申し子、だまされる


 前領主邸に戻ると、ちょうど調査の人たちが到着した後だった。

 昼食を食べたら調査に出発することになっているので、今は談話室に集まっている。

 メンバーは前と同じで、国土事象局のお城勤めの文官さんと、銀髪のベテラン調査員と、眠そうな目の金髪お兄さんテリオス調査員。


 シュカは肩からさっと降りると、レオさんのところへ向かった……と思いきや、途中で手を差し出されて、ベテラン調査員のおじさまのところへ飛び込んでいった。

 ちょっと、シュカ……レオさんがなんともいえない顔で見てるわよ……。


「――――ただいま戻りました」


「……おかえり、ユウリ。向こうの様子はどうだ?」


 ちょっとしょんぼりした雰囲気を引きずりつつ、レオさんが笑顔を向けた。


「エールをとても喜んでました」


 そうか。と言って笑う我が領主様もうれしそう。

 そのとなりに座っていた文官さんが、話かけてくる。


「ユウリ嬢、デライト領のガラス製品を取りにいったと聞いたよ。よかったら見せてもらえない?」


 レオさんの方を見るとうなずいているので、魔法鞄から木箱を取り出して床へ広げた。


「あっ、僕も見たいですー」


 テリオス調査員もそう言って近くへ寄ってきた。

 あたしが緩衝材を外してグラスをテーブルの上に出していくと、手に取っていいか聞いてから文官さんはグラスを手に取りしげしげと眺めている。そして、テリオス調査員は緩衝材と木箱の中を熱心に見ていた。

 え、そっち?


「あぁ、やっぱり箱にも魔法陣を書いてあるんですね」


「そうなんですか?」


 いっしょにのぞきこむと、たしかに箱の下の方に魔法陣がうっすらと浮き上がっている。


「完全に固定化ではないですけど、揺れを小さくする効果が付けられてますよ~。魔法鞄に入れて持ち運ぶなら、このくらいの効果で十分ですよね」


 ということは、馬車で運ぶならもっと効果が大きいものを使うということかな。

 聞いてみると、こういった壊れやすいもので高価なものは馬車では運ばないのだそうだ。やっぱり、魔法鞄が一番いいんだって。


「というか、グラスに[硬化]の魔法をかけておくと壊れにくいですけど」


 えっ! その魔法って戦闘用じゃなかったの?! 盾にかけたりするんだと思ってた!

 封印の時みたいに勘違いしてたかも…………。


「[硬化]って、戦う時に使うんじゃないんですね……?」


「あ、いえ、戦う時に使うのが一般的ですねぇ」


 なんだ、あたしの認識で合ってたんだ。


「そうだな。俺もガラスに使うのは初めて聞く」


「私も初めて聞いたよ。おもしろいね」


「あー……貴族の方はやらないんですか。では、庶民の生活の知恵ってやつですね」


 テリオス調査員が苦笑している。

 庶民的には当たり前のことらしいんだけど、ガラスに[硬化]って壊れにくそうでいいと思うの。もっと早くに知りたかったくらい。

 ブドウの実のグラスを買い取らせてもらって[硬化]をかけてみた。見た目は全く変わらない。


「……魔法陣が浮き出たりはしないのね……」


 手元を見ながらつぶやくと、テリオス調査員がその説明もしてくれた。

 魔法陣を定着させた魔法道具だと魔法陣が浮き上がって見えるのだそうだ。家魔具も内部を見ればだいたい書いてあるとか。

 あ、よく考えれば、いつも魔法を使っていて魔法陣が浮き上がったことはなかったな。はずかしい……。


「なので、この保護包みの方は魔法陣がないんです~」


「あっ、こちらは魔法で作られているんですね?」


「ですです~。スライムを捕まえて引っ張って薄く伸ばして、[硬化]で……」


 え! これスライムなの?!

 スライムって見たことないけど、むにょーと伸びてつるつるむちむちな感触は、ゲームで見たイメージに近いものがある!


「スライムって役に立つ魔物で素晴らしいですね!」


 あたしは保護包みと呼ぶらしい緩衝材を手に取って、まじまじと眺めた。

 すると、周りのみんなが笑うんですけど。なんで?


