申し子、光の申し子の話を聞く
立派な調度品が並ぶ部屋は、さっきのタヌキの部屋とは比べものにならないほど広く品良く整えられていた。奥の窓を背にするように大きな執務机があり、その手前に応接セットが置かれている。
現在、あたしは革のソファに座り、向かいの大きくがっしりとした獅子……じゃなく団長と見合っている状態。
入り口横に、付き従ってきた白い制服制帽の青年が控えていた。
目の前の顔にさっきの鋭さはなく、
着ている黒のダブルのジャケットは、警備の白制服と色違いで、それがとてもよく似合っている。耳元の銀色のイヤーカフもあつらえたように馴染んでいて、もうまるっきり外国映画の登場人物みたいだ。
その整った顔が困ったように眉を下げた。
「部下が大変失礼しました。私はレイザンブール
「……はい、大丈夫です。ゴディアーニさんとお呼びしたらいいのでしょうか? ユウリ・フジカワと申します。どうしてこちらのお庭に来てしまったのかわからずに、ここにおります」
「私のことはレオナルドと。フジカワ嬢、あなたは多分『光の申し子』でしょう。この国では、光を
光の申し子。
なんですかその偉そうな存在は。
それがあたしなの? ええ? もしかして本当に聖女的なアレ? いきなりそんなの聞かされても、よくわからないし信じられないのが本当のところなんだけど。
「……光の申し子、ですか……? この世界ではないところから来たというのはその通りだと思います。元の世界には、結界や魔法というものは存在しませんでしたし」
「フジカワ嬢がいた世界には魔法がなかったと? ――そのお持ちになっている
レオナルド団長に言われて自分の手を見れば、そういえば棒を持ったままだった。相変わらず、白いモヤがモヤモヤしている。
自分でもなんでこんな棒に変わっているのかわからないのに、どう説明したらいいものか困るじゃない!
「それがその、なんでこんなのを持っているのかわからないというか……」
く、苦しい。自分でもだいぶ苦しい言い訳だと思うわよ。
持っているのがいたたまれなくなって、棒の先を床にコンと打ち付け小さく収納し、ホルスターにしまう。
レオナルド団長は「こんな杖があるのか……」と小さくつぶやいた。
「――光の申し子は世界を渡ってくる奇跡の存在。ご本人もわからない不思議なこともあるのでしょう」
深い青色の瞳が優しく細められる。
「もしかしたら、こちらで魔法の才能が花開くのかもしれませんよ」
そんなことがあるのならちょっと楽しみかもしれない。
優しい言葉に「はい」とあたしは笑い返した。
「魔法がない世界がどんな世界なのか、今度機会があればぜひ聞かせていただきたいものです。が、まずはこちらの世界の話と光の申し子の話をいたしましょう。訳もわからず不安だと思いますが、光の申し子を保護する法もありますので心配いりません」
どっしりと構えたこの人が心配しなくていいと言うだけで、本当に大丈夫な気がしてくる。
長い話になりますからくつろいでください。とレオナルド団長は紅茶とクッキーをテーブルへ出してから、話を始めた。
* * *
この世界には魔素という魔法の素となる気が漂っている。
魔法はこの魔素と四大元素と使い手の魔力により構成されているが、魔素に関しては特別に何かをして働きかける必要はない。
空気と共にいつもそこにあり、魔法を使えば勝手に働いてくれるからだ。
その魔素はところによって濃い吹き溜まりとなっており、そこへ強い風が
それ自体はさほど珍しいことではなく、人々が耐えなければならない自然災害のうちの一つだった。
ただ百年に一度くらいの割合で、どうしようもなく大きな魔素の暴風がこの国を苦しめた。
二年前の魔素大暴風も、風の強さもさることながら、さほど大きくはないこの島大陸のほぼ全土を通るルートだったことが、被害の拡大に繋がった。
正気を失った魔物は狂暴化し、テリトリーがわからなくなり町や街道を襲い、さらに繁殖活動も異常化し数が増え、暴風が去った後々まで戦いを
王都や辺境伯領都といった海運貿易の要となっている大きな町は、城塞都市として
