申し子、捕まる


 一人晩酌しながらスマホをいじるのが、日々の楽しみだった。

 つまみをいくつか作ってワインちびちび飲みながら、動画見たりマンガやら小説を読むのは至福の時間よ。


 悪役令嬢モノも好きだけど、異世界転移してスローライフする話も好きだった。

 あまりにも毎日殺伐と仕事していたから、小説に描かれるスローライフはまさに理想の世界。内政だとか生産チートだとか、いい!

 趣味と実益を兼ねた酒屋とか憧れるわ。チーズやナッツとワインを売るの。で、時々裏家業で冒険者とか。だってダンジョンとかも行ってみたいし。


 そういえばスマホは?! と思ってボトムのポケットを触ってみると、見覚えのないパンツだというのにどうやら入っている。割れてもいないみたい。異世界で使えるわけないけど、手放せない大事なものが手元にあったことにほっとした。


 ついでにあちこち触って確認すると、腰の装備品も持ってきちゃっていた……わけではなかった。

 仕事の時に身に付けている伸縮式警戒棒のホルスターが、黒から白に変わっていた。そしてなんとなく細く長い。

 なんか変化してる……?


 確認しようとした時、視界の端が捉えたのは、白い服の人たちが歩いている姿だった。

 よく見ると、軍服のような白のキラキラしいダブルジャケットを着た三人が、こちらに向かってきている。


「……ルディル、なんか来ない?」


「……警備隊だ」


 ルディルはチッと舌打ちをした。

 あたしは視線を外さず、立ち上がった。


「やっぱり変な所から現れたのがまずいわよね。逃げた方がいい?」


「ユーリは悪いことしてないだろ。逃げなくていいよ。――きっと、団長が助けてくれる」


 団長?

 聞き返したかったけど、三人はもうすぐ近くに来ていた。

 白い制帽の下の表情はなんだか好意的な感じはしないし、付き従っている二人は槍のようなものを手にしている。


 ええ? 槍?! 棒でいいじゃない棒で! 警戒棒か警戒じょう、せめて刺股さすまたでよくない? 槍じゃ刺したら死んじゃうじゃない!


 金ボタンキラキラ白制服のお腹がぽこんとした、タヌキみたいな黒縁眼鏡の男が口を開いた。


「――――娘。城の結界を破って現れたのはお前ですか」


「違う! ユーリは知らないで来ちゃっただけで、結界を破ったとかじゃない!」


「うるさいです。お前には聞いてないですよ。答えなさい、娘」


「……結界を破ったかどうかは知りませんが、そこに現れたのはあたしです」


「やはりそうですか。警備室に連行します! おとなしくついてきなさい。お前たち、この女を逃がさないように」


「「はっ」」


 仕方がないわね。

 黙ってついていこうとすると、ルディルがタヌキ男にくってかかり、部下らしき二人の間に割って入った。


「待てよ! ユーリは悪いことはなにもしてないだろ! お前じゃなく団長を呼べよ!」


 そこは地雷だったみたいで、一瞬でタヌキの顔は真っ赤に染まる。

 タヌキはルディルの肩を押して、地面に突き飛ばした。

 ちょっと、そんな子どもになんてことするのよ!


