申し子、魔法の話を聞く


「残念ながら赤鹿レッドディアーの肉はなかったんだが、一角兎ホーンラビットの串焼きがあったぞ。白ワインの方が合うだろうが、どうする?」


 テーブルに並ぶのはチーズの盛り合わせと腸詰ソーセージ、焼き目がついた赤身の肉、蒸し野菜。それと串に刺さった白身の肉。

 異世界のワインに浸っているうちに、レオナルド団長が取り皿にサーブしてくれていた。

 獅子の団長様は、筋肉の大男だけど所作しょさはとても優雅だ。


「いえ、赤でいただきます。これが一角兎ですか」


「そうだ。赤鹿ほど香りが濃くはないが、これも悪くない」


 見た目はまんまささみ。軽く焼き目が付いている。

 串のままパクリといくと、ほどよい塩っけの淡泊な味で、噛むと爽やかな香りが鼻に抜ける。ローズマリーの香りに似てる? いや、ローリエ?


「――これは塩だけで焼かれているんですよね」


「そうだ。普通のウサギ肉と違って、香りがあるのが不思議だよな」


 大地の香りのようにも感じるし、風の香りのようにも感じられた。

 魔力というのは、この世界の大気に漂う魔素と近いものなのだろう。

 すんなりと体がその香りを受け入れた。

 これは確かに美味しい。


 さすが近衛団長いきつけのお店は違うということか、その他の料理も美味しかった。

 赤身の肉は牛肉で、ワインビネガーのソースがかかっていた。よかった、調味料は塩だけじゃないみたい。

 やっぱり赤身の牛肉とワインの組み合わせは最高で、赤ワインビネガーのソースがさらに相性をよくしている。食べて飲むワインの甘いこと!


「この野菜にかかっている油は、なんの油ですか?」


「これはポクラナッツ油だ。この上に乗っている粒が、ポクラナッツの砕いた実になる」


「香ばしくて美味しいですね」


「そうだな。ホールのままエールに合わせてつまむことも多いぞ」


「あー、それも美味しそう」


 小ぶりなボトルから、ワインが注がれる。昼からこんな美味しいものを食べて贅沢……って、お金あんまり持ってないのに。食事券で払えるかしら。


「――そうだ、まず先ほどのお代を払います」


「いや、それは払わなくていいんだが……」


「そういうわけにはいきません」


「……では、ちょっと仕事を手伝ってもらおうか」


「仕事、ですか」


「ああ。文字も読めるようだし、書類の整理を頼めないか。朝から昼食までの時間を二日間でどうだ。食事も付けよう」


 先行き不透明でお金は温存したいところだから、とてもありがたい話。そんなに甘えちゃっていいのかな。

 あと気になるのは、あの悪ダヌキと会うかもしれないことだけど……書類の整理なら問題ないか。

 ランチまで付けてもらえるなんてとても助かる。

 今後、稼げるようになったら、きちんとお礼をするということで――。


「お言葉に甘えていいですか。よろしくお願いします」


 あたしがペコリと頭を下げると、レオナルド団長は笑ってうなずいた。

 そして先ほど教えてもらうことになっていた魔法と魔粒の話をしてもらった。


 力のある言葉を紡ぐ時に体内で使うのが魔力で、力のある言葉を魔法として具現化するのが四大元素エレメンタルと魔素ということになる。


 そして魔粒は、魔素と火、風、水、土の四大元素とが結びついてできた結晶で、それぞれの魔法で必要な分だけ消費される。


 人々はそれぞれ相性のいい元素エレメントがあり、特に恵まれた人はその元素の加護を持っている。その人たちは魔粒の代わりに周囲の元素を使用するため、魔粒の消費が少なくなる。


 他にも状況によって、例えば海なら火の気が、火山付近なら水の気が集めづらいなど場所の差もある。そのため、誰でもどこでも魔法を使えるようにするのが魔粒なのだそうだ。


 魔粒まりゅうは赤色、かぜ魔粒まりゅうは黄色、みず魔粒まりゅうは青色、つち魔粒まりゅうは茶色で、大きめのビーズに似ていた。


 元々この魔粒は自然に作られる物で、水辺には水魔粒、火山付近や鍛冶場には火魔粒、風と土はいたるところに落ちているらしく、それを拾って使ってもいいのだそうだ。魔法ギルドで等価交換することもできる。

