申し子、神獣と大地を駆ける


「シュカ、危ないのはどっちの方向?」


『クー!(この先なの!)』


 やっぱり、前の馬車の方向――――!


 中にいるように言われたけど、おとなしく待っていられなかった。

 馬車の扉を開けて外へ出ると、変な感じがする。聞こえるか聞こえないかくらいの音のような振動のような何か……。

 ――――もしかして地鳴り……?


「ユウリ様! 中でお待ちください!!」


 馬車から飛び出すと、焦ったような顔をしたアルバート補佐が言った。

 馬車に繋がれた馬は、そわそわと動き落ち着かない様子を見せている。

 腕に抱いていたシュカがふわりと前に降りながら、大きい姿へ変わっていた。


『ユウリや。あの馬車の向こうが危ないぞ。魔の気がふくれておる。――――出てきそうじゃ』


 フェンリルのような姿になったシュカが、厳しい目で先を見ている。


「――――レオさんに伝えなきゃ…………!!」


 とっさに駆け出すと、白いモヤモヤが胴の周りに巻き付き、次の瞬間にはシュカの背中の上に乗せられていた。


(『急ぐぞ』)


 白いモヤモヤはモヤのくせにがっちりと巻き付いている。しっかりと固定され危なげないおかげか、怖さも忘れて前方に集中していた。


 避難が間に合えばいいけど、いざとなったら、馬車ごと[同様動][転移]の魔法をかけて移動しよう……!


 疾走するシュカの背の上でそう考えていると、[強化]を使ったらしいレオさんが一足先に馬車に追いついたのが見えた。


『――――間に合わぬ! ユウリ、魔の気をもらうぞ!』


 シュカはそう吠えると大きく息を吸った。止まったかと思うと身を震わし、開いた口から、すごい勢いの風をゴウッと吹き出した。


「うわ…………!」


 白をまとった風が激流のように前方へ流れ、馬車を包みすくい上げながら向こうへ追いやる。


 ひとり外にいたレオさんが風に乗り切れず落ちたのを、再度疾走したシュカがモヤで拾い上げ、あたしのうしろへと乗せた。


「――――ユウリ?」


「レオさん! 間に合ってよかった!」


 そしてスピードを増して、なるべく遠くへ――――――――。


 数瞬後、ドゴン!!!! と、ものすごい爆音と共に、土と水がバラバラと降り注いだ。

 とっさに振り向けば、そこは特撮映画のような光景。地面には穴が空き亀裂が走り、噴水のごとく高々と吹き出ている水――――。


「なっ…………」


「水が……湧いたのか…………?」


 背中からレオさんのつぶやきが聞こえた。

 十分離れたところに連れていかれてから、あたしたちは地面へと降ろされた。


「――――ユウリ、シュカ。助かった……ありがとう」


「馬車の中にいるように言われてたのに、ごめんなさい……」


「いや、来てくれなかったら、俺も馬車も危なかった。本当にありがとう」


 レオさんは眉を寄せると、あたしの手を取ってぎゅっと握った。


「いえあたしは何も……。シュカが助けてくれたから――――」


『ユウリの魔の気を使ったのじゃ。ぬしが助けたも同然じゃ』


 ええ? そんなわけないじゃない!

 あたしの中に大量の魔の気があったって、それを使うことができないんじゃどうしようもないし! うまく使ったのはシュカなんだから、シュカのお手柄だと思うのよ。

 押しつけ合うのを見て「だから二人に感謝だ」と、レオさんは笑った。


 風に運ばれた馬車は少し離れたところにあった。中から降りてきた調査の人たちも、吹き出ている水を眺めているみたいだった。


「――――水、すごい勢いですね」


「ああ。まさかこんな場所に湧くとは……」


『あれは水というか――――温泉じゃの』


「え?! 温泉なの?!」


『うむ。そこそこ熱いようだぞ』


 温泉!! 温 泉!!!!


「シュカ! 成分わかる?! 肩こりよくなる? お肌つるつる?!」


『ふむ――――疲れに効くやつかのぅ。魔の気が濃いのぅ』


疲労回復効果があるってことね?!

あっ、あたしも鑑定してみたらどうだろう? 飲用可なら鑑定できるんじゃ……?

離れた場所で吹き上がっている水を見ながら「鑑定」と言ってみる。


■ 魔素弱泉/食用可 疲労回復効果あり


おお! 鑑定できた! 飲めるみたいだし、問題なく入れる温泉っぽい!


「温泉! レオさん、温泉ですよ?! 魔素弱泉ですって! お風呂作りましょう!」


「あ、ああ。そうだな。だが、まずはダンジョンの調査をしないとならないな。それから、この辺りの地盤を固めて整備して――――」


 そういえば、ダンジョンの調査してたんだった。そっちはこの下でどうなってるんだろ?


『――――このあたりは魔の気が濃くてほんに心地よいのう。これならこの姿のままでいられるというものよ』


 横で座っていたシュカはそう言って目を細めた。



 ◇



「――――シュカ様?! シュカ様ですよね?!」


 振動が収まり、もうだいじょうぶだと見て取ったのか、テリオス調査員がこちらへ駆けてきた。珍しくおめめパッチリでございます……。


『――――う、うむ。シュカじゃ』


「しゃ、しゃべった――――! シュカ様、話ができるんですか?!」


『そうじゃな……』


「神獣がしゃべれるなんて初めて知りました! すごい! すごいですよ!! のどってどうなってるんですか?! ちょっとだけ触らせてもらえませんか?!」


『う、うむ……』


「ありがとうございます!! さっきの馬車の移動もシュカ様がされたのですよね?! あれはいったいどういった魔法なのですか?! うわぁ、不思議だぁ。不思議で不思議だ~」


 あまりの勢いに、大きいシュカもタジタジのもよう。耳、うしろ向いちゃってるわよ。

 遅れてあとの二人がゆっくりと歩いてきた。


「デライト卿、派手な展開になったね」


「本当に。大きい事故もなく出口ができたのは、喜ぶべきことなのだろうがなぁ……。だが、調査の日でよかった。人手が足りなくて困っているんだ」


「ご迷惑でなければダンジョン調査以外に、こちらへ滞在する調査員を派遣いたしますが――――テリオスがいいかな」


「あっ、担当長~。僕ダメです。退職でお願いします~」


 は?

 と、その場全員の視線がテリオス調査員に集まった。

 シュカの白いふさふさの毛に抱きつき埋もれる姿に、みんな察した。


「デライト子爵~、人手が足りてないんですよね~? 僕を雇ってください~」


「…………まぁそうかなと思ったよ」


 文官さんの言葉に全員がうなずいた。

 こうしてデライト領は、好奇心旺盛(過ぎ)で有能な魔法使いメイジ魔書師サークルライターの青年を迎えたのだった。




 

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