獅子子爵、登城する 1


 一生守らせてほしい。俺はそんな誓いのような気持ちだった。


「――――来てくれたら、ユウリがずっといたくなるように努力するからな。ユウリが楽しいように、喜んでくれるように、住んでいたくなる努力を続けていけばいいだけのことだ。だからユウリは――――気軽に来てくれ」


 そう放った言葉に、ユウリは泣きそうにも見える顔で言った。


「――――努力なんてしなくても、ずっと住みますよ?」


 胸を掴まれるとはこういうことか――――――――。

 その場では頷くのが精一杯だった。

 だが、手を取り歩いていると、受け入れられたと段々と舞い上がってしまい、抱き上げて城から連れ出してしまったのだが――――。


 冷静になると、領に領民としてずっと住みますという意味にも思える。

 何せ光の申し子だ。こちらの国での常識は時々通じない。

 それでもいっしょに住むことに抵抗がないようだし、ふとした瞬間に純粋な好意は感じるような気がした。

 結婚を申し込んでもいいのだろうか。そう思っていたところを、兄に先を越されてしまった。というよりは父にだな。

 迅速さと行動力は大事なことだと、痛感せざる得ない。


 近衛団に一時的に戻ることになったユウリは、仕方なくという口ぶりではあったが行ったら行ったで楽しそうな様子だった。

「花束退団したし、戻らないのに」などと意味を知らずに言って、悶えそうになった。かわいいが過ぎるだろう。

 テーブルのそばで控えていたアルバートがなんとも言えない顔をしていた。

 花束退団といえば結婚によって退団することだが――――意味を教えたらユウリはどんな顔をするのだろうな。





「今日は俺も登城するから、いっしょに行こう」


 朝食を食べている時にそう言うと、ユウリはほんのり笑顔で「はい」と言った。


 花束退団だと思われたユウリが、また警備をすることになったことを意外でもなく受け入れられたというのは、俺のせいなのだろう。

 婚約破棄を二度経験しているという噂は上流社会では広く知られている。

 そんな男とは上手くいかなくて当然だと思われているのかもしれない。

 いっしょにいるところを見せておけば、誤解も解けるだろう。

 用事もあることだし、ちょうどいいタイミングだった。


 一週間ぶりの登城、門や庭に立つ衛士の間に緊張感が走るのがわかる。


「レオさんはどこに行くんですか? 副団長……じゃなくてロックデール団長に用事ですか?」


「近衛にも挨拶は行くが、主に領税管理局だな」


「税ですか……。領主のお仕事の大事な部分ですよね。お疲れさまです」


 一瞬微妙な顔をしたということは、元いた国でも税があり払っていたのだろうな。


「ああ、ありがとう。また後ほどな」


「はい」


 納品口から入っていくユウリとシュカを見送り、入城の手続きをするため正面玄関へとまわった。

 正面玄関に着くころには入口が開く八時になっており、入るとニヤニヤしたマクディと緊張した面持ちのリリーが受付に立っていた。


「おはようございまーす」


「お、お疲れさまです!」


「おはよう――――今日は一般来城者だ。そんなに固くならなくていいぞ」


 カウンターで名前と入城目的を書き、身分証明具を登録する。発行された来場者用の通行証を身分証明晶に被せた。


 用事があるのは領税管理局と国土事象局だが、どちらにしても長官が来るのはもう少し後だ。

 待つ間に納品口でユウリといれば、誤解も多少は解けるだろう。

 青虎棟の一階廊下を抜けて納品口から外に出ると、入口の方はそこそこ列ができていた。

 ほとんどの局が九時始業のため、下位文官は八時の開錠から始業までの間に来る。

 やはり俺の姿を見て驚く顔をする者が多かった。


『クー!』


 先に気付いたのはシュカで、すぐさま腹の辺りに飛び込んできた。


「――――レオさん?」


「ああ。様子を見にきた。どうだ? 異常はないか?」


「はい。異常ありません」


 綺麗な敬礼をするユウリに答礼をした。もう近衛ではないのだからしなくてもいいものだがな。

 シュカを抱えたまま、ユウリの邪魔にならないように少し離れた壁側に立つ。護衛の仕事のようだ。

 しばらくユウリの仕事ぶりを眺めていると、国土事象局長官が外から入ってきた。


「――――あれ? レオナルド君じゃないか。夫人を連れ戻しに来たの?」


 いきなりの攻撃だ。


「長官。連れ戻すも何も、人手が足りないから一か月手伝いに来ているだけですよ」


「そうなの? 残念だなぁ。うちの息子の嫁に欲しかったのに」


 にこにことそんなことを言って本気か冗談かわからない。人の良さそうな笑顔を浮かべているが、なかなか食えないお人だからな。

 そのうしろに控えている多分長官補佐は、はっきりと肩を落としていた。


「――――で、ここで夫人の護衛をしてたの?」


「長官が来るのを待っていたのですよ」


「あー、そうかそうか。魔脈のその後の話かな。とりあえず部屋へ行こうか」


 三人でユウリが立つ入口から中へ入る。


「ではな、ユウリ。無理するんじゃないぞ」


 通りぎわにシュカを返し、俺は若干の未練を残して納品口を後にした。





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