 魔粒を人工的に作る職人もおり、安定して供給されていて、今現在は一粒が風・土魔粒は六レト、水魔粒は八レト、火魔粒は十レトで売られているということだ。


 魔法ギルドでもらった小さい巾着四つには、それぞれの魔粒が百個ずつ入っていた。

 初級魔法の[清浄]を両手にかけるとして、火魔粒を一つ、水魔粒を二つ、風魔粒を三つ使うのが標準とされているらしいので、だいたい三十三回使えるということになる。

 そう考えると百個って案外少ないのかも。


 魔法書「初級」に載っている初級魔法は、全部生活魔法なのだそうだ。

 生活するのに便利な魔法で、使えた方がいいものばかり。

 あたしの魔法スキルが30あるのは、もしかしたら神様が生活に困らないように付けてくれたのかもしれない。




 食事の後は、街を案内してもらった。

 この辺りは王都の中央よりやや北側の治安の良いエリアらしい。さっき感じた上品っていう第一印象は正しかったみたい。


 王都レイザンは川が二つに分かれた先に出来る三角州に作られた町で、ぐるりと壁に囲われた城塞都市なのだそうだ。

 最北に王城と国軍の管理施設があるため北へ行くほどに治安が良くなり、港をようした海岸線に面する南側は血気盛んな船乗りや酔っ払いでにぎやかなエリアになっているとか。


 通りを歩くと、魔法屋という店があり、看板にはカードの絵の中に五芒星が描かれていた。ここは魔法札マジックカードという、魔法陣によって魔法が込められた一回使い切りのカードが売っているらしい。これがあればスキル値が足りなくても上位の魔法を使うことができるのだそうだ。


 もう一つ調合屋という聞き慣れない店もあった。こちらは調合液ポーションを売っているお店で、治癒薬や解毒薬などが売られているとのこと。


 最後に銀行へ連れてきてもらい、身分証明具の登録をした。

 登録をしておくと身分証明具がカードのような役割をしてくれるそうだ。お給料を振り込まれたり、身分証明具で支払いができたり。

 そういえば、お城の食堂でレオナルド団長にごちそうしてもらった時、身分証明具をピっと光らせてたっけ。


 銀行を出る頃には、傾いてきた陽が街をぼんやり黄色に染めていた。

 どこからかアコースティックギターのような懐かしい音色が、流れて聞こえている。


「では城へ戻ろう。[転移]の魔法を使うから、お手をどうぞ」


 よくわからずに差し出された手のひらに自分の手を乗せると、きゅっと掴まれてて、


「[同様動ダスチェフォロー]」


 抱き寄せられた。


(ひゃぁ!!)


「[転移アリターン]」


 一瞬、ふわっと体が浮いたような気がした。と思った時には、目の前の景色が変わり手が離されていた。

 ドキッと大きく跳ねた心臓は、そのままドキドキと鳴っている。

 し、心臓に悪いっ…………!


「…………違う場所…………?」


 なぜか公園に立っていて、その向こうにはお堀と長く続く壁が見えていた。


「ここは城の東門前だ。本当は納品のための裏門なんだがな、門から城内部への距離が近いから、ここへ[転移]で来て中に入る者が多い。正門からだとかなり歩くからな」


 そういえば、城の敷地内は[転移]ができないようにされているって言ってたっけ……。

 厚い胸板の感触と初の魔法のダブルパンチに挙動不審なあたしを、レオナルド団長は部屋まで送ってくれた。


「驚かせて悪かった」


 見下ろす顔は困ったように眉が下がっている。


「……いえ、あの、違うんです。ちょっとびっくりして……」


「ユウリが魔法に慣れてないことを忘れていた。すまなかった」


「いえ! 魔法も楽しかったです。ありがとうございました。また、魔法見せてくれますか?」


 そう言うと、獅子様はやっと笑った。


「ああ。ユウリさえよければいつでも。こちらこそ楽しかった。では、またな。明日は来れたら来るといい」


 去っていく団長の大きな背中が見えなくなる。――――瞬間、それまでおしとやかに控えていた侍女さんたちが、襲い掛かってきた!


「デートでしたのよね! いかがでした?」


「明日もお会いになられますの?!」


「あの孤高の獅子が笑ってらっしゃいましたわ!」


 ちょっとくらい余韻に浸ってみたかったのに!

 とりあえず時間をどうやって知るかと、目覚まし時計みたいな起きる方法だけ教えてほしいんですけど!

 お風呂は一人で入れますから! マッサージも三人がかりでそんな念入りにやらなくてもいいと思うの!

 誰か、助けてーーー!!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る