申し子、スローライフが始まらなかった 2


 お料理自体は本当に美味しかった。

 料理長、さすが金竜宮の料理人だっただけのことはあるわね。

 ノスイカはスコウグオレンジとバターのソースでトマトをいっしょに食べても合う。

 牛は絶妙な火加減で火は通っているけど中はピンクで柔らかく、噛むと爽やかな香草のような香りが広がった。


「この赤ワインは男爵領のですか?」


「正解です、ユウリ様」


「デールなんかは、牛肉には南の方の重いカリコリン種がいいって言うんだがな。俺はこっちの方が邪魔をしない気がして好きだ」


 果実感があって、重すぎず軽くない。


「あたしもこっちの方がなじみます」


 いくらでも飲めそうなキケンさはあるけど。

 食物は産地が同じところのものが相性がいいって聞いたことがある。それでこんなに合うのかもしれない。


 デラーニ山脈の牛は赤ワインと合わせて出したいところだけど、ステーキは違うわよね。

 ケーキとか焼き菓子のティースタンドと対になる感じで、ワインに合う軽食。ローストビーフのサンドイッチとかソーセージとか……?

 あたしは高級赤身肉を噛みしめながら、むうと考え込んだ。






 書類仕事の手伝いをしたり、調合液ポーションを作ったりしながら数日が過ぎた。


 調合液は薬草を採りに行けないので、魔法ギルドから買って来てもらっていた。そういう方法があるって知らなかったんだけど、状態がいつも均一に揃っているので使い勝手も悪くない。

 でも自分で採取したものから作る方が調合液の質はよかった。


 なので書類の山が一段落したら、どこかで採取させてもらえませんか? と領主様にお願いしたところ、案内してくれるって。

 子爵領は何かおもしろい薬草とかあるかな。楽しみ。ワインと軽食も持って行こう。

 そのためにも仕事をさっさと片付けないと!

 手にしていた領内の水揚げ量をまとめた書類を計算済みの箱へ入れる。


 控えめなノックの音がして、執務室へ入って来たのはアルバート補佐だった。


「レオナルド様、メッサ様がいらっしゃってますが」


「マクディか。応接間か?」


「先触れもなかったので玄関でお待ちいただいております」


 ああ、マクディ警備隊長! そういえばメッサさんだったっけ。

 城を出てから一週間経ってないけど、ずいぶん会ってなかった感じがする。


『クー(マクしゃん?)』


 レオさんの膝の上で寝ていたシュカがひょこっと首を上げた。


「――――何かあったんでしょうか」


 あたしとレオさんの間に緊張感が走る。


「そうだな……何かあったら訪ねてくるように言っておいたから、そうかもしれない。――――とりあえず会おう。応接間に通してくれ」


「承知いたしました」


 アルバート補佐が引き返していく。

 レオさんはやりかけの書類をささっと終わらせて立ち上がった。


「ユウリはどうする? ひさしぶりにマクディの顔でも見にいくか?」


「同席してもいいんですか?」


「聞かせられない話なら、改めて席を外せばいい」


「それじゃ、お邪魔します」


 応接間は一階の玄関近くにある。

 開いたままの扉から入ると、ソファに座っていた制服姿のマクディ隊長が勢いよく立ち上がった。


「――――狐!」


『クー!(マクしゃん!)』


 シュカがレオさんの腕の中からぴょーんと飛び出して、マクディ隊長に受け止められている。


「……マクディ、久しぶりだな」


「……マクディ隊長、シュカに会いに来たんですか……?」


「お邪魔してまーす。狐とはこの前の飲み会で友情を深めたもんなぁ?」


『クー! (ゆうじょうなの!)』


 そうですか。

 先日、合コン……じゃなくて、エヴァとヴィオレッタの歓迎会と『銀の鍋』の親睦会を兼ねた飲み会があった。


 その時たしかにミライヤとヴィオレッタに挟まれて、エクレールとマクディ隊長とそれに抱っこされたシュカはぎゅうぎゅうとひっついてた記憶はある。

 酔っぱらったあの二人に勢いで来られたら、震えながら身を寄せ合うしかないわよね……。エクレールなんてミライヤに二の腕ベチベチ叩かれてたし。


 そういえば、レオナルド団長が退団したからエクレールは副団長になったはず。エクレール副団長。あの几帳面で正義感あふれる性格なら遅かれ早かれだったのかなと思う。


「で、どうしたんだ?」


 聞かれてマクディ隊長はがっくりと肩を落としてため息をついた。


「えーとですね……奪われまして、大変困ってるんですよね……」


「奪われた? 何をだ」


「エヴァ衛士をペリウッド・ゴディアーニ様に奪われました」


 ……………………ああっ!! この間の飲み会!!