「普通のご令嬢なら『キャー!』とか言うんですけどねぇ」


「あっ、なんか、ごめんなさい……?」


「テリオス。だめだよ、ご令嬢にそんな冗談を言っては」


 そういう文官さんも笑っている。レオさんまで!


「ユウリ、スライムを褒めているところ悪いんだが、それはスライムじゃなくてペペルリーフという植物だ。実を包む柔らかい部分がそれの素になっている。この辺りでも採れるんだぞ」


 ――――ダマサレタ!


 目をクワッと見開いて、だましてくださった相手を見ると、まだ笑っていらっしゃる…………まぁ、みんな楽しそうだからいいか……。


 でもこれ、植物から作られてるんだ。それなら食器とか口に付けるものを包むのもイヤな感じしないかも。


「ごめんなさい、ユウリ嬢。だますつもりはなかったんですけど、ちょっと驚かせてみたくなっちゃって……」


 そう言って、テリオス調査員が小さいビンを差し出した。

 コルクで栓がしてあり、中には水色の玉がいくつか入っている。魔粒に似ているけど色が違うし大きいし……宝石?


「これ、あげます」


「え……これは……?」


「使ったことないですか? ああ、ユウリ嬢は他国の方でしたっけ。これ魔石っていうんですよー。スライムの核です。全部僕がとってきたので保証します。スライム純正ですよ」


 魔石? スライムの核?? スライム純正????

 ――――新たな異世界ワードがいろいろきた――――!

 転移してきて数か月。

 やっぱりそんな短時間で、異世界をすっかり理解したなんてことはないんだよねぇ……。

 あたしは目の前の変わり果てたスライムを、まじまじと見たのだった。






 現地調査に向かう馬車に揺られながら、手元のビンを眺める。

 受け取るのを遠慮したんだけど、お詫びだし大した物ではないとかなんだかんだ言い含められて、結局いただいてしまったのよね。


「――――ユウリに魔石の話をしたことはなかったな」


 向かいの座席に座るレオさんが、ちょっとだけ情けない顔になっている。

 今日はアルバート補佐が御者なので、馬車の中は二人と一匹だった。


「すまなかった。知らないということを失念していた。……そういうことを教えて補佐するのが俺の役目だと思っていたのにな……」


 後の方は小さい声でよく聞こえなかったけど、レオさんが謝ることじゃないと思うの。


「レオさんはあたしがいた世界のことを知らないのだから、何がわからないのかわからなくて当然だと思います。あの、もしかして、魔石を知らない人ってあまりいないですか?」


「そうだな、学校で習うくらいだからな。この国の者なら、知らない者はあまりいないだろう」


 魔石というのは、魔物の核で、命そのものだという。魔石で動いているものは魔物だと思っておけば間違いないらしい。

 魔獣なんだけど体内に魔石を持っているものもいるとかで、それらはたいがい魔力がすさまじく多く体内に魔石ができちゃったということなんだそうだ。竜とか。竜とか!

 もっとわかりやすく見分けるなら、死んだ時に肉体が残るのが魔獣で、残らないのが魔物。

 ようするに、食べられるのが魔獣。魔物は食べられない! わかりやすい!


 ――――ということは。

 シュカは獣だけど姿を変えたりと魔法も使えて魔力も多そうだし、竜に近い存在なのかもしれない。

 まぁ、食べるところはほとんどなさそうだけど……。

 そんなことを思いつつ、膝の上のシュカを見ると毛がぶわっとなった。


「あっ、違うの……食べようと思ったわけじゃ……」


『クー!(魔の気が強いの!)』


 シュカのただならぬ様子に、思わず声をあげた。


「魔の気が強い?!」


「!! ――――アルバート! 馬車を停めろ!!」


 レオさんはとっさに小窓を開けて、言い放った。


「ユウリはこの中にいてくれ。前の馬車も止めてくる」


 そう言って、馬車から飛び降りた大きな背中は行ってしまう。

 開かれた扉からは落ち着かない様子の馬の鳴き声が聞こえ、あたしはシュカをぎゅっと抱きしめた。





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