申し子、困ってること

 

 集中して魔法書を読んでいると、お役目を終えたレオナルド団長が戻ってきた。


「あ、おかえりなさい。おつかれさまでした。時間が余ったので魔法書を読ませてもらってました」


「……あ、あぁ、それは構わないぞ。時間は有効に使ってくれ」


 そういう団長はほんのり赤い。どうしたんだろう?


「どうかしました?」


「……いいものだな……いや、なんでもない。少し早いが食事に行くか」


 前の方よく聞こえなかったけど、なんだろう。

 食事、食事ね。ええ、行きたいのはやまやまなんですが。

 あのちょっと豪華な社員食堂みたいなところよね……。


「……着替えを……この格好で行くのがちょっと恥ずかしいというか……その……着替えてもいいですか……?」


「!! そ、そうだな。それでは目立ち過ぎるな。わかった、扉の外で待ってればいいか?」


「すみません、すぐ着替えますので……!」


 レオナルド団長は慌てて部屋の外へ出ていく。

 ああ、あたしってば部屋のあるじを追い出し見張らせるなんて、ひど過ぎるわ。


 三人がかりで着せられたドレスだけど、体は固くないので大丈夫。後ろのボタンも自分で外し、ズボっとまたいで脱出する。ドレスは魔法鞄の中へ。

 この世界にはあの内臓出そうでヤバイと噂のコルセットはなく、ボディスーツ程度の補正力の物で腹腰回りは押さえている。これもとっとと外して、大急ぎで着替えて団長と合流した。


 やっと身軽になって、気持ちも軽い。

 今日のランチはパンとスープのセット。

 シンプルなセットと思うなかれ。スープボウルにたっぷりの野菜と豆と腸詰ソーセージまで入っていて、女子には十分満足のセットだ。

 向かいには優雅にナイフとフォークを操るレオナルド団長がいる。獅子様が昼からステーキはイメージ通りよね。


「レオさん、この国では家というか部屋というか住む場所を探す時は、どこへ行けばいいんですか?」


 いやもう、毎日ドレス着せられて思うように動けないんじゃ、仕事も探せないわよ。お店を見て回ったり、自炊もしたい。

 この国にも不動産屋とかあるのかしら。


「家か? ……そうだな、だいたい所属ギルドで相談するんじゃないだろうか」


「ギルド、ですか」


 昨日行った魔法ギルドを思い浮かべる。

 魔法使いが所属している組合的なものってことだと思うんだけど、住むところも斡旋あっせんしてるのか。


「――例えば、魔法ギルドは調合師ミキサー魔書師サークルライター魔粒師コネクターなどの魔法系生産職人が所属している」


「あっ、魔法使いじゃないんですね」


魔法使いメイジは冒険者ギルドか傭兵ギルドか、もしくは国軍だろうな」


「なるほど」


「で、住むところだが、例えば魔書師の見習いがいたとする。ギルドに相談すれば、ギルド所有の宿舎か住み込みで働ける師匠の家を紹介してくれるだろう。売り手として独り立ちするともなれば、その商売に向いた店舗も探してくれるしな」


「まず仕事を見つけないと、住むところも見つけられないわけですね」


 そうか、そのための宿泊券プレゼントか。

 あたしも街に泊まって仕事探しに本腰入れた方がいいかもしれない。


「ユウリは、もしかして城での暮らしに不満があるのだろうか。そうだとしたら改善するから言ってほしい」


 レオナルド団長はナイフとフォークを置き、正面からあたしを見据えた。

 あたしもスプーンを置いて、向き合う。


「あ、いえ、不満とかそういうわけじゃないんです。ただ、毎日ドレスを着せられていたら仕事も探しにいけませんし、出歩くのも不自由だなって」


「そうか……。それは気付かず、すまなかった。不自由させないように賓客扱いでと上から言われていたんだが、それが不自由だったんだな。仕事も別にしなくても構わないんだぞ。できれば城に住んでほしいのだが……要望はあるか?」


 いやいや、仕事はできるならした方がいいでしょ。しないと結局罪悪感でストレス溜めそうだもの。自由にできる自分のお金っていいものよ。


「身の回りのことは一人でできますし、むしろ一人でしたいです。あと自炊も。街に自由に出れるとうれしいです」


 言っててこの世界の貴族の人が思う快適と、現代日本人が思う快適の差を思い知る。

 ドレスが嫌、人にされるのも嫌って、あたし根っからの平民だわ。


「――――それなら、うちに来るか?」


「……へ……?」


 シーン。と、周りの音がなくなった。


 う ち に 来 る か ――――?!


 ちょ、なに、どゆ意味?!

 それ、マンガの中で、火事とかで住むところに困った恋人に言ったりするセリフじゃないの?!


「あ、いや! そういうことじゃなくてだな! 近衛団の宿舎に来るか、ってことだ!」


 真っ赤になったレオナルド団長が慌てて言ったのと同時に、ざわめきが戻ってきた。

 そ、そうよね。そういうことだよね。あーびっくりした。ついあたしも顔が熱くなってしまった。


「……いいんですか? あたし近衛の人じゃないですけど」


「特別にな。その話はまた後で。食事を終えたら案内する」


「助かりますけど、この後の仕事の方は大丈夫です?」


「敷地内なら空話で連絡が取れるから問題ないぞ」


 無理をさせてないならいいんだけど。

 団長様って言っても、王様に雇ってもらっている人なんだろうから職務怠慢でクビにでもなったら困るじゃない。

 ちらりと見上げれば、レオナルド団長は照れたように目を伏せた。




 * * *




 う ち に 来 る か ――――。


(((((団長! 食堂こんなとこで公開プロポーズですか?!)))))


 孤高の獅子と名高い近衛団長が放った一言で、付近一帯の人々が固まった。


 聞くとはなしに聞いてしまったというか、だってあの眼光鋭く国王陛下の後ろに控える獅子様が、女性を前にふんわり柔らかい笑顔なんて浮かべていらっしゃるんですよ?! 気になってむしろ積極的に聞きに行きたい。


 強面こわもてのせいか良すぎるガタイのせいか、国王の信任も厚いのに浮いた噂一つない、三十路独身男子。


(((((がんばれ! 団長様、超がんばれ!!)))))


 たまたま居合わせた関係ない部署の人たちの心が、一つになった瞬間だった。





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