しかし、その他の多くの領地には壁も結界もなく、国軍が常駐している場所はごくわずかな場所に限られていた。
そのため身と財産を守るために、土地用の結界が付与された証書が売られているのだが、高価なその結界を敷かなかった家は多く、ほとんどが暴風と魔物によって破壊された。
そして、暴風後にテリトリーに帰れなかった魔物と鉢合わせた地域の自衛団や、異常な繁殖行動により想定外に増えた魔物の討伐を一身に背負っていた国軍の人的被害は深刻なものだった。
そんなレイザンブール王国へ、神が遣わしたのが『光の申し子』。
昔からの言い伝えでは、大きな災害の後ごく稀に降臨の報告があるのだと言う。
* * *
「――で、その『光の申し子』というのは何なんですか? 何か仕事が?」
「特定の何かをする人だというのは聞いておりません。何かをしてもらうということもないはずです。ただ――必要としている場所に、そこに合う者が遣わされると言われていますね。ですが、強制はされません。光の申し子の意思は尊重するように、法で定められていますから」
「そうですか……」
転生でもなく召喚でもなく、好きにしなさいよ。と、なかなか中途半端な異世界転移のようだ。
間違いなく日本では死んでいて帰れないだろうし、どうせ異世界に来たのなら好きに生きようか。
もうあくせく働くのはやめて、目指せスローライフよ。
レオナルド団長はふと耳元のイヤーカフへ手をやり、二言三言しゃべったようだった。やっぱり通信機器らしい。こんな近いのにやりとりが聞こえないとか、いわゆる魔法なの? 魔道具ってやつなの? ちょっと見せてほしい。
「フジカワ嬢、申し訳ないのですが一旦陛下へ報告に参ります。少々席を外しますが、私がいない間はあちらのエクレールにご用をお申し付けください。なるべく早く戻ります」
レオナルド団長は「頼んだぞ」と言葉を残して出ていった。
金髪を制帽でぴっちりと押さえつけている真面目そうな青年は、ソファの近くへ歩を進めた。
「先ほどはご挨拶もできず失礼しました。警備隊のエクレール・トライムといいます。エクレールとお呼びください。……もっと早く助けに行きたかったのですが、遅くなってすみませんでした」
「いえ、抗議してくれてうれしかったです。よかったら座りませんか」
「勤務中ですので。お気遣いありがとうございます。――あの、打ち身とか大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。ちょっと青アザができるくらいだと思います。もしかして、あたしが現れたところを見ました?」
「はい。あの時、庭を騎馬巡回中だったのですが、馬車路の上で光が爆発するようにまぶしくなって、フジカワ様が転がり出てきたんですよ。ルディルが近くにいてよかった」
「あ、ユウリでいいですよ。ホント、ルディルがいなかったら、あたし馬車にひかれてましたよね」
「今思い出しても肝が冷えます……でもやはりその後、私がお迎えに行けばよかったです。警備隊長に
……あの悪タヌキなら、いろいろやらかしてそう。
どの世界でも、どうしようもない上司に振り回されるのは、下の人間ってことなのよねぇ。
「先日もですね! 突然、新人の教育をするとか言って
何かが切れちゃったエクレールの、次から次へとあふれ出る愚痴を聞いて盛り上がっているところへ、レオナルド団長が帰ってきた。
「――お待たせしました。不自由ありませんでしたか?」
「楽しいお話を聞かせていただいていました」
「そう、ですか……? エクレール、ご苦労だった。あの時間に騎馬巡回ということは早朝番だな? そろそろ
「はっ! エクレール・トライム
ピシリと制帽のつばへ指を揃えて敬礼するエクレールに、レオナルド団長が答礼した。
見慣れた
「では、ユウリ様、失礼します」
と敬礼されたので、つい立ち上がって答礼してしまった。
慣れって怖いわね……。
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