申し子、ダシにされてた


 納品口から正面口の受付に移っても、似たような状況だった。

 シュカはチヤホヤされてなでられて抱っこされて、『クゥー(おしろ好きー)』なんてゴキゲンだったけど。


 お昼の休憩がそろそろというころに、耳元の空話具が鳴った。


『ユウリ衛士、応答できますか。こちら[納品青]ユウリ衛士に来客です』


「こちらユウリ。来客の件了解。交代後すぐ向かいます」


[納品青]は納品口の青虎棟側、ようするに朝イチで立っていた場所だ。交代して休憩に入り納品口に行くと、待っていたのはエヴァだった。

こぼ亭』で買ってきたからいっしょに食べましょうと誘われて、外の休憩所へ。金竜宮側に立っていたヴィオレッタが何かいいたそうな顔をしてたけど、手を振って外に出た。

 エヴァが手際よく昼食を広げていく。

 黒パンの他、薄くスライスされたローストチキンにオムレツに夏野菜のサラダ。城の裏庭で育てられた鶏、美味しいのよ。

 シュカ用の果実水まで用意してくれていた。半分払うって言ったんだけど受け取ってもらえなかった。


「ユウリー、ごめんなさいね。退団したばかりなのにまた呼び戻すようなことになって」


 エヴァはそう言ってきれいな形の眉を下げた。


「ううん。エヴァが悪いわけじゃないし、気にしないでよ。でもびっくりしたわ。エヴァとペリウッド様が結婚なんて」


「そうよね。私もびっくりしているもの。みんなで食事をした時に、話が合う感じはしたのよ。優しいし。その後、毎日のように会いに来てくれて」


「えっ、毎日?! 何それ! ペリウッド様ってそんな情熱的だったんだ?! って通行許可証は? なんて言って出してもらってたの?」


「始めのうちは面会でって正面口で受付してたのだけど、そのうち謁見で金竜宮へ来たついでって言ってたわ」


「陛下に謁見ってこと?」


調合液ポーションの献上品があるとか」


 !!

 白狐印と陛下をダシにして、会いに来てたのか!!


「先日の調和日に子どもとも会ったのよ。ペリウッド様ったら息子に『将来、ゴディアーニ辺境伯領で働きませんか』ですって」


 お母さんと結婚したいと思ってるとかそういう言葉を想像していたわ……。


「――――結構ペリウッド様が強引に見えるんだけど、エヴァはよかったの……?」


「そうねぇ……前の結婚も向こうから声をかけられて、何回か会って悪くないと思ったら話がまとまったのよね。ペリウッド様もそんな感じで、なんとなくほだされちゃったというか…………」


 エヴァって案外流されるタイプなのかしら。でも、頬をほんのり赤く染めて笑う姿はキレイで、幸せそうだからいいのかなと思った。

 もしかしたらこの国での結婚って、みんなこういう感じなのかも。長い時間かけてお付き合いしたりはしないのかもしれない。


 とにかく二人とも幸せっぽくてよかった。

 最終的に引き受けたのだって、エヴァとペリウッド様に幸せになってほしかったからっていうのが大きい。

 だからまぁ一か月くらいいいわよ。


「でもまさかこんな早く話が進むとは思わなくて。ユウリには悪いことをしたわ」


「だいじょうぶよ。衛士の仕事キライじゃないしね。で、いつから辺境伯領に?」


「もう仕事もないし、明日にでも迎えに来るって言われてるの。行く前にユウリに会えてよかったわ」


 次は辺境伯領で会うことを約束する。

 貴重な恋愛話を聞けそうだから、ぜひにぜひに!

 実は、周りにあんまりそういう恋愛や結婚話しそうな人いないのよね。類友…………?



 納品口に戻るとニヤニヤしたヴィオレッタに声をかけられた。


「ユウリ、復帰祝いに飲みに行きますわよね?」


「ええ? あたしこっちに住んでないから、夜はちょっと無理かも」


「……宿舎に戻ってきてませんの?」


「一か月だけの臨時だもの、レオさんとこから通いよ」


 そう答えると、チベットスナギツネが一匹できあがった。

 ええ……? ホントにこんな早くに近衛団に戻ってきたと思われてるの?


「そうそう、さっきエヴァと会う約束したの。今度、いっしょにゴディアーニ辺境伯領に遊びに行かない?」


「…………モテ女たちの集いになど誰が……いえ、ここはあえて参加してモテを学ぶべき……? ――――ええ! ぜひ行きたいわ! 参加させてくださる?」


 ん……? なんかゴニョゴニョ言ってたような……?


「……うん、ぜひ。じゃ、エヴァとも話して予定合わせようか」


「ええ。楽しみにしていましてよ」


 その美貌で笑顔を見せられるとなかなかの威力よ。

 制帽が目元を少し隠しているけど、ヴィオレッタの美しさは全然隠れていない。スカートタイプの白い制服もきりっと似合い、姿勢よく凛とした立ち姿は目を奪われる。

 これで恋人がいないとか、高嶺の花が過ぎるのかしらね……。




 ◇




「――――そんな感じで、みんな普通におかえりって迎えてくれたんですよ」


「そ、そうか」


 レオさんは微妙な顔で相づちを打った。

 相変わらず広い食堂で二人きりの食事だ。アルバート補佐が控えてくれているけど、なんというか落ち着かないし慣れない。ごはんはとても美味しいんだけど。


「意外ではなかったってことですよねぇ? すぐ戻ると思われてたなんて心外です。あたしちゃんと外でも暮らしていけると思うんですけど」


「……多分、そういう意味ではないな……」


「そういう意味ではない、ですか?」


「ああ。多分、ユウリのせいではないと思うぞ……?」


「そうですか……? 花束退団だったのに残念だねって何人にも言われたんですけど、円満退団ってことですよね? もう、ちゃんと花束退団したし、戻らないのに」


 ガチャン!!

 フォークをお皿に取り落としたレオさんが、赤くなって慌てている。


「す、すまない。失礼した」


 フォーク落としたくらい全然気にしないです。

 にっこりと笑いかけると、レオさんは片手で口を覆って横を向いてしまったのだった。





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