申し子、食う寝るところに住むところ


「あ、手荷物検査しないのね」


 お城の通用口を出た時に、想定外過ぎてつい口にしてしまった。

 王族用の出入り口ではしないのはわかる。そんな偉い人たちに、鞄を開けて中身見せろとは言えない。けど、一般の出入り口でもしないとは思わなかった。

 身分証明具を情報晶にピカっとするだけで出れてしまったのだけど、もしかして魔法で手荷物も検査しているのかな。


「手荷物検査、か? 出入りする荷車の荷改にあらためはしていると思うが、手荷物というのは聞いたことがないな」


 確かに魔法鞄の手荷物検査とかどうやってやるのかって話で、やりようがないのかもしれないけど。


「そうなんですか。盗難などがないってことですよね。いいことですね」


「……いや、ないことはない。時々そんな話を聞くが、備品などの管理はその部署の責任となっているから、近衛団まで詳しい話が届かないんだ。ユウリのいた国ではそれが行われていたのか?」


 ショッピングモールやちょっと大きな店舗なら、従業員が退店時には普通に手荷物検査がある。

 企業でも来客者にはお願いしているところもあるし、手荷物検査自体なら、空港などでみんななんの疑問もなく受けている。


「そうですね。普通にありました」


「……そうか。この件は少し考えてみるか……。異国のそういう話はとてもためになるな、ありがたい。またなにかあれば聞かせてもらえるか?」


「はい。あたしの話でよければいくらでも」


 お世話になっているから、こんな知識でいいならいくらでも出そうと思う。役に立てるのはうれしいし。

 あたしは魔法鞄を肩にかけ、先を歩くレオナルド団長の後についていった。




 白鳥宮をぐるりと取り囲むように建つ城内壁の外側に、宿舎棟はある。

 近衛団用の他にも料理番や掃除番、馬丁や庭師用などの宿舎があるらしい。

 どれも三階建てかそれ以下の階数で、城内壁より低く造られている。

 あたしたちはそのうちの一つ、石造りの三階建てへ入っていった。


「ここは近衛団の宿舎の一つだ。入り口横は今は使ってない厨房と食堂だが、使いたい者は自由に使っていいことになってる。鍋や食器もそこから必要な分を部屋へ持っていっていいからな」