 やたらペリウッド様がエヴァに構ってると思ったら!!


「えっ、もうエヴァいないの?!」


「今日は上番している。だけど、書状が届いてさ……」


 胸元から出された白い封筒。差出人は、ゴディアーニ辺境伯となっていた。

 受け取ったレオさんが開いて、難しい顔をしている。


「――――婚約……にて……退団を…………早急に…………」


「これ、お願いって書いてはありますけどね? もう家同士の話はまとまってうちの嫁だから連れていくよと、ほとんど通告なんですよねぇ?」


 そうなんだ……。辺境伯ずいぶん強引な手に出たんだ……。

 前にお会いした時にやり手な感じはあったわ。


「……兄も長く独り身だったから、父が舞い上がってしまったんだろうな……」


「で、戻って来てほしいなぁと思ってぇ、来たんですけどぉ」


 どこの女子だというような口調で、マクディ隊長がチラッチラッとこちらを見ている。

 ええええ……。

 やっと楽しいスローライフが始まると思ったのに、社畜ライフアゲイン―――。


「だめだ。ユウリは行かせない」


「レオナルド様、横暴ー! ゴディアーニ家のせいで困ってるのにー!」


「それなら余計に、家の者ではないユウリに迷惑かけるわけにはいかないだろう」


「でももう明日にでも迎えが来そうな勢いなんすよ?! 勤務に穴が空いちゃう!」


「それでは俺が行こう。俺が出入り口に立つ」


「「「はぁ?!」」」


 お茶を持って入ってきたアルバート補佐と三人でハモった。

 何を言い出しますか?! デライト子爵様?!

 レオさんが納品口の出入り管理なんてしてたら、入ってくる人に困惑しかないわよ。


「ダメです、あたしが行きます」


「やりたくもなかった衛士の仕事をさせてしまったんだ。もう十分なんだぞ」


「レオさんに立たせるわけにはいきません。元はと言えば、あたしがペリウッド様を飲み会にお誘いしてしまったのが原因ですし」


「だがユウリ……」


 レオさんがあたしの気持ちをわかってくれて、自分が衛士になるとまで言ってくれた。

 その気持ちだけで十分。


「だいじょうぶです、レオさん。――――でもマクディ隊長、ずっとはやりませんからね?」


「では、ユウリが戻ってくるってことで!! 城に戻ります!!」


 さっきとはうってかわって笑顔のマクディ隊長が退出しようとしたところを、太い腕が捉まえた。


「マクディ、まだだぞ。仕方ない、条件付きだ。まず期間は一か月までだ」


「えーーーーっ? 短っ!!」


「一か月あればシフトの組み直しはできるし、新人の募集もできるな?」


「…………ハイ…………」


「あとはここからの通いで、八時からの番のみ。残業なし。金竜口ではなく、納品口から上下番じょうかばんさせてやってくれ」


 東門から金竜口まで回るとなると、裏庭をぐるっと迂回しないとならない。納品口から入れるならずいぶん近くなる。それなら楽でいいかも……。


「了解っす! ユウリが来てくれるならそのくらいは全然構わないし。制服は裁縫部屋に保存してあるから……勤務後に届けに来ますー」


 マクディ隊長は元気よくゴキゲンで帰っていった。

 並び立って見送った後、レオさんは心配そうにあたしを見た。


「――――ユウリ、本当にすまない。うちのことでまた衛士をやらせてしまって」


「一か月だって思えばがんばれます。でもその間、書類仕事が大変になっちゃいますね」


「――――ユウリががんばってるんだ。俺もやらないとな」


 そう言って、片付けがちょっと苦手な獅子様は、眉を下げて笑ったのだった。





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