さっき、こちらでお会いしただけですわよね?!」


 真っ赤になったヴィオレッタに微笑ましくなる。

 そして、さすがロックデール団長よ。余裕の返しだったわよね。


「ユウリが最終日だしと思ってな。よかったら昼食をと思ったんだが――――ま、女性同士でゆっくり楽しんでくれ」


 そう言って、団長は立ち上がりシュカをあたしへ返した。


「シュカ、また今度な。肉は袋に入ってるからな。ご主人様にもらうんだぞ」


『クー!(わかったの!)』


「え、これ団長の昼食では――――?」


「いつもの美味い食事のお礼だ。じゃぁな、ユウリ。臨時で入ってくれてありがとな」


 爽やかな笑顔を残して、去っていかれました。

 あっ、ワイングラス、レオさんが持っていくって言ってたって伝えればよかった。


「……素敵ですわね……」


「ホントにね。どっかのマの付く隊長とは大違いね」


「まぁ、ユウリったら……うふふふ」


 その扇子で隠した笑顔! 怖っ!

 ロックデール団長から渡された紙袋の一つ目を開けてみると、骨が付いたラムチョップのローストだった。美味しそうな焼き目と香ばしい香りよ。『零れ灯亭』のラムは臭みもなくて美味しいの。

 シュカも匂いでわかったのか、もうしっぽをファッサファッサさせている。

 あとはサーモンソテーとオムレツ。それにサラダとパンと焼き菓子まで入っていた。


「――――団長の差し入れ、たくさん入ってる。ヴィオレッタもいっしょに食べようよ」


「――――わたくしも食事を持ってきたのですわ。白狐様はこちらへいらっしゃる? お肉を食べさせてあげましてよ?」


『クー!(行くの!)』


 ヴィオレッタがテーブルへ出したのは豪快な盛りのローストチキン。四つに切り分けてあるから、多分鶏がまるまる一羽分だ。周りにはローストされた野菜たちが彩りよく乗せられていた。

 いくら魔法鞄だとはいえ、レースが付いたエレガントなバッグから鶏が出てくるとか。一瞬固まったわよ……。

 ロックデール団長の差し入れとヴィオレッタの差し入れとで食べる物がたくさんになったので、あたしはお茶と果実水を提供することに。


「ユウリのお茶は本当に美味しいですわ。体もすっきりしますし。こちらは売りませんの?」


「えっ、考えてなかったけど……売れると思う?」


「ええ。わたくしが箱で買いましてよ」


 ……心強い。

 じゃぁ、それも販売品として考えてみようかな。


「ヴィオレッタの持ってきてくれたチキンも美味しい。しっとりしてるのに香ばしいし。『零れ灯亭』じゃないわよね」


「ええ――――うちの料理人に伝えておきますわね」


「えっ、わざわざおうちから持ってきてくれたの?」


「――――べ、別に、用があって家に戻ったついでに焼いてもらっただけですし、大したことじゃございませんわ」


 赤い顔でそんなことを言われても、かわいいだけです。

 ヴィオレッタは華麗にナイフとフォークを操って肉を切り分け、シュカに食べさせた。


『クー!(おいしいの!)』


「シュカも喜んでるみたい。ありがとう。最終日に挨拶くらいしたいなって思ってたから、ここで待っててくれてうれしいな」


 そう言うと、ますますツンデレ令嬢の顔は赤くなった。

 食事をしながら、こんな美味しい料理を食べているとワインが欲しくなるわね。という話になり、「――――そういえば」とヴィオレッタが切り出した。


「前に招待していただいた販売所……でしたかしら? あれはいつから始めますの?」


「冬って話になっているわよ。秋は収穫とかでみんな忙しいから、冬の方がお客さんが来るだろうって」


「あら……では、間に合わないかしら……。実は、わたくしの誕生日に、小さいお茶会を開く予定なんですの。それで、お料理もおいしかったし、あのお店を貸切らせていただけないかと思って」


「ヴィオレッタ、誕生日はいつ?」


「秋の終わりなんですの」


「その時期なら、だいじょうぶかも。練習も兼ねて事前にお招きする会をいくつかするって言ってたし」


「まぁ! それならぜひお願いしてもよろしくて?」


「一応、オーナーと料理長に確認を取って、連絡するわね」


「ええ。待ってますわ」

 

 衛士を辞めた後にやることがいっぱいになってきた。

 調合に料理、ダンジョンもできるかもしれないし。

 でも、まずは販売所の開店かな。って、そうだ、とにかく名前付けないと。

 夢見たスローライフ(やることいっぱい)がとうとう始まるわよ――――!

 あたしは心の中で明日に向かって祝杯を挙げたのだった。




 ――――それにしても、シュカ。

 チキンを食べさせてもらいながら、こっちのラムをチラッチラッと見るのはどうかと思うわよ?










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いつもお読みいただきありがとうございます!


警備嬢 2巻 6月発売です!


詳しくは追ってお知らせします(*'ω'*)


近況ノート

https://kakuyomu.jp/users/kusudama/news/16816452219709276634





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