 棟内に入ると飾りっけのないエントランスがあり、正面に階段があった。その斜め向かいに食堂と厨房があるようだ。

 階段を上り一番上の三階へ。廊下の壁の片側からは窓ガラスから日が差し込んでおり、もう片側は等間隔に扉が並んでいる。よくあるアパートと同じ感じの造りだった。

 その一番端のいわゆる角部屋へ案内された。


「ここはどうだろうか」


 レオナルド団長が扉を開けると、いきなり広い玄関ホールが出迎える。


「……ひっろ!」


 思わず口からこぼれた。

 六畳じゃ納まらないな、九畳くらい? ここにテーブル置いてお茶飲めそうなくらい広い。大きな収納スペースまで付いている。


 団長は笑いながら入っていき、奥で窓を開けたみたいだった。

 すーっと涼しい風が抜けていく。


 玄関ホールから伸びる短い廊下は、左面は洗面所と繋がり、反対側は扉が付いていた。

 扉の向こうは広々としたリビングダイニングキッチン。奥には窓が見えている。ガラスがはめられた引き戸を閉めれば窓側のリビングは独立するようだ。

 リビングから、となりのベッドルームへ行けるようになっていて、さらに洗面所へ通じている。ぐるりと回れる使いやすそうな回廊式の作りだった。

 洗面所はトイレとシャワーブースの個室と繋がっていて、残念ながら浴槽はないみたいだった。

 造り付けのクローゼットやベッドなどの最低限の家具などもあり、すぐにでも住めそうだ。


「広くていい部屋ですね。本当にこんな部屋をお借りしていいんですか?」


「もちろんだ。近衛団はほとんど独り者なんだがな、広い部屋は掃除がめんどうだと、この棟は人気がない」


 そうかもしれない。確かにこの部屋は一人じゃちょっと広い気もする。

 でも、もし友達なんかができてここで飲むなら、広すぎるということはないだろう。


「さっきは周りに人がいたから言えなかったんだが、光の申し子の要望をなるべく聞くように陛下からも言われている。嫌でなければ使ってほしい」


「国王陛下からですか」


「そうだ。移民として扱うと決めたから、直接挨拶できず残念だとの仰せだった。ごゆっくり滞在くださいとのことだぞ」


 恐れ多い話だ。

 王様と話すなんて、こっちの礼儀作法もわからないし、とても無理だもの。そこも配慮してもらえているのかもしれない。


「……ありがたいお話です。遠慮なく、お言葉に甘えます」


 あたしがそう言うと、レオナルド団長は笑って頷いた。


「後でマットレスとリネンを持ってくる。掃除は……[清掃アクリーニン]」


 微かに空気が流れた。元々そんなに汚かったわけではないけど、さらに空気がきれいになった気がする。


「今の[清浄]の魔法じゃなかったですよね?」


「ああ。[清浄]は小さい範囲を強力に清潔にする魔法だな。そこまできれいにしなくてもいいのなら、[清掃]の方が魔量と魔粒の消費量が少ないから向いているんだ。動物なんかにかけるのもこっちの方が向いているらしいぞ。匂いを取り過ぎないとか」


 似た魔法でもそういう違いがあるのか。魔法、やっぱりおもしろい。

 これからはやっと人目を気にせず魔法の勉強もできるわ。


「他の部屋も[清掃]をかけていこう。ちょっと待っててくれ」


「あ、いえ! 自分でやってみます!」


「そうか。確か、[清掃]は初級の中でも簡単な方だったはずだ。魔法のスキルがあるならそれもいいかもしれないな」


 レオナルド団長は城に戻る前に、部屋の扉に部屋主の記憶をしてくれた。今後は自分の身分証明具で鍵の開閉をするらしい。


 一人になった部屋の中で、魔法書を広げてみる。[清掃][清掃]っと……あった。


 必要スキル値:魔法10

 |【清掃】[アクリーニン]

 |対象を清掃する。生物可・無生物可。

 |(対象例:一フィルドの場合)

 |魔量:50 水一、風三


 一フィルドってどのくらいだろう。

 よくわからないけど、まぁ、やってみようか。スキルは足りているし、魔量も魔粒もまだあるし。


「[清掃アクリーニン]」


 唱えた途端、周囲の空気がすっと変わったような気がした。


([状況ステータス])


 ◇ステータス◇===============

【名前】ユウリ・フジカワ  【年齢】26

【種族】人         【状態】正常

【職業】中級警備士

【称号】申し子[ウワバミ]

【賞罰】精勤賞

 ◇アビリティ◇===============

【生命】2400/2400

【魔量】50718/50848

【筋力】54 【知力】81

【敏捷】93 【器用】89

【スキル】

 体術 63 棒術 90 魔法 33

 料理 92 調合 80

【特殊スキル】

 申し子の言語辞典 申し子の鞄 四大元素の種

 シルフィードの羽根 シルフィードの指

 サラマンダーのしっぽ



 MPが130減っているから、一フィルドはこのリビングくらいってことかな。

 あ、魔術のスキルが上がってる気がする。確か元は32だったような。

 魔粒はどのくらい減ってるだろうって、調べようとして気付いた。

 魔粒って身に付けてなくても使えるものなんだ……?

 魔法鞄を開けて、魔粒と念じれば半透明のスクリーン上に情報がピックアップされる。


 ◎火魔粒:100

 ◎風魔粒:100

 ◎水魔粒:100

 ◎土魔粒:100


 ?!

 減ってない?!


 待って、思い出してみよう。レオナルド団長なんて言ってたっけ。

 それぞれの元素エレメントと相性のいい者もいるって言ってた。

 そういう人は周囲の気から集めてくるから、魔粒で補わなくてもいいってことよね。

 でも四種類ともって……チート? と思い浮かんだところで、あたし気付きましたよ。

 そういえば、特殊スキルによくわからないのがあった。


 ――――四大元素エレメンタルの種。


 もしかして、これ……?


 思い当たるものの、答え合わせはできないし、今度神様に会うことがあれば聞いてみようと思う。

 なんにせよ、魔粒は全然消費されないし持ってなくていいし、便利この上なし。

 残りの箇所もさっさと掃除してしまおうと、あたしは鼻歌まじりに他の場所へと向かった。


 この魔粒を消費しないというのがどういうことを引き起こすのか、あたしが気付くのはしばらく後のこととなる。





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