申し子、スローライフが始まらなかった 1
「……その、なんだ、結婚前の令嬢が未婚の領主の邸に住むのは気になるかもしれないと聞いてな……」
「あっ、それで領主邸は別って言ったんですね」
「それもある。別なら別でもいいんだが……ユウリの護衛も置かなければならないのに、俺以上の護衛がいなかったんだ」
「…………」
そりゃそうでしょう……。
国王陛下の護衛以上の護衛がいるわけないわよ。
「――――あたしは同じお
そう言うと、目を逸らしていたレオさんが目を見開いてこっちを見た。
「いいのか――――? その、正式に申」
トントントントン。
「れおるろしゃま! しゅかきまった!」
『クー!』
かわいい声に立ち上がって扉を開けると、シュカを抱えたミルバートくんがいた。
「小さい補佐さん、シュカ連れてきてくれたの?」
「あい!」
まだ自分が抱っこされるような年なのに、シュカを抱っこして得意そうにしている。かわいい。
頭を撫でてからシュカを受け取った。
「どうもありがとう。小さい補佐さんは有能ですね」
「ゆうのー……?」
「お仕事が上手ってこと」
「あい! ミルゆうのー!」
背中からレオさんの笑い声が聞こえた。
パタパタと歩いていくうしろ姿に「階段気を付けてねー」と声をかけると、「だいじょうぶですよー」とアルバート補佐の声が遠くから聞こえた。
マリーさんは昼食の支度をしてるのかな。お茶を飲んだら手伝いに行こう。
子爵領はメルリアード男爵領のとなり。デラーニ山脈を挟んだ北側がゴディアーニ辺境伯領だ。
特産品ってどうなんだろう。もしかしてこっち側でもデラーニ山脈の牛が食べられたりする……?
魔素を含んだ風味のよい肉を思い出して、あたしは思わずニンマリしたのだった。
食事はなんとシェフが作るのでお手伝い不要とのことだった。
シェフ! こちらのお邸には料理長と料理人がいるんですよ! すごい貴族っぽい!
その他にハウスキーパーが二名、庭師と馬丁の人たちもいた。
魔法もあってか、こんな少ない人数で回るらしい。
挨拶しているうちにお昼になり、食堂へ行くと大きな部屋の大きなテーブルに三人分だけナフキンがセッティングされていた。
……この三人って……。
案内されるがままに座ると、向かいにはレオさん、となりにはシュカだった。
ええ……? この広いテーブルに二人と一匹で食事……?
ちらりとレオさんを見ると、困った顔をしていた。
「……なんか落ち着かないです……」
って言うか、なんで三人なの。
前に男爵領で食べた時はアルバート補佐一家もいっしょに食べたのに。こんな広いテーブルならみんなで食べたらいいと思うのよ!
「……なんで三人なんですか……?」
グラスにワインを注ぎに来たアルバート補佐に言ってみる。
きりっと銀縁眼鏡の鋭い顔がにっこりとした。
「それはレオナルド様は領主ですし、ユウリ様と白狐様は大事なお客様ですから」
普通の扱いでいいんですけどと言ったのに、アルバート補佐は聞こえないフリしてレオさんの方へ行ってしまった。
そして厨房から料理長様が捧げ持ってきたのは、三段のティースタンドだった!
あたしが男爵領のお店で出したいって言ってたヤツ!
