申し子、反省する
次の日の朝。日課になりつつあるレオさんとのトレーニングの後に、昨日作った入浴剤の話をした。
「レオさん、これよかったら、お風呂に入る時に試してもらえませんか? 浴槽に入れて使うんです」
ムグモ入り回復液が入ったビンを五本、レオさんに手渡す。
前領主邸は男女別の大浴槽もあって、レオさんはそこを使っているのだそうだ。
それはそうよね。レオさんの部屋に浴室ないもの。
廊下から入ると、護衛の部屋だと言い張る執務室がある。その奥の窓に面した部屋は寝室になっていて、その二部屋だけがレオさんの部屋だった。
あたしが住ませてもらっている部屋は二階と三階が螺旋階段でつながった二フロア。上の階には寝室やら浴室やらがあって、間取り的にレオさんのお部屋の上にあたる部分もある。控えめにも言っても広い。
なのに、レオさんことデライト子爵ご本人のお部屋が二部屋だけとか!
領主様用の部屋をわけて使っているんだと思う(しかも、あたしの場所の方がかなり広い)んだけど、最初にもっと小さい部屋でと言ったのは却下されていた。
申し子には護衛が必要で、護衛用の部屋がある部屋じゃないとダメだって。それ以上は強く言えなくて今に至っているわけよ。
とにかく、レオさんが大浴場を使っている以上、それに合わせた入浴剤の量を渡すべき。
大きい浴槽に五本では少ないかもしれないけど、薄めのお湯で様子をみてもらおう。
「
「いえ、そういった洒落たものではないのですけど、入浴用回復液みたいな……?」
「ほう。それはおもしろそうだな」
「あっ、あたしの肌はだいじょうぶだったんですけど、ちょっと付けてみて肌に合わなかったら、使わずに報告してもらえると助かります」
「わかった。まぁ、男の肌はユウリよりは丈夫だと思うがな。浴場を使う者たちに言っておこう」
レオさんはうなずいた後、おもしろいものを見るような顔でビンを眺めた。
夕方、お城から前領主邸に戻ると、笑顔を浮かべたレオさんが待っていた。こころなしか肌ツヤがいいような気がする。
シュカはあたしの肩からさっと降りて、レオさんのお腹のあたりで抱きとめられていた。
「ユウリ、あの入浴用回復液はよく効いたぞ」
「あっ、もう試していただいたんですね」
「ああ、少し前にな。首と肩の疲れはなくなったし、肌は滑らかだぞ」
レオさんは上機嫌で自分の頬を触っている。
「――――ユウリも触ってみるか?」
「な、何言ってるんですかっ!」
思わず後ずさると、ハハハと笑われた。
もう! レオさんってば!
からかわれて、ちょっとドキドキしながらそっぽを向いた。
でも肌に合わないこともなかったみたいだし、効果があったならよかった。
「それで、ユウリ。次の休みはいつだ?」
「明日です」
今週は闇曜日と調和日が仕事のため、平日に二日休みがあった。この間の国土事象局の魔素の調査に同行した火曜日と、二日空けて明日の土曜日。その次の休みは、また調査がある来週の水曜日だ。
「そうか、それはタイミングがよかった。ガラス工房へ行ってみないか? デライト領はガラス工芸でちょっと名が知られているんだぞ」
「え、ステキ! ぜひ行きたいです!」
ワイン造りが盛んなこの領では、ワインを入れるガラスのボトルを作る工房も多いのだそうだ。メルリアード領のワイナリーの分もこちらで作られているらしい。
「あの入浴回復液を入れる物を発注しにいこう。――――その……、調合液と間違えて飲んでしまうと困るからな」
微妙にレオさんが目をそらすので、察しました……。
「……飲んじゃったんですね……」
「……回復液と間違えてしまってな……。だが、効果はすごくあったぞ」
ちょっと得意気に笑っているけど、申し訳ないわ……。あのエグニガマズイのを飲ませてしまったなんて。
同じビンだけど白狐印の封をしなければ区別つくかなって、勝手に思ったのがいけなかった。
ビンの大きさを変えるとか蓋に色を付けておくとか、できることはあったのに。
調合液というのは人が飲むものだから、誤飲の事故にはくれぐれも気を付けなければいけない。今回は元々が飲用に作ったものだったからよかったけど、外用のものなら大事故に繋がる。
調合師として、まず最初に気にしなければならない大事なことを、再確認させられた。
「――――元々は飲用に作ったものだったので、悪いものは入ってないんですけど……ひどい味でしたよね……。ごめんなさい。もっと気を使うべきでした」
あたしはそう言って、頭を下げた。
大きな手がポンポンと軽く乗せられて、サラサラと撫でられる。
「――効き目はすごくよかったからな。色付きガラスの入れ物に入れて、貴族向けに売り出そう。入浴用回復液なんて目新しいもの、きっとすごく売れるぞ」
優しい声がかけられる。
怒るわけでもなく甘やかすわけでもなく、そっと教えてくれる人。
――――――――やっぱりこの人が好きだな。
顔を上げると、深い青色の瞳と目が合う。落ち着いたブランデー色の髪に縁どられた顔が、心配そうに見つめていた。
あたしは、笑顔を作って答えた。
「……あの入浴用回復液、たくさん売るほど作れていないんです。また来週、ムグモを採取させてもらってもいいですか?」
「もちろんだ。俺もいっしょに採るぞ。先日の採取で学んだからな、今度はもっとたくさん見つけられるはずだ」
『クークー!(ぼくもムグモみつけられるの!)』
一人と一匹の言葉に、作った笑顔は心からの笑顔に変わる。
反省をして、それを生かして、もっと調合師としての腕を磨こう。
衛士の仕事の役目が終わったら――――前々から考えていた、治癒液を習いに行くのを実行しようと決めた。
――――――――
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https://kakuyomu.jp/special/entry/web_novel_005
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