「ルディル……!」


 差し出そうとした手が、槍ので阻止される。


「城の警備は近衛団警備隊の管轄です! 警備隊長であるワタシの管轄にあるのです! 近衛団長様のお手をわずらわせることではないのです!」


「ふざけんな! ユーリ……!」


 手を伸ばしてくるルディルに首を振って、大丈夫だという顔をする。

 そしてそのまま罪人が連れられるように、槍の二人に挟まれて城まで連れて行かれたのだった。






「――で、娘。この結界の守り固き城にどうやって転移してきたのです?」


 それはあたしが聞きたいわけよ。

 椅子には座らされているけど左右に槍二人が立ち、前ではタヌキ男が偉そうに机に肘ついている。


 もうこれ聞くの何度目よ? わからない知らないって何度言っても、このセリフが返ってくるんだけど。

 同業者だと思って、その苦労もわかるから協力してあげようと思ったけど、そろそろあたしの忍耐力も限界を迎えそうよ。


「どこの国の者です? どんな目的で? 正直に言えばひどい目にはあわせませんよ」


 優しそうな笑顔のつもりなのか、悪巧わるだくみするタヌキにしか見えない顔で覗き込んでくる。もうコイツの名前は悪ダヌキでいいわ。

 何人かの元上司の顔が脳裏を横切った。

 倒れなければ病気じゃないとか言ったあのクソ上司も、そういえばこんな顔してたわ。


 耳元に目立つ銀色のイヤーカフを醒めた目で眺める。横の二人も付けているし、もしかして通信機器みたいなものだろうか。


 めんどうになって答えるのをやめ、向かいの石貼りの壁を眺める。鈍く光るプレートには、紋章のような模様と『レイザンブール国王近衛団』と書かれていた。


 さっきこの悪ダヌキ、近衛団警備隊って言ってた。で、コレが警備隊長。ルディルが団長を呼べって言ってたから、大きく近衛団というのの下に警備隊とかなんとか隊があるってことだろう。


「――訳のわからない移民が大量に入り込んでいる時なのです。城の守りは固め過ぎるくらいでいいのですよ。ちょろちょろと本当に腹の立つ。お前もどうせ、得体の知れない国から来た下郎なのでしょう? さっさと吐いたらどうです?」


 忌々いまいましげにつぶやく悪ダヌキに、あたしはとうとうキレた。


 ガタン!!


 立ち上がった拍子に椅子が派手に倒れて、横に立っていた二人が驚いて離れる。

 あたしは右手を左腰へ置き、素早くストラップを手首へ通した。グリップを掴みホルスターから取り出す。ヒュッと振り下ろすと、二段階に伸びた棒は腕ほどの長さになった。

 棒を掴んだこぶしを腹の前あたりに出し、中段の構えをしようとしたところで、あきらかに怪しく変化した棒に気づいた。


 ……なんかうちの棒、白いモヤをまとっているんですけど……。


 元々はなんの飾りもないシンプルだったグリップエンドは、多面カット水晶のようなものがキラキラしているし、グリップは無駄に派手な白色でいつの間にかつばまでもが出現している。

 そしてモヤがモヤモヤ。

 呪われてるの? ねぇ、これ呪われてるの?! もう持っちゃったわよ!!


 その怪しさに、悪ダヌキも横の二人もめいっぱい後ずさりした。あたしも後ずさりたかった。

 けど、チャンスだ。よし、逃げよう!

 出入り口の扉へ向かって駆けるのと、扉の向こうがにわかに騒がしくなったのは同時だった。


(「――たのですが、光の申し子と思われる人物を連行して――」)


(「――それはマズイだろ――」)


 ダン! と手荒く扉が開けられ、そっちへ向かっていた体は、勢いよく入ってきた男の人に抱き留められていた。


「――――おっと」


 大きな胸の中で見上げると、深い青色の瞳と視線がぶつかった。日が沈んだ直後の空のような青。顔を縁取る琥珀色の髪がたてがみのようにふわりとしてライオンを思わせた。

 目を見開き驚いていた顔は、視線を前に戻した途端に獰猛どうもうな獅子となった。

 誰もが縮み上がるような恐ろしい顔で部屋を見回し、射殺できそうな視線を一か所に留めた。


「――グライブン・マダック警備隊長、これはどういうことだ?」


「団長!」


 首を回して後方を見ると、悪ダヌキはガタガタっと立ち上がり、他の二人とともに敬礼をした。


 団長。さっきルディルが呼べって言っていた人だ。


「団長に報告するです! 前庭に不審な女が現れたため連行、取り調べをしておりました!」


 悪ダヌキがそう言うと、団長の大きな体の後ろから声がした。


「警備隊長! 私は『光とともに現れた者あり、保護を』と伝えたじゃないですか!」


「結界を破って入り込んだ怪しい者に、なぜ保護が必要ですか」


 答えた悪ダヌキに、団長はちょっとだけ口元を歪めた。


「グライブン。光の申し子についての通達事項は覚えているか?」


「なんのことでしょう?」


「……そうか。お前は通達書を一年分読み直し、終わり次第に近衛執務室へ報告にくること。わかったな?」


「はっ! 通達書一年分読み終わり次第、近衛執務室に報告に行くです!」


 団長はやっとあたしを抱えていた腕を緩めた。深い青色の目が覗き込んでくる。


「お嬢さん、大変失礼しました。場所を変えても構いませんか?」


 もとよりこんな場所にいたくない。

 ルディルの予言通り団長に助けられ、あたしは悪ダヌキの元から脱出した。





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