「ユウリが言っていたのはこんな感じでいいのか?」
「はい! こういうのです!」
外側にフレームがあって同じ大きさのプレートが三枚あるタイプだ。
真ん中に芯があるだけのタイプも取りやすそうでいいんだけど、フレームがあるタイプはいかにもな感じで豪華で心が躍るわよね。
そっと目の前に置かれたのを見て、目を疑った。シュカのしっぽがファサファサと揺れている。
牛ステーキが乗ってる……。
ティースタンドの一番上のプレートへ誇らしげに乗っているのは、切り口にピンク色の断面が覗く牛肉。付け合わせにニンジンとクレソンに似た緑のものとトウモロコシに似たボール状のもの。カラフルで見た目美しく、まさに映えな一皿。
二段目には細切りにしたイカが大きなレタスの上に乗っている、香りからするとバターレモンソースっぽい? これにはトマトの花飾りが添えられている。
三段目には小ぶりのパンが数種類。
うん、ある意味合ってる。
説明はしてなかったのに下から食べるって感覚的にわかったんだ。
とにかく豪華で美しいティースタンドに仕上がっていた。
北方の大地が育んだ牛肉が一番上に君臨し、それを取り巻く色とりどりの野菜は草原と花、そしてイカ泳ぐ海が広がり、パンが大地として支える。
ティースタンドは丸ごと北方の幸を詰め込んだスモールワールド――――。
あっ……あまりに壮大で意識が遠くへいっていたわ……。
「料理長に男爵領の販売所の食事を任せる予定なんだ。まぁだからこれは試作みたいなもんだな」
「このプレートはユウリ様がご考案されたと聞いておりますべよ。ご意見お聞かせくださいね」
なるほど、そういう趣旨の昼食。
さっき紹介された料理長はポップさんといい、ふっくらお腹を白い料理服に包み、いかにも美味しい料理作りそうな風貌よ。北方の人だけど王城勤めの経験があるんだって。
ちなみに「様」はいらないってみんなに言ってるんだけど、頑なに拒否されてます。それならあたしも「様」付けて呼びますって言うと、領主様を「さん」付けで呼んでいるのに、「様」付けなんてとんでもないと言われました。
そうかもしれないけど、なんか納得いかない。
シュカがとても待ちきれない様子だったので、お皿にパンとイカを乗せてあげる。
一応、シュカにも下からね。
でも、どうしたものかなと思う。
ホントはサンドイッチ、スコーン、ケーキと乗せるものだけど、せっかく違う世界なわけだしもっと自由でいいとも思うのよ。
ワインのお供にできるおつまみプレートも希望だし。
だけどステーキは違う気がするわよね……。
そしてあたしも、いただきますとワインに口をつけた。
あ……マーダル種辛口の白――――!!
やっぱりデライト領のが好き! 酸味がしっかりとあってすっきり。おかわりってもらえるのかな……ちらりとレオさんを見ると、こっちを見て笑っていた。
「――――ユウリは本当にここのワインが好きなんだな」
「はい……。美味しいです」
顔に出てたかな……。ちょっと恥ずかしい……。
「販売所でもこのワインを扱う予定だが、他に何種類くらい用意するか」
「そうですね……『宵闇の調べ』みたいに違いがはっきりした四種類でもいいと思うんですけど、ワインを売りにするなら何種類か用意してもいいですよね。飲みくらべとか楽しそうですし」
「――――飲みくらべ……それはおもしろそうだべさ」
ポップさんがメモしている。
こちらでは、そういうのやらないのかしら。
「小さいボトルが三本セットとかでかわいい袋に入ってたら、お土産で欲しくなります。あ、でもお土産にするには重いか……」
「そのくらいの大きさなら、ご令嬢方の小さい魔法鞄でも入ると思うぞ」
「とてもいいですね、女性に人気が出そうです。ユウリ様はお金の匂いがしま――いえ、なんでもありません」
アルバート補佐までメモしだしたわ。
「ではユウリ、午後から醸造所かガラス工房へ行くか」
「レオナルド様、何言ってるんですか。書類を片付けないと外へ出しませんよ」
補佐にビシッと言われ、獅子様はしょんぼりとした。
またワンコみたくなってる。やっぱりちょっとかわいい。
あたしは笑って言った。
「レオさん。あたしが見てもだいじょうぶなら、書類お手伝いしますよ」
「――――天使がいる……」
「――――絶対逃せません……」
なんだろう、レオさんとアルバート補佐がこぶしを握ってなんかつぶやいてるわ。
「早く終わらせて出かけましょうね?」
メニュー考えて販売所の名前も決めないとよね。内装とかどうなってるんだろう。あと、調合液も作らないと。
そうよ、異世界生活って、こういう充実スローライフを求めていたのよ。
警備とかそういうことじゃないの。
やっと念願の異世界スローライフが始まる――――――――!
――――なんてうまい話はなかった。
ある意味自業自得な話がこの後襲ってくるなんて、思ってもみなかったわよ。
世の中そんな簡単にはいかないものよね……………………。
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