申し子、出戻ったわけじゃない


 早朝、日課のトレーニングをしに庭へ。

 エントランスの方ではなく、奥庭というか部屋から眺められるメインの庭。庭っていっても今は雑草もなければ他もなんにもない。

 がらんとした空間を北方の涼しい風が抜けていく。


 腰のホルスターから特殊警戒棒に似た短杖ワンドを抜き、振り下ろした。

 伸縮式のそれは杖先が伸び、つばが出現し、白いモヤモヤがまとっている。


『クークー!!(早く早く!)』


 付いてきていたシュカがピョンピョンと飛び跳ねて白いモヤにかみつき根こそぎ奪っていった。

 すぐにまたモヤモヤしてくるからいいんだけど。

 ハグハグと夢中で食べているシュカを横目で見ながら、丸裸にされた棒を構えて打ち込んでいく。

 慣れた動きをしていると、考えてしまう。


 ――――あたし、レオさんにずっといますよって言ったわよね…………?


 ずっといたくなるように努力するとか、なんか顔が赤くなるようなこと言われたから、そんなことしなくてもそばにいるって言ったつもりだったんだけど……。

 もしかして、ただここの領民としているって意味だと思われてたりして。

 なんというか依然、お付き合いしているとか恋人とか、そんな気がしない。って言っても恋人なんていたことないけど!


 レオさんはとなりの執務室に住んでいる。

 廊下から入ってすぐが広い執務室になっており、その奥の庭が見える部屋が寝室。それだけ。お風呂も他の人も使っている共同のを使っているらしい。

 あたしの豪華な部屋と全然違うんですけど! 領主様を差し置いてあんな立派な部屋に住んでいるのってどうなの。


 レオさんの考えることはわからない。いや、異世界のことはわからないというべきか。いやもしかしたら、貴族のことがわからないって話なのかもしれない。

 誰かに話を聞いてみよ――――――――。


「――――朝からがんばってるな」


 ひゃっ! って口から出そうだった!

 考えごとしながら打ち込んでたから気付かなかったらしい。

 動きやすそうな服装のレオさんがこちらへ歩いてきていた。


「お、おはようございますっ」


「おはよう。こっちの朝は涼しいな」


「そうですね。気持ちよくて練習も快適です」


 そうか。とレオさんが笑った。


「練習人形をここに設置してもいいな」


 え?! 貴族のお邸の庭にあの藁人形?!

 なんてこと言うんですか!


「そ、それは景観を損ねませんか?」


「そうか? 何もないし、せっかくなら役に立つものがあった方が――」


 レオさんに任せていたら、ステキな洋館が合宿所にされてしまう!

 庭師を泣かせてはいけないわよ。


「これからステキなお庭になっていくんじゃないでしょうか!」


「それなら――――ユウリさえよかったら俺が相手をしよう」


「ええ?!」


「……無理にとは言わないが……」


「あ、いえ! うれしいです! こんな早い時間からいいんですか?」


「ああ。俺も体を動かさないとな」


 レオさんの腰に付けられている小さな魔法鞄から、短杖が出された。レオさんも短杖なんて使うんだ。

 いつも長い剣を腰に下げてたから、不思議な感じ。

 あたしのより少し太めでしっかりした木製の短杖だ。


「どこからでも打ち込んできていいぞ」


 レオさんは軽い感じに杖を前方に構えた。

 あたし、実は人に打ち込んだことがない。日本ではただただすぶり練習するばかりだったし、実際に犯罪者に遭遇するという場に居合わせたこともなかった。

 なのでつい加減して踏み込むと、レオさんは受けながら笑った。


「さっき打ち込んでいたくらいのならだいじょうぶだ」


「……はい」


 と言われても、一人でやっていた時のように勢いよくは打ち込めなくて苦笑されてしまった。


「では、ここに打てるか?」


「はい」


 胸くらいの高さの杖先に打ち込む。


「――――そうだ。そのまま十回打ち込んで。――――次はここだ」


 次々と変わっていく場所へ打ち込んでいく。すると、打つのが苦手な場所があるのがわかった。

 普段、下段打ちと中段打ちばっかりやっているからだわ。さすが元近衛団の団長、教えるのが上手い。

 息が上がってきたところで終了。ちょっと長くやり過ぎたかも……!


