申し子、街へ行く
王城の客間で迎える朝は、最高級の素材を生かしたシンプルな味付けの豪華な朝食から始まるのでございます。
黒パンは軽く温められ、牛乳(多分)とオレンジっぽいジュースは足つきグラスに注がれております。
牛肉(多分)と鶏肉(多分)のソテーは上品な塩味、添えられたオムレットもフワフワの塩味でございます。
カラフルな葉物野菜のサラダは塩と香ばしい香りのオイルがかかり、見た目にも楽しい一皿でございました。
それから朝のお風呂で頭から足のつま先まで侍女の方々に磨かれ、終われば全身オイルマッサージをされ、どこもかしこもつやつやとなったのちに、朝のお召しものを身に着けるのでございます。
それはもう豪華絢爛なドレスを何着も何着も着せ替えさせられられられ……さすがに、街に行くのにこの格好はない気がするんだけど?!
「あの……こんなに素敵にしていただいてうれしいのですが、今日は街に行くのでこういうドレスはちょっと……」
「えー残念ですわ。こんなにお似合いですのに」
「そうですわよ。お嬢様は黒目黒髪で神秘的でいらっしゃるから、紫もお似合いになりそうですわ」
「肌も陶器のような柔らかい色合いで異国的ですし、選ぶのが楽しゅうございます」
やめてやめて! 恥ずかしくて死にそう! 侍女さんたちの方が彫りも深くて綺麗にきまってるじゃない!
「あ、ありがとうございます! ですが、街でも歩きやすい服を貸していただけるとうれしいです! あとすみませんがハンドバッグ貸してください!」
スマホと棒だけは持って歩きたい。
ワンピースというには豪華すぎる、ふくらはぎの中ほどまであるミモレ丈のドレスを着せられ、せめて
朝からすごい世界を見てしまった……。
「……やっぱりどこかおかしいですか? こういう服は着慣れないので似合わないとは思うんですけど」
レオナルド団長がなんとなく笑っている気がして、言い訳がましいことを言ってしまう。
まぁ、でも、着せられてしまったものはしょうがないわよ。となりを歩くのは恥ずかしいかもしれないけど、我慢してもらおう。
「あ、いや、おかしくない。困っているのがかわ……いや、服は似合っ……て……る」
見上げれば、口元に手をやる横顔はほんのり赤い気がした。
そんな獅子様は、本日は柔らかい雰囲気の私服だ。
「せっかくのお休みなのに、すみません」
「いや、気にしないでくれ。慣れないユウリの方が大変だろう。昨夜はちゃんと休めただろうか」
「はい。こんな豪華な部屋で寝れるかなと思ってたのに、ぐっすり寝てしまいました」
並び立って豪華な装飾のお城の廊下を行く。
泊まらせていただいたのは、国王陛下も住んでいらっしゃる
その前側にある二階建ての建物が、
金竜宮の後ろ側には側妃の方々が住むための白鳥宮と呼ばれる場所があり、半円で囲んだ城内壁の中に、離宮がいくつか建っているらしい。
階段を降りた先にあった広いエントランスは、金竜宮・白鳥宮用の出入り口だそうだ。
王族の方々は殺伐とした仕事場である青虎棟なんか通らないってことね。
警備隊員に敬礼されながら外へ出ると馬車が横づけされており、御者らしきお兄さんが扉を開けた。
レオナルド団長は先にステップを上がって乗り込み、中から手を差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
手を乗せると軽く握られて、優雅にエスコートされながら乗ることができた。
こんなのに乗ったことない相手をスマートに乗せてしまうとは、これが貴族力というもの? こちとらいい歳ですし、て……手ぐらい別になんとも思わないわよ!
馬車で行くほど街は遠いのかとか思っていたけど、昨日を思い出してみれば前庭も広かったし、近衛警備室からレオナルド団長の執務室までも距離があったっけ。
このドレスと
「ここの王城は広いですね」
「そうだな、裏には森も畑もあるし
それ裏だけで村ができそう。
正門近くを通った時、元気に歩き回っているルディルを見つけた。
気付かないかなとは思ったけど窓から手を振ってみれば、びっくりした顔は次の瞬間笑顔になり手を大きく振った。
よかった、昨日ので怪我はしてなかったみたい。確認できてほっとしたわ。
思ったよりもゆっくりと走る馬車は、正門から出て橋を渡っていく。
お
うわ、素敵……!
街行く人たちもどこか上品な感じがする。
建物の窓辺には花が飾られ、壁には綺麗な色の
街の景色に見入っていると、徐々に速度を落とした馬車が止まった。
先に降りたレオナルド団長が、当然のように手を差し出してエスコートしてくれる。
きっとこういうの慣れているのよね、奥様とか恋人とかいるだろうし。
あ、でも、護衛慣れしてるってことなのかも? 降りてからの周りへの油断のない目の配り方を見てふとそんなことも思った。
「ここが王都レイザンの管理局だ。まずユウリの住民手続きをしてしまおう」
大きな建物の中へ入り、住民登録と書かれたカウンターへ
身分証明具を、情報晶というスノードーム風の魔道具にかざしただけだった。
国内の居住データのみを検索するらしく、
現在、近隣の交流がある国々から移民を募集していて、移住者が多いから手続きが簡単にマニュアル化されているらしい。
移住者には特典があり、銀貨十枚、宿泊券十日分、食事券三十食分などがもらえた。
職業ギルドに加入すれば、支度金が出たり宿舎があったり食事が出たりするので、職が決まるまでの補助だそうだ。
他には
それと魔法鞄だという小さめのバッグももらった。こんな見た目で、旅行トランク四つ分の容量があるとか。
たくさんある中から、バックスキンのような華やかなワインレッドのハンドバッグを選んだ。横長で角が丸く、手に持つか肩に短くかけられるデザインだ。
「デザインもかわいいけど、色が素敵ですね」
「
魔物の革らしい。
レオナルド団長が言うには、染色じゃなく普通にこの色なんだって。
「肉もなかなか美味いんだぞ」
「普通の鹿肉と違うんですか?」
「そうだな。魔力を持つ肉の方が、魔の香りで獣の臭みを抑えられるんだ。魔力の回復量も大きいから人気でな。自分で狩れれば安いんだが、買うとかなり高価だ」
魔の香りってなに。ジビエの臭みに勝つ魔の香りって!
この世界は、その魔の香りっていうのがあるから香辛料が少ない食事なの?
むくむくと好奇心が湧き上がってくる。
臭みが少ないならそのままステーキ? 漬け込んで焼肉? 衣付けて揚げる?
固さはどうなんだろう。ちょっと使ってみたい。食べてみたい!
「レオさん。それ、あたしでも狩れますか?」
「ユウリが狩るのか?!」
「駄目でしょうか……」
「いや、駄目ってことはない。ないんだが……一般的にご令嬢は魔物を狩らないというか……」
「狩りませんか……」
「あー……」
レオナルド団長は驚いた顔をして、困った顔をして、片手で顔を覆ったあとに、眉を下げたまま笑みを浮かべた。
「では、ユウリがここの生活に慣れたころに、俺が連れていくということで我慢してもらえるか?」
我慢なんてとんでもない!
「うれしいです! 楽しみにがんばりますね」
ちょっと食い気に負けて聞いてみただけだったのに。
まさか国一番の護衛役に約束してもらえるなんて、思ってもみなかった!
「――さあ、魔法ギルドへ魔法書をもらいに行こう。聞くところによると、移民の人でごったがえしているという話だ。あまり待たずに済むといいな?」
団長の困ったような笑顔は照れた顔へ変わり、あたしたちは魔法ギルドへと向かった。
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