申し子、夜会の屈辱

 

 次の日、どちらの夜会へ行かれますの? というキラキラでビラビラなドレス姿で、あたしは近衛執務室にいた。

 おととい、レオナルド団長に連れてこられた部屋だ。

 ワインレッドの魔法鞄が、合ってるんだか合ってないんだか微妙なのはご愛敬。


 こんな格好させられてしまいました、すみません。という顔をして見上げると、レオナルド団長はどう見ても笑いをこらえている顔で、口元を覆っている。


「……ユウリ、働くにあたってとりあえずこの情報晶に登録してもらえるか。それと、すまないがこれから謁見に同席するのでもう行かなければならない。書類は適当に分けておいてくれればいい。その棚の茶と菓子は好きにしていいぞ。昼には戻るのでよろしく頼む」


 そう言って慌ただしく出ていった。

 が、扉の外でハハハハハ! と聞こえた笑い声は、絶対にレオナルド団長だ。


 ――くっ……聞こえてますけど?!


 あたしは夜会の屈辱に耐えながら、部屋の中を歩きだした。

 適当にって。その書類はどこにあるのよ。

 ぐるりと室内を巡ると、入って来た扉に郵便受けのようなものが付いているのに気付いた。

 取っ手を手前に引いて、中に入っていた書類を摘まみ出した。

「定期清掃のお知らせ」「臨時護衛依頼」「城内婚活クラブ部員募集」「予算会議日程表」「魔物報告書」などなど。

 あたしはソファに座って、横に長いテーブルの上で書類を仕分けていった。


 依頼書とか判が必要なものは一番右、日程とかのお知らせは右から二番目、魔物報告書は三番目、婚活クラブ部員募集は一番向こうのどうでもいい分類……でいいわよね……? 婚活大事だったりする? ここにわざわざ持ってくるくらいだもの、もしかしたら大事な書類なのかも……? まだこちらの世界に慣れてないから、事情がよくわからないわ……。

 ブツブツ言いながら仕分けていると、ノックの音とともに扉が開けられた。


「失礼しま……うわっ!!」


 顔がのぞいたと思ったらまたすぐに、扉は閉じてしまう。


(「マクディ副隊長、何を遊んでいる」)


(「護衛隊長! 中に舞踏会がいる!」)


(「わけのわからないことを……」)


 トントン、ガチャ。


「失礼しま……、ああ、光の申し子――ユウリ嬢ですよね。おはようございます」


 驚いた顔を見せたものの、すぐに優美な笑顔を作ったのは、青みがかったプラチナブロンドのスラリとした美形さん。

 その後ろに、さっきちらりと顔を見せた人が目を見開いていた。

 あたしは立ち上がって、二人におじぎをした。


「おはようございます。ユウリ・フジカワと申します。今日はレオナルド団長様の書類整理を手伝っています」


「私は護衛隊長をしておりますキール・ミルガイアと申します。近衛団は慣例で敬称なしの名前を呼びあっておりますので、どうぞキールとお呼びください。そして、こちらの失礼で残念な男は警備副隊長のマクディ・メッサです」


「……あっ、先ほどは失礼しました! マクディと呼んでください! ってか、キール隊長ひでぇ。失礼で残念って!」


 抗議するマクディ警備副隊長は、赤みを帯びた茶色の髪にくるくる変わる表情がやんちゃ小僧な雰囲気。

 白のキラキラ制服には、右肩から胸元に細い金色のモールがかけられている。


 キール護衛隊長の方は上品な、濃灰のシンプルなスーツだ。

 護衛隊ということは要人護衛が仕事のはずだから、変に目立たずどこにでもお供できる服ということだろう。高位貴族のお宅からプライベートの街歩きまでカバーできそうな感じ。


 警備や団長は、近衛がいるんだということがすぐにわかった方がいいから、存在感のある制服なわけよね。

 困った時にすぐに見つけやすいし、そこに立っているだけで「近衛がいるぞ」と、よからぬことをするヤカラに対しての抑止力になるように。「見せる警備」とよく言われたものよ。