「――――レオさん、ありがとうございました!」


「ああ。俺も楽しかった――」


「また機会があればよろしくお願いします!」


 ピッと室内の敬礼お辞儀をして、シュカを拾い上げる。

 急いでシャワー浴びて朝食食べないと!

 慌ただしくてすみませんー! と言い残して、あたしは部屋へと走った。






 [転移]後に顔を上げると、道の向こうには『銀の鍋』が見える。右を向けば大きな堀とその向こうに城。見慣れた王城前の公園にいた。

 昨夜マクディ隊長が届けてくれた制服を着て、肩にシュカを乗せ、数日ぶりに見る城壁を眺めた。

 背の高い城壁の手前は幅の広い堀が長く続き、改めて見てもレイザンブール城は大きくて立派だった。

 橋を渡ると東門には元同僚の衛士たちが立っている。


「おはようございますー」


「おはよう、ユウリ。せっかく花束退団だったのに、残念だな」


 優しいおじいちゃん衛士のリアデクが、そう言って苦笑した。

 花束退団って円満退社みたいなものかな。

 あーねぇ? とあいまいに笑って中へ入る。

 会う人会う人みんなそんな感じのこと言うんだけど、一か月限定のヘルプだってマクディ隊長言ってないのかしら。


「おはようございまーす」


 納品口から入ると、金竜宮用の入り口にリリーが立っていた。


「あ、ユウリ衛士とシュカ! おかえりなさい~!」


『クークー!(ただいまなの!)』


「ただいまー……って、戻ってきたわけじゃないわよ。一か月限定で手伝いに来ただけなのに、みんなそんな対応よね」


「え?! そうなんですか? 隊長が『ユウリが戻ってくるー!』って喜んでたから、てっきり――――」


「――――てっきり…………?」


「元団長に三度目の婚約破棄を突き付けて、近衛団に出戻ってきたと思ってました~」


 ひぃぃぃぃ!! みんなそう思って、ああいう対応だったわけ?!


「そういう噂ですよぅ? まぁそうだろうって、みんな納得してます」


「納得って?!」


「元団長がラブラブとかなんかの間違いだったって。ヴィオレッタ衛士が、おかえりなさい会を盛大にやってあげようって張り切ってますよ~」


 ……………どこからツッコんだらいいのか。

 出戻ってきてないし、婚約破棄もしてないし、まず第一に婚約なんてしてない。

 それどころかお付き合いしてるかどうかもわからないんですけど、どうしたらいいんですか?!

 もう、ヴィオレッタの笑顔が目に見えるようよ!


 仕事前だけで、こんなよ。休憩を回しにきたマクディ隊長に文句を言ったけど、あっごめーん。てへ。みたいな返事だった。許すまじ、マク。

 青虎棟の出入り監視の仕事中は、みなさん暖かいお言葉をかけてくれた。一か月だけなんですけどって一人一人に説明できなくて、辛い……。


「――――おや、お嬢さん戻ってきたの? やっぱりうちの嫁に来ない?」


 長官……。

 ニコニコと声をかけてくれるのは国土事象局の長官様。うしろに長官補佐が控えている。


「いえ、戻ってきたとかいうわけではなく――――」


「あー、レオナルド君のとこはデライト領だったっけ。――――ちょっと大変だからよかったかな――――……」


「長官! 早く通ってください! うしろつかえてますからね?! ――おはようございます、お嬢さん。再会を祝して今度お茶でも――――」


「お前も早く来るんだ! バカモン!」


 長官補佐が引っ張られ連れていかれる。

 お約束な感じのやりとりだったわね。けど、長官がなんか言っていた……?

 その後も次々と入ってくる人たちに「戻ってきたんですね」「おかえりなさい」と声をかけられ続け、そういうわけじゃないんですと答え続けたわ。

 ホント、マクディ隊長許すまじ!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る