申し子、魅惑の赤色と再会する
通りを少し歩いたとなりの区画に、魔法ギルドはあった。
中は多くの人で賑わっているけど、いかにも魔法使いなローブ姿の人は少ない。ほとんど普通の服。
職員の人も、動きやすそうな制服を着ている。
あのダフっとした魔法使いのローブって、中が素っ裸とかじゃないんだものね。服を着た上からじゃ暑そうだし邪魔そう。
受付カウンターで引換券を出すと、魔法書と
魔法書はわかる。魔法をつかうための本よね。でも魔粒がよくわからない。小さいつぶつぶが入った巾着袋を四つもらったけど、どういったもの?
本来ならその使い方や魔法を教えてくれる場所でもあるらしいのに、うわさ通りごったがえしている。
あたしも魔法には並々ならぬ興味がございますわよ。
第二の人生、どうせ異世界に暮らすなら、日本ではありえないことしてみたいなって。
森の中でポーション作りながらスローライフとか素敵じゃない?
あとはやっぱりほら、冒険者になってダンジョンで魔法をぶっ放すとか?
なので、ぜひ魔法のことを教わりたいんだけど、この混みようじゃかなり時間がかかりそうだった。
基本的には魔法書を読んで覚えて唱えるだけらしく、魔法書に全部書いてあるとレオナルド団長が教えてくれた。
魔法と魔粒についての簡単な説明は、俺でよければ教えよう。という団長からの申し出を、あたしはありがたく受けることにした。
「あの、レオさん」
「なんだ? 魔法の話か?」
「いえ、この国の服っていくらくらいするんでしょうか。もっと動きやすい服が欲しいなと思ってるんですけど、銀貨十枚で買えますか?」
「一万レトあれば何枚か買えると思うが……俺も服のことはあまり詳しくないんだ。とりあえず店に行って見てみるか? 裏の通りになじみの食堂があるんだが、確か向かいが服屋だったはずだ」
「はい、ぜひ」
歩きながら、国の貨幣についての話を聞いた。
単位は「レト」で、一レトが一貝貨、十レトが一鉄貨、百レトが一銅貨、千レトが一銀貨、一万レトが一金貨、十万レトが緑金貨、百万レトが青金貨だそうだ。
「青金貨……青い金属があるんですか?」
「ああ、希少な金属だ。公爵様ご夫妻はこの指輪をつけてらっしゃる。俺のような男爵風情には縁のない金属だがな」
そういうものですか。
貴族の事情はよくわからない。だって現代日本に男爵様なんていなかったもの。
でも、爵位はなんとなくわかる。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続いて、辺境伯の位があれば、伯爵位だけど侯爵と同じくらいとかだったような。
異世界もの小説読み漁ってたのが役に立ってるわよね。
連れられてきたお店は、
入ってすぐのお支払いカウンターらしき机の横に、鞄預かり箱と書かれている箱が並んでいる。
全体は木製でできており、小さい箱のそれぞれにガラス窓がはまっていて、見た目はレトロなコインロッカーだ。
レオナルド団長に教わって、中に魔法鞄を置き身分証明具をかざすと、扉がかちゃりと施錠された。
カウンターの先に敷かれている白いテープのラインが、魔法鞄などの空間魔法に反応するらしい。
これがこちらのお買い物のやり方ね。魔法鞄って、便利だけど悪用できそうだものね。
手近にあった商品の値段を見ると、シンプルなシャツが千レトとある。一銀貨。これなら買えそう。あと値段の上にフワって書いてある。
「ここに書いてあるフワってなんですか」
「その布の素材だな。植物の……実だったか、花だったか」
「そのようなものです、お客様。実の周りに作られるもこもこした部分になります。――今日はお嬢様のお洋服をお探しですか?」
「動きやすい服が欲しいんです」
「奥にもたくさんありますので、どうぞ」
「あー、ユウリ。俺は向かいの店で軽くつまんでいるから、ゆっくり買い物を楽しむといい。困ったことがあればすぐに呼んでくれ」
レオナルド団長、気が利く人。
お店のお姉さんとちょっと話をして、外に出て行った。
それでもあまりお待たせしないように、急いで見よう。
自然な風合いの(ちゃんと染めてあるものは高い)
支払いをしようとしたら、先ほどお連れ様にお代をいただきましたと言われたんだけど?!
えっ? と固まるあたしを、一緒に服を選んでくれたお姉さんはクスクスと笑った。
「多くいただいているので、他にも似合いそうなものを入れておきましたよ」
レオナルド団長もお姉さんもいつの間に?!
買う予定だった物よりもはるかに大きい包みを渡される。靴っぽい感じの包みも乗ってるけど?! もしかして、とりあえず履いてみるだけでも。って言ってたアレか!
預かり箱から魔法鞄を取り出し、受け取った服たちを中に入れて店を出た。
向かいの店は軽く飲んだり食事ができる店らしく、テラスのテーブルセットで早めのランチの人たちがくつろいでいる。
レオナルド団長も服屋近くのテラス席で、深い赤色の液体を飲んでいた。
それはもしやもしやもしや!!
グラスを凝視しながら近づくあたしに、レオナルド団長が笑いかけてきた。
「買い物はもういいのか?」
「はい。というか、お代を払います」
「いや、いい。光の申し子は着替えも持たずにこの国に来るから、そういったお金は国から出ることになっている」
「でも、この国だって大きな災害があって大変だったんですから、無駄遣いは駄目です」
「それでは、俺からのプレゼントということ「駄目です」」
即答するあたしにレオナルド団長は苦笑して、
「とりあえず、座って何か飲まないか」
と椅子を勧めた。
「何がいい?」
「そのグラスの中身はなんですか?」
「ああ、ブドウという果実の酒だが、わかるか?」
「わかります! あたしもそれが!」
やっぱりワインだった!!
こっちに来る前に飲みたいってあんなに思っていたワインに、ようやく会えたわよ!
レオナルド団長は店の中に行き、グラスとつまみが乗った皿を運んできた。
手渡されたグラスに、濃い赤色が注がれる。
「ありがとうございます。いただきます」
グラスを軽く回して一口。
甘い果実の香りが鼻に抜ける。軽いけど、物足りなさは感じない。ほどよい渋みと酸味が舌から喉へ溶けていった。
「……おいしい」
ふわりと気持ちがほどけていく。
飲みたいってすごく思ってた。
あの後、仕事のグチなんて言い合いながら飲もうって楽しみにしてた。
彼女たちもお酒好きだったからねぇ。
神様に頼んだからきっと大丈夫だと思うけど、乃吏子と未希が笑ってお酒が飲める日が早く来るといい。ウワバミの同僚がいたって、時々思い出してくれたらうれしい。
「ワインがある世界でよかった……」
「……ユウリはワインが好きなんだな。口にあったならよかった。移住の祝いだ。好きなだけ飲むといい。酔ったら担いで帰るから心配いらないぞ」
そんな笑わせるような言い方、ずるいなぁ。
ほろっとしちゃうじゃない。
「それじゃ、樽で用意してもらわないとならないですよ?」
そう答えたら、獅子様はニヤっと笑って言ったわよ。
「ワイナリーごと買おうか?」
だって。
国王近衛団の団長様は冗談のスケールもでかいわね。
もう、笑うしかない。本当にずるいわ。
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