「では、書類はフジカワ嬢に渡せばよいのですね。……こちらは護衛隊の昨日の報告書です。よろしくお願いします」


「ユウリで構いません。書類、お預かりします」


「あ、こっちは警備隊の報告書です。グライブン隊長が謹慎中なので、自分が隊長ポストに就いています! よかったら警備室にも遊びにきてくだ……うぐっ」


 なんか黒い影がマクディ副隊長のすねに飛んだような気が。


「団長不在時に困ったことがあれば、遠慮なく声をかけてください。なんせ護衛室はすぐとなりですからね」


「あっ、では今聞いてもいいですか? ――この、婚活クラブ部員募集という書類は重要だったりします……? この一枚だけ全然関係がないような気がするんですけど、こちらの部屋にそれが入ってるってことはもしかしたら逆にすごく大事なことなのかと思いまして」


「あ、えーっと……そうですね。もしかしたら重要かもしれません」


「ぅえ?! ちょキール……」


「そうなんですね、聞いてよかったです。ありがとうございます」


 お礼を言うと、二人は変な顔をしながら頭を下げた。


「……では、失礼しますね」「失礼しました!」


 ガチャ、パタン。


(「――キール! やめろよ! 真面目な顔してあんなこと言うとか!」)


(「ククククッ。団長に婚活クラブ……」)


(「ブホッ。だからやめろって! やべぇ! 笑い死ぬ!!」)


(「真面目に悩んでユウリ嬢かわいいな……ククククッ……」)


(「婚活クラブ部員募集が重要なわけないよな! 舞踏会だわおもしろ過ぎ!!」)


 ……だから、聞こえてますからね……?

 もう! 悩んで損したわ!

 あたしはぽいっと城内婚活クラブ部員募集の紙を一番向こう側へおいやった。




 時々ぽつりぽつりと書類がポストに投げ込まれたものの、そんなに時間はかからず仕分け終わってしまう。

 他に何かやることあるかしら。掃除とか?

 お茶と菓子は好きにしていいと言われていたので、お茶だけ入れて部屋をぐるりと見回してみる。

 執務机やテーブルセットの他は、書類や本が入っているどっしりとした背の高いキャビネットと、ティーセット一式が用意されたコーナーキャビネットがあるくらいで、掃除道具なんてのは無さそうだし掃除するような汚れも無さそうだった。


 個人的にやりたいことはいろいろある。

 侍女さんたちのいるところで広げられなかったスマホの確認とか、棒の素振りとか、買った服の包みも開けていないし、まずはなんといってもドレスを着替えたい。持ち物は全部魔法鞄に入っているんだけど。


 でもまた突然誰かが入ってきたらまずいわよね。

 アヤシイ道具を使っていたり、武器を振り回していたり、下着を広げてたり、ドレスを脱いでたら、警備を呼ぶ事案だわよ。


 これはもう余計なことはしないで待っていよう。

 あたしは無難に魔法書でも読みながら、部屋の主を待つことにした。


 魔法鞄を開けると、鞄の上に半透明のスクリーンが現れ、表示された目録にアイテム名と個数情報が載っている。

 数をいちいち数えなくても入れてしまえばわかるらしい。魔法鞄すんごい有能。

 魔法書、魔法書。思い浮かべながら手を入れれば、すぐに目当ての魔法書が手に乗っていた。


 緑の革の表紙の魔法書を読んでみると、それぞれの魔法名と呪文と効果、魔量と魔粒の一般的な消費量などが書かれていた。


 必要スキル値:魔法15

 |【清浄】[アクリーン]

 |対象を清浄にする。生物可・無生物可。

 |(対象例:両手の場合)

 |魔量:10 魔粒:火1、水2、風3


 時刻がわかる魔法もあった。[時読リタイム]必要スキル値20、魔量5、風魔粒0~5使用(使用時の状況により可変)だって。


 他に[創灯マライト]や[乾燥アドライ]といった便利な魔法から、[創水マクリエイワター]、[湯煮アボイル]、[乾焼アベイク]、[網焼アグリル]、など料理に便利な魔法が載っていた。やたら充実しているし、これ、熱源なしで料理できちゃうんじゃない?


 イメージしながら魔力を込めて唱えればいいらしいんだけど……ふとお茶を飲み終えたティーカップが目に入る。

 汚れが落ちてつるりとしたカップをイメージして――……。


「[清浄アクリーン]」


 ふわん。

 乾燥直後の食洗機みたいな温かい空気を一瞬放って、ティーカップは綺麗になっていた。

 …………すごい…………。

 自分でやっておいてなんだけど、びっくりするわ……。

 カップのどこにも汚れは見当たらないし、消毒しました的な香りも漂わせている。

 なるほど、魔法はイメージが大事って、ちょっとわかったかもしれない。

 あたしは眺めるように見ていた魔法書を、真剣に読みだした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る