獅子子爵、忙しくにぎやかな日々


 俺がデライト子爵領へ来てから、そろそろ一か月が経とうとしていた。

 領主不在が長かったせいで決済や未処理の書類が溜まっており、片付けているうちに過ぎていた。


 そんな時、魔素と温泉が噴き出した。

 ダンジョンはできるかもしれないとは思っていたが、温泉まで出るとは――――。


 本当に温泉かどうかは正確にはまだわからないのだが、光の申し子と神獣が言うのだからきっと温泉なのだろう。

 その申し子であるユウリも神獣のシュカも、どちらも温泉がうれしいらしく、そわそわとしながら吹き出る温泉を見ていた。


 初めは空高くまで噴出していた温泉だったが、そのうち小さくなってきて、あとはただこんこんと湧いている。


 国土事象局の者たちは、一旦王都に戻って設営準備をして戻ってくるとのことだった。

 国土事象局長官室長であるミールガイヤは、その上司である長官にはユウリやシュカのことを言わないでいてくれるようだ。

 ここは信用するしかない。こちらとしては報告を止める手段もないことだしな。

 より一層ユウリの安全を図るしかないだろう。


 この現場は、しばらく封鎖して、調査を進めることになる。

 調査は国土事象局が主体になるが、領の安全のためには町の自衛団の手を借りなければならない。

 うちの方でも設営して待機しておいた方がいいな。

 一旦、建築不可地区を出たところまで戻り、アルバートに設営用の宿舎と人員を辺境伯家実家から借りてくるよう指示を出した。


「ユウリも邸に戻っているか? 疲れただろう?」


 ここからだと邸は近く、見える場所にある。


「いえ、だいじょうぶです。温泉の方が気になります」


 温泉は湧いてはいるが、すぐには入浴はできないと思うのだがな……。


「レオさん、こちらの国の温泉ってどんな感じなんですか?」


「ああ、町にある共同風呂と変わらないぞ。邸の共同風呂をもっと大きくした感じだ」


「それなら、わりとお風呂だけって感じなんですね」


「…………ユウリのいたところでは、風呂ではないものもあったのか?」


「そうですね、マッサージはわりとどこにでもありますね。人の手でするマッサージと、浴室の外にマッサージする椅子がありました」


「マッサージはわかるが、マッサージする椅子?」


「椅子の肩のあたりに動くボールが付いていて、グリグリされます」


「ボールでグリグリ」


「あとは水着で温水プール……あの、こちらでは海や川で泳いだりします?」


「ああ、する者もいるな。俺は学校の救出訓練で泳ぎを教わったぐらいだが」


「なるほど……あんまり一般的じゃないんですね。ええと、水着という泳ぐ用の服を着て、お風呂に入るんです」


「なぜ、その風呂に入る時は水着というのを着るんだ?」


「それは男女いっしょに入れるお風呂だからですね」


「…………水着というのはどういったものなのだろうか……?」


「…………おへそ見えるのもありますよ?」


 ――――――――――――――――!!!!!!!!

 だめだ!

 なんと破廉恥な!!

 他の男が見るなど断じて許さない!

 我が領の温泉は普通の温泉にする!


 ああ、だが、俺だけが見るなら、それはそれで…………。


「あっ、あたしはそういうのは着ないですけどね?!」


「そ、そうか」


 おかしな話になるところだった。危ないところだった。

 そっと息を吐くと、大きい姿のままでいたシュカが生暖かい目でこちらを見ていたのだった。



 ◇



 しばらくすると、アルバートが[転移]で戻って来た。

 設営用の[簡易宿舎建築]の巻物と[魔物除け建物結界]の巻物を受け取り、まずは結界の方を解封する。


「[解巻物マリリースクロール]」


 巻物は光りながら地面に消え、建物の大きさの魔法陣が浮き上がる。そこへ石と粘土の土台ができ、光は消えていった。

 これで魔獣や魔物などが入ってこれなくなる。


「えええええ?! なんですかこれ?!」


「これは建物の土台だ。魔獣などが入れない結界にもなっている」


 ユウリが目を大きく見開いて、顔が輝いている。

 こういうのはあちらの国にはなかったかのか。

 続けて建築の解封をすると、巻物は魔法陣を経て二階建ての宿舎へと変わった。

 ユウリはといえば――――――――口まで開けて見ていた。

 子どものようだな。かわいい。

 光の申し子、本当に見ていて飽きない。


 俺は建物の入り口に立っている門標もんぴょうに触れ、半透明の画面を開いた。


 =====


 所有者:レオナルド・ゴディアーニ

 土地:デライト領 エスト海岸地区

 税:0

 土地結界:正規

 建物名称:レオナルド・ゴディアーニの仮設宿舎【非公開】


 =====


 このままの状態では建てた者以外は中に入れないため、【非公開】の部分を【公開】に変えて、他の者も入れるようにした。


「さぁ、入っていいぞ」


『クー!』


 一番乗りはシュカだ。小さい姿に戻って、入っていた。

 大きい姿でも入れる大きさだが、建物の中は窮屈なのだろうか。


「おじゃまします……」


 対照的にユウリは恐る恐る入っていく。


「ユウリ様、すぐに椅子などを出しますのでお休みください」


「あ、ありがとうございます」


 アルバートが特大魔法鞄からテーブルとソファを出し、慣れたようすで休憩場所を作っていく。


「レオナルド様、こちらの鞄に宿舎用の家具が入っていますので、あとはお願いします。私は封鎖の方をしてきます」


「わかった」


 ここは領の自衛団と実家から借りてきた者の宿舎になる予定だ。

 ダンジョンから魔物が出てこないとも限らないため、封鎖して関係者以外立ち入り禁止にするのだ。

 出入口の番についてもらうのと、何かあった時のために何人かずつ詰めてもらうことになるだろう。


「領主様、何か仕事ありますか~?」


 入り口から顔を覗かせているのは、さきほど領の人員として雇うことが決まったばかりの若者だった。


「テリオス、向こうの仕事はいいのか?」


「はい。もうこちらの仕事に就くように言われてます」


「そうか、では少し休んだら各部屋の家具の配置を手伝ってもらおうか」


「それじゃ、あたしお茶入れます……んー、回復液の方がいいですか?」


『クー!』


 うれしそうに返事をしたシュカに、テリオスが気づく。


「ああっ! シュカ様が戻ってるじゃないですか!! 戻るところが見たかったです! 戻る時が!!」


『クー!!』


 詰め寄られて、シュカが逃げだした。

 こちらへ来るかなと思ったが、そのまま宿舎の奥の方へ跳ねながら行ってしまった。

 しっぽが揺れていたような気もするから、新人をからかっているのかもしれない。


 ――――テリオスに迷惑そうなふりをしているが、実は気に入ってるな。シュカ。

 

 これからまたにぎやかになりそうだ。

 俺とユウリは苦笑しながら、顔を見合わせた。






 #####


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 https://kakuyomu.jp/users/kusudama/news/16816452